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第二章 巨人の街
第13話 森の境い目
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森を歩くなら、やはり川沿いがいいだろう。さいわいこの川は深すぎず、地に潜ることもなく蛇行しながら麓へと続いているようだ。
川に沿って歩けば迷うことがないはずだし、集落を見つける可能性も高い。
「ポチ、何か美味そうなものがあったら教えてくれよ」
「くえっ」
「じゃあ行こうか」
「きゅっ」
今までまったく見たこともない木の実やキノコも、ポチが食べたがるものはどれも美味かった。おかげで食べるものにはまったく困っていない。
残ったカプロスの干し肉は三日分。それとジーナの実を三個と塩を少し、旅の食料として布にくるんで腰に巻き付けている。布は洞窟にあったボロボロのシーツを裂いて使った。途中木の実や蛇を狩って食べることもできるから、少なくとも三日は川下に向かって歩けるだろう。なにしろこの森の中は本当に木の実が豊富だ。ポチに教えてもらった食べられる果実だけでも五種類かそれ以上あった。それらの木が、森のあちらこちらに点在しているのだ。なんなら保存食を持ってくる必要もなかったのかもしれない。
三日たっても森から出られなければ、いったん洞窟に戻って、また計画を立て直せばいい。
「くえっくわっくえっ!」
ご機嫌にしっぽを振りながら歩く。ポチは相変わらず、ずっと子狐のままだ。
最近じゃあ、背中から抱きついてきたあの白い腕は、幻だったんじゃないかと思えてきた。
まあいい。狐であれ少女であれ、ポチは最高の相棒だ。
この日の野営は、日が暮れる少し前に場所を決め、川べりに薪を積んで火をつけた。
「じゃあ、ポチ、頼むよ」
「くえ!きゅっ!」
ポチの前足からボウっと炎が出て、枯葉が燃え上がる。
火おこしは毎日ポチに頼んでいるが、ポチは本当に魔法が上手だ。そして毎回、褒めるたびに自慢げにツンと鼻を上に向けて、しっぽをブンブン振るのも可愛い。
今回の旅は人里を探すのが目的だ。なので、久しぶりにズボンと上着も着て、ボロボロではあるが革の胸当ても付けている。
人前に出てもおかしくない格好だった。少なくともこの日の朝までは……。
旅に出て二日目。夜が明けて辺りが明るくなるとすぐに、俺たちは野営地を出発して歩き始めた。足は軽く魔力を注いで強化しているが、疲れて反動があるほどは急いでいない。それでも、朝早くから歩き始めて数時間、足場の悪い山道を右へ左へと川に沿って歩いて、ついに遠くに人里を発見した!
遠くに見える町。
ザアザアと大きな音を立て、川の流れが勢いを増す。
眼下に広がる広大な森。そしてその向こうの大きな町。それらが一望できるここは、目もくらむほどの高さの滝の上だった。
「……ポチ。この崖、下りられるかな?」
「ぐええ」
「無理だよな」
一瞬諦めようかと思ったが、目の前にゴールが見えているのに進まないのも業腹だ。
左右どちらかに歩いて行けば、降りやすい道も見つかるだろう。そう思って進むものの、一向に崖の高さは変わらない。
そして崖の縁から下に降りられる道がないか、確認していたその時!
「くあ?ぐええええ」
ポチの声にはっと振り向くと、おおきな栗の木の裏側から、いくつもの黒い影が飛んでくるのが見えた。
「しまった、キラービーか!」
キラービーは、蜂型の魔物だ。虫としては大型で、しかも肉食。麻痺系の毒を使い、小型のリスなどの動物を襲う。稀にシカやイノシシですら襲って餌にするらしい。一匹一匹はさほど強くないが、群れに囲まれて何度も刺されれば、麻痺するかショックで死ぬこともあるほどだ。
「ポチっ、こっちに来い」
「くえっ」
腕に飛び込んできたポチをしっかりと抱えて、魔力を巡らせ身体を強化した。
これである程度はキラービーの攻撃を防げる。
「ポチ、火を出せるか?」
「くえっ」
「じゃあ頼む!」
「くえええっ!」
ポチの前足から炎が出て、近付くキラービーを次々と焼く。
「いいぞ、ポチ!」
「きゅっ!」
俺も右手に剣を取り、切るというよりも叩き落とすように、襲ってくるキラービーを追い払った。キラービーの怖さは集団で襲ってくる所だが、魔物としての性質も厄介だ。魔力を体の表面に巡らせ、姿を見えにくくする光学迷彩。完全に消えるわけではないが、目立ちにくい黒い影は、近付いたのに気付きにくい。
目の前の敵を叩き落とすのに必死になっていた俺たちの背後に、いつの間にか数匹のキラービーが忍び寄っていた。
「痛てっ!あ……うわあああああああ」
「ぐああっ」
後ろから太ももを刺されて、思わずのけぞった先に、地面がない!
