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第三章 溢れる想い、深まる苦悩

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「仕事? 何かあてがおありになるの?」

「いや、だが、このまま日本にいても先はないだろう。どんな手を使っても、あっちで一旗あげてみせるよ」

  天音は真剣な面持ちで、桜子を見つめた。

「そして必ず桜子を迎えに戻ってくるから」
 

 その話を、なんの疑いも挟まずに信じてしまうほど、自分は子供ではない。
 それでも、天音が二人の未来を希望的に語ってくれることは嬉しかった。

 そう。
 うたかたのような儚い夢だとしても、今はそれに縋るしかない。

「きっと、きっと迎えにいらして。それまでわたくしも岩にしがみつく思いでお待ちしておりますから」

 知らない間に、桜子の頬を涙が濡らしていた。
 
 天音は桜子の涙を拭い、そっとその肩を抱いた。

***

 その夜。

 天音は寝台に寝そべり、桜子と過ごした今日の午後のことを頭に想いうかべていた。

「英国に行く」と自分は桜子に話した。
 まるで当てのないことを口にして、ただ彼女を慰めたという訳ではない。

 天音は胸元から金のロケットペンダントを引っ張りだした。

 母が肌身離さず持っていたものだ。

 そこには、金髪の英国人青年の、セピア色の肖像写真が収められている。  

 そして、ふたの裏に刻まれた、二頭のライオンの紋章。
 この紋章を手がかりにすれば、探し当てられるのではないか。

 写真の人物が自分の父親なのかどうか、わからない。

 仮に父親で、まだ生きているとしても、自分を受け入れてくれる可能性は低いだろう。
 でなければ、母があれほどの辛苦を舐めることはなかったはずだ。

 だが、細い糸のようなものだとしても、自分と英国をつなぐ唯一の手がかりであることには違いない。
 

 桜子と愛し合うまでは、遠い英国に帰るなんて気はなかった。

 この家で勤め続ければ、一生食うに困ることはないだろう、と。
 
 でも今は違う。

 たとえ、わずかな可能性だとしても、桜子を自分の妻にするためにはそれしか方法がないのだから。
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