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本編2

昼食への誘い

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馬車の扉を開ければ、外にはヴィクトリアをエスコートする為に、王太子であるエリック自ら出迎えてくれた。
ヴィクトリアの手を取り、先に馬車から降りようとしていたフィルとナハトが、そんないつものエリックを見て、小さく舌打ちする。

エリックは、今後ヴィクトリアが人間として生きていく為に必要な存在。それ故に、フィルとナハトも彼を受け入れた。しかし、頭で理解していても、気持ちの方ではそんなスッパリと割り切れない。
だから思わず舌打ちをしてしまった。だが、二人はすぐに表情を変える。フィルは笑顔、ナハトは無表情に。

エリックはこの国の王族であり王太子。そしてヴィクトリアの婚約者でもある見目麗しい美青年だ。
プライベートで周囲に全く人がいない時であれば、フィルもナハトも、エリックに対して堂々と嫌味のひとつ、文句のひとつも口にするけれど、ここはもう学園の敷地内。
不満な気持ちがあったとしても、人間の世界では王族に対して不敬を働いてはならない。ここは馬車を乗り降りする乗降場で、他にも数台の馬車が停まっている。そして周囲にはそれなりに生徒達が居るわけで、フィルとナハトは“目立った行動はせず”、“王族や他貴族達に不敬を働いてはならない”と、しっかり学んでいた。

フィルとナハトは主であるヴィクトリアから手を離し、馬車を降りてから扉の脇に控え、軽く腰を折って頭を垂れる。
エリックは二人の様子を確認した後、輝くような笑みを浮かべて、ヴィクトリアへ自らの手を差し出した。

「おはよう、僕のリア。今日もすごく綺麗だね」

学園がある時は毎日のように聞かされているのに、ヴィクトリアはエリックから褒められると、未だに動揺してしまい、頬を朱に染めてしまう。
そんなところが可愛くて、ヴィクトリアが困ったような顔をすると分かっていても、エリックには飽きもせずに様々な言葉を駆使してこの行動を繰り返す。

「……っ。ごきげんよう、エリック様。今日もエスコートして下さり、ありがとう存じます」
「リアは本当に可愛い。この場で抱き締めてキスをしても良いだろうか?」
「だ、だめに決まってます!」
「残念だ」

偶然居合わせてしまった通りすがりの令嬢達が、二人のやり取りを見て、きゃあきゃあと声にならない黄色い悲鳴を上げながら足早に去っていった。王太子エリックと、その婚約者である公爵令嬢ヴィクトリアは、今朝も熱々だったと各クラスに秒で通達されるに違いない。

ヴィクトリアとしては恥ずかしい限りだが、エリックの方は特に気にしておらず、むしろ好都合だとさえ思っていた。

(リアに余計な虫・・・・がつかないからね)

まぁ、一番厄介な虫は自分の側近達と友人なのだが。
エリックは彼等の顔を思い浮かべつつ、ヴィクトリアをエスコートして2年の教室へと向かったのだった。

……………………
…………


(ううっ。……どうしてエリック様は人前で何の恥ずかしげもなく、あんな事を言うのかしら?)

授業を淡々と受けつつ、ヴィクトリアは内心では叫び出したい程に動揺し、戸惑っていた。
そして、恥ずかしいと思いながらも、エリックの言葉や行動を嬉しいと感じ、毎回ときめいてしまう自分自身が、一番信じられなかった。

(分かってる。もう認めてる。私はエリック様が好き。だけど……)

前世での故郷の常識が根付いてしまっているせいか、三人へ想いを寄せる自分自身がなかなか認められず、受け入れられない。
しかも、身体の関係は更に多いのだ。

(最近は、彼等とは夢世界でしかしていないけれど……)

精気が足りず、無意識に夢渡りしてしまうヴィクトリアは、夢世界で人間の男性から精気を貰っていた。
サキュバスとしての力が不安定なヴィクトリアは、エリックだけではなく、ランダムでジルベールやアベル、レオンハルトの夢世界にも夢渡りしてしまう。そして精気を貰う訳だが。

(何度も夢渡りしちゃってるから、流石に自分達の夢がおかしいと気付いてるかもしれない)

ジルベールは学園でヴィクトリアを見る度に訝しむような視線を向けてくるし、アベルはあからさまに顔を赤くして目を逸らす。
レオンハルトなどは、夢に見てしまうほど、友人の婚約者に惚れ込んでしまったのだと、斜め上の方向で悩んでしまっている。

(せめて行き先を指定出来ればいいのだけど……)

しかし、行き先を指定出来るようになれば、人間の男性として精気を貰う相手がエリックのみになってしまう。その場合、エリックに掛かる負担が大きすぎるのだ。
誤って精気を限界まで搾り取ってしまったら、最悪の場合、死に至る事もある。今のヴィクトリアはまだまだ人間の精気が大量に必要だ。
それ故に、仮に行き先を指定出来るようになったとしても、エリックだけに負担を負わせるのは避けなければならない。

結局のところ、人間の男性からの精気は、複数人から少しずつ貰うしかないのだ。

(フィルやナハト、ルカ先生やシュティだと、互いの精気を喰べ合う事になるから、一時的に満腹感を感じても、すぐにまたお腹が空いてきちゃうものね……)

従属契約している者達には、ヴィクトリア自身の精気をご飯として与えている。その結果は言わずもがな、お互いに、とても燃費が悪いのだ。

そう理解出来ていても、彼等はヴィクトリア以外の精気を口にしない。
それにヴィクトリアは未だ完璧なサキュバスとは言い難く、魔物に染まりきっていない。元が人間だった事もあり、ヴィクトリアよりも彼等の方が腹持ちが良いらしい。

要するに、いつも空腹なのはヴィクトリアだけ、という事だ。

(お腹空いた……)

ヴィクトリアが僅かに眉根を寄せる。
もうじき昼食の時間だ。
普通の人間が摂取する食事では、ヴィクトリアのお腹は満たされない。けれど、少しは口寂しいのが誤魔化せる。

(今日は何を食べようかな)

早くも昼食のメニューを思い浮かべるヴィクトリアだったが、いざ授業が終わると、エリックに呼び止められてしまった。
艶やかで無駄に色香を放つエリックの甘い声音に、ヴィクトリアの下腹部がずくんと疼く。



「リア、一緒に昼食を取ろう。……お腹、空いているんでしょう?」



エリックの瞳に帯びる熱。
ヴィクトリアはコクリと喉を鳴らし、エリックから差し出された男らしい手に、自分の小さな手を重ねた。


* * *
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