とっさにポチを抱き込んで、身体を丸める。そのまま、ただなす術もなく急な斜面を転がり落ちていくしかなかった。
斜面の傾斜はきつく、落ちる速度は増す一方だ。
途中、何度も斜面に打ち付けられ、めいっぱいの身体強化をしていても、体中がきしんで痛みにうめく。
地面に落ちた時の衝撃は受け止められないだろう。
もう落ちているのか上っているのかも分からないくらいだ。
ぐるんぐるんと回り、気が遠くなりかけた時、腕の中のポチからぶわっと魔力が放射された。
何やってるんだ、あぶねえ!
ポチの身体が急に大きくなり、俺の腕の中からはみ出して、抱き合うような体勢になってしまう。
ああ、斜面にポチの身体が!駄目だ!
しかし衝撃は来ない。
ぼわんっと弾むように斜面に当たって離れる。俺たちはポチの出した柔らかい魔力の膜につつまれていた。
そしてそのまま、地面に落ちたが、ぼわんっぼわんっと何度も弾んで、やがて大きな木に当たって動きを止めた。
「ポチ!」
「きゅっ」
いつのまにか、ポチは元の子狐の姿に戻っている。腕の中からひょいっと飛び出し、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「お前が助けてくれたんだな。ありがとよ」
「くえ」
ポチは怪我もなく、元気そうだ。魔法を使うために人の姿に戻ったのだろうが、おかげで助かった。
見上げたら首が痛くなるほどの崖。
この高さを落ちてきたのか……
ほっとして、そのまま俺はその場にへたり込んだ。
川に沿って歩けば迷うことがないはずだし、集落を見つける可能性も高い。
「ポチ、何か美味そうなものがあったら教えてくれよ」
「くえっ」
「じゃあ行こうか」
「きゅっ」
今までまったく見たこともない木の実やキノコも、ポチが食べたがるものはどれも美味かった。おかげで食べるものにはまったく困っていない。
残ったカプロスの干し肉は三日分。それとジーナの実を三個と塩を少し、旅の食料として布にくるんで腰に巻き付けている。布は洞窟にあったボロボロのシーツを裂いて使った。途中木の実や蛇を狩って食べることもできるから、少なくとも三日は川下に向かって歩けるだろう。なにしろこの森の中は本当に木の実が豊富だ。ポチに教えてもらった食べられる果実だけでも五種類かそれ以上あった。それらの木が、森のあちらこちらに点在しているのだ。なんなら保存食を持ってくる必要もなかったのかもしれない。
三日たっても森から出られなければ、いったん洞窟に戻って、また計画を立て直せばいい。
「くえっくわっくえっ!」
ご機嫌にしっぽを振りながら歩く。ポチは相変わらず、ずっと子狐のままだ。
最近じゃあ、背中から抱きついてきたあの白い腕は、幻だったんじゃないかと思えてきた。
まあいい。狐であれ少女であれ、ポチは最高の相棒だ。
この日の野営は、日が暮れる少し前に場所を決め、川べりに薪を積んで火をつけた。
「じゃあ、ポチ、頼むよ」
「くえ!きゅっ!」
ポチの前足からボウっと炎が出て、枯葉が燃え上がる。
火おこしは毎日ポチに頼んでいるが、ポチは本当に魔法が上手だ。そして毎回、褒めるたびに自慢げにツンと鼻を上に向けて、しっぽをブンブン振るのも可愛い。
今回の旅は人里を探すのが目的だ。なので、久しぶりにズボンと上着も着て、ボロボロではあるが革の胸当ても付けている。
人前に出てもおかしくない格好だった。少なくともこの日の朝までは……。
旅に出て二日目。夜が明けて辺りが明るくなるとすぐに、俺たちは野営地を出発して歩き始めた。足は軽く魔力を注いで強化しているが、疲れて反動があるほどは急いでいない。それでも、朝早くから歩き始めて数時間、足場の悪い山道を右へ左へと川に沿って歩いて、ついに遠くに人里を発見した!
