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旧Ver番外編(※書籍化本編とは関係ありません)
アルディエンヌ聖公爵*ノアのその後②*
しおりを挟む「今年も大神殿の召喚に応えろって王命がきたねぇ。ホントに面倒くさい。そろそろ聖公爵辞めていい?」
――ヴィクトリアたちが、ノアが聖女に夢中だという報告を受ける二週間ほど前。
王都にある大神殿へと向かう馬車の中で、ノアは窓の外を眺めながら嘆息し、愚痴を漏らしていた。
「自分から始めたことなのだから、辞めるなら辞めるで、きちんと後継を育ててからにしないと駄目ですよ。ノア君」
向かいの席に座って魔物に関する本を読みつつ、ノアの愚痴に答えたのは、魔物研究者で淫魔と人間のハーフであるルカ・ロマーニだ。ずぅっと昔に王都にある魔法学園にて特別講師をしていたが、今はノアの母親であるヴィクトリアの夫の一人であり、ノアにとっても父親の一人。そして、二人を繋ぐ連絡係として動いている。淫魔の特徴の一つは見目麗しい外見だ。故に、この馬車内の顔面偏差値は恐ろしく高く、目的地に着く頃には降りる前から黄色い歓声があちこちから聞こえてくる。
「ノア君。毎年忠告しているから言わなくても分かっているだろうけど、聖女たちの精気を喰べるのは程々にして下さいね?もし突っ込むