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本編
私だけのものにしたい*オリバーside*
しおりを挟む私はロゼの事となると、自制がきかなくなる。良くないと分かってはいるが、こればかりはどうしようもない。
……バルトロとの試験を見て、私は死ぬほど後悔した。何故すぐに騎士団から退団させなかったのか。どんな事情があるにしろ、例えロゼに嫌われてしまったとしても、やはり騎士団を辞めさせるべきだった。その上で、ロゼが邸から出ていかないように、手立てを考えるべきだったんだ。
あんなに―――
ロゼが、何度も何度も殴られて。私はただただ、それを見ている事しか出来ないだなんて。
確かにロゼは、稀な属性数の持ち主だ。二人で発見して特訓した属性特有身体強化だって、完全にマスター出来る位の戦闘センスもある。
けれど、それは全てロゼの努力の賜物だ。あの子は年頃の女の子がするような事は何一つせず、全てを特訓と魔法の勉強に注ぎ込んで、何年もそれを続けてきたからマスター出来たんだ。決して天才ではない。魔力量だって平均で、体力なんて身体強化を使わなければ無いに等しい。
なのに、女人禁制の騎士団へ入団して、『ナンバーズ』となる昇格試験を受け、その結果がコレだ。
ロゼリアと話す機会があったのに、辞めるよう説得も出来ず、試験を中止させる事も出来ない、無力過ぎる自分に吐き気がする。
きっと私は、ロゼリアが死んでしまったら、身も心も凍らせて、何も感じない生きる屍となるに違いない。ロゼリアの居ない世界に、生きる意味など無いのだから。
『離せ、グリード!!こんな試験、今すぐ止めさせてやるっ!!!』
『試験を中断させる事は出来ない。例え俺が加勢したとしても、今日の試験を監視し、警備しているのはリアムとジェラルドだ。俺一人出し抜けないお前が、ガーディアンナイト二人に敵うと思うのか?』
『~~~っ!!!』
『オリバー。俺はお前を非難するつもりはない。だが、ロゼリアの気持ちを考えろ。ロゼリアは、お前に助けられる事を望んでいない』
―――何故なんだ!!
ロゼが何を考え、何を望んでいるのか、今の私には全く分からない。そんなにボロボロになってまで、一体何をしようとしているんだ?そして、何故グリードは、我慢出来るんだ?認めたくはないが、グリードだってロゼが好きなのだろう?
私はグリードに、羽交締めにされた状態で、がくりと項垂れた。周囲に広がるダイアモンドダストが、陽の光を反射しながら輝いて、静かに消えていく。
『……どうして、そんなに冷静でいられるんだ?お前だって、あの子が好きなのだろう?』
私の呟くような問いに、グリードが眉間にシワを寄せ、いつもよりも低い声で答えた。
『俺だって冷静な訳じゃない。本当は今すぐにでも割って入りたいが……』
そこで私は初めて気付いた。
グリードから迸る凄まじい殺気に。こんな殺気に気付かないだなんて、私は相当取り乱していたようだ。これでバルトロの次点となるNo.9の席に居るのだから笑わせる。
『……望まれれば、例えリアムとジェラルドを敵に回したとしても、俺は助けに入るだろう。だが、今は駄目だ。……好きだからこそ、耐えている。その代わり試験が終わったら、一欠片の傷痕さえ残さずに、俺が全力で治療する』
……ならば、私はどうしたらいい?
光属性の無い私は、回復魔法が使えない。魔力回復もまだマスター出来ていない。
私はロゼに、何をしてあげられる?
『今は耐えろ、オリバー』
『…………』
私の身体中に、黒い何かが広がっていく。私は、無力な私自身に失望しながら、ロゼの試験が終わるのを静かに待った。
……………………
…………
第一訓練場に併設している救護所の一室。グリードがロゼの回復を終えて、その部屋から出てきた。
観覧席で殺気を迸らせていた時とは、まるで別人のような顔をして、口調もどこか柔らかく、「回復は全て終わった。今日は早めに休ませてやれ」と言って救護所から出ていった。
(―――何があったんだ?)
そう思いながら、部屋の中へと入り、扉を閉めてロゼの元へ駆け寄ると、私の心臓が嫌な音を立てた。
ベッドで横になっているロゼは、頬を赤く染め、僅かに瞳を潤ませて、どこかうっとりとしたような顔をしている。
「ロゼ……?」
私が名を呼ぶと、ロゼは一瞬だけ肩を揺らし、その潤んだ瞳を私に向けた。
「お兄……」
「グリードと何をしていた?」
違う。私が知りたいのは、私が訊きたいのは、こんな事じゃない。
なのに―――……
私はギシッと音を立てながら、まるで組み敷くように、ロゼリアの上に跨がっていた。いつかのお仕置きが、脳裏を掠める。
「お、お兄様?」
驚いて、大きな瞳で私を見つめてくるロゼを見下ろしながら、私はロゼの頬を手の甲で優しく撫でる。
「答えて、ロゼ。グリードと何をしていたんだい?」
「怪我の治療と……魔力回復を、してもらっていました」
「本当に?」
「お兄様?」
「治療と魔力回復だけで、どうしてそんな顔をしている?」
「そんな、顔……?」
「ああ。……そんなに顔を赤くして、瞳を潤ませて。恍惚としたような、はしたない顔をしている」
「わ、私、そんな顔をして……っ?!」
思い当たる節があるのか、ロゼは酷く動揺した様子で、私は何故グリードとロゼを二人きりにしてしまったのかと、己の迂闊さに苛立ちを募らせた。
「……ロゼ、ちゃんと話して欲しい。グリードに、何をされたんだい?」
私の質問に、ロゼは声を詰まらせて瞳を泳がせる。私は更に自分自身に失望しながら、ロゼに覆い被さり、ロゼの弱い耳に舌を這わせた。
「ひゃっ?!お、お兄様?!」
「ちゃんと話して、ロゼ。……でないと直接確認させてもらうよ?」
「……確認……?」
私はロゼに掛けられている毛布を捲り、乱れたシャツの間から覗く、白い肌の腹部へと視線を移した。グリードは観覧席で言っていた言葉通り、きちんと治療していたようだ。私はそんなロゼの腹部に触れて、そっと乱れたシャツを捲った。
「お、お兄様?何を……っ?」
「言っただろう?直接確認すると。綺麗に治っているなら、ロゼの言った通り、ただ回復していただけだと分かるからね」
「?!」
「頬の怪我はさっき確認した。……後は腕の怪我と、腹部だ。あれだけ殴られたのだから、内臓や骨も心配だ。……触るよ、ロゼ」
「だ、駄目です、お兄様っ」
「ロゼが話してくれないのだから、仕方がないだろう?……痛かったら、ちゃんと言うんだよ」
「やっ……」
私の行動を止めようとして、伸ばしてきたロゼの両手を物ともせずに、私は身を屈めた。ロゼの白く滑らかな肌に痣が残ったりしていないか目で見て、優しく指で押して確認をする。指で触れられるのが擽ったいのか、ロゼが震えながら甘い吐息を漏らすから、私はこんな時なのに堪らなく愛しく思った。
「おにい、さま……」
「……綺麗に治っている。けれど、今の私はグリードに対して素直に礼を言う事が出来ないだろう。嫉妬ばかりで自分が嫌になる。ただでさえ、何も出来ない無力な自分に失望しているのに」
「……え?」
ロゼが浅く呼吸を繰り返しながら、涙の滲む瞳を私に向けた。本当は言いたくないのに。ロゼには知られたくない、私のどす黒い気持ちが、胸の痛みと共に溢れだして、止められない。
「ロゼを閉じ込めてしまいたい。何処にも行かないように。他の誰にも触れられないように。……例え試験であっても許せない。ロゼを殴ったバルトロも、ロゼにそんな顔をさせるグリードも、殺してやりたいくらいに憎らしい」
「……っ」
「……本当は今すぐにでも、ロゼを私だけのものにしたい」
* * *
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