遠くに見える町。
ザアザアと大きな音を立て、川の流れが勢いを増す。
眼下に広がる広大な森。そしてその向こうの大きな町。それらが一望できるここは、目もくらむほどの高さの滝の上だった。
「……ポチ。この崖、下りられるかな?」
「ぐええ」
「無理だよな」
一瞬諦めようかと思ったが、目の前にゴールが見えているのに進まないのも業腹だ。
左右どちらかに歩いて行けば、降りやすい道も見つかるだろう。そう思って進むものの、一向に崖の高さは変わらない。
そして崖の縁から下に降りられる道がないか、確認していたその時!
「くあ?ぐええええ」
ポチの声にはっと振り向くと、おおきな栗の木の裏側から、いくつもの黒い影が飛んでくるのが見えた。
「しまった、キラービーか!」
キラービーは、蜂型の魔物だ。虫としては大型で、しかも肉食。麻痺系の毒を使い、小型のリスなどの動物を襲う。稀にシカやイノシシですら襲って餌にするらしい。一匹一匹はさほど強くないが、群れに囲まれて何度も刺されれば、麻痺するかショックで死ぬこともあるほどだ。
「ポチっ、こっちに来い」
「くえっ」
腕に飛び込んできたポチをしっかりと抱えて、魔力を巡らせ身体を強化した。
これである程度はキラービーの攻撃を防げる。
「ポチ、火を出せるか?」
「くえっ」
「じゃあ頼む!」
「くえええっ!」
ポチの前足から炎が出て、近付くキラービーを次々と焼く。
「いいぞ、ポチ!」
「きゅっ!」
俺も右手に剣を取り、切るというよりも叩き落とすように、襲ってくるキラービーを追い払った。キラービーの怖さは集団で襲ってくる所だが、魔物としての性質も厄介だ。魔力を体の表面に巡らせ、姿を見えにくくする光学迷彩。完全に消えるわけではないが、目立ちにくい黒い影は、近付いたのに気付きにくい。
目の前の敵を叩き落とすのに必死になっていた俺たちの背後に、いつの間にか数匹のキラービーが忍び寄っていた。
「痛てっ!あ……うわあああああああ」
「ぐああっ」
後ろから太ももを刺されて、思わずのけぞった先に、地面がない!
とっさにポチを抱き込んで、身体を丸める。そのまま、ただなす術もなく急な斜面を転がり落ちていくしかなかった。
斜面の傾斜はきつく、落ちる速度は増す一方だ。
途中、何度も斜面に打ち付けられ、めいっぱいの身体強化をしていても、体中がきしんで痛みにうめく。
地面に落ちた時の衝撃は受け止められないだろう。
もう落ちているのか上っているのかも分からないくらいだ。
ぐるんぐるんと回り、気が遠くなりかけた時、腕の中のポチからぶわっと魔力が放射された。
何やってるんだ、あぶねえ!
ポチの身体が急に大きくなり、俺の腕の中からはみ出して、抱き合うような体勢になってしまう。
ああ、斜面にポチの身体が!駄目だ!
しかし衝撃は来ない。
ぼわんっと弾むように斜面に当たって離れる。俺たちはポチの出した柔らかい魔力の膜につつまれていた。
そしてそのまま、地面に落ちたが、ぼわんっぼわんっと何度も弾んで、やがて大きな木に当たって動きを止めた。
「ポチ!」
「きゅっ」
いつのまにか、ポチは元の子狐の姿に戻っている。腕の中からひょいっと飛び出し、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「お前が助けてくれたんだな。ありがとよ」
「くえ」
ポチは怪我もなく、元気そうだ。魔法を使うために人の姿に戻ったのだろうが、おかげで助かった。
見上げたら首が痛くなるほどの崖。
この高さを落ちてきたのか……
ほっとして、そのまま俺はその場にへたり込んだ。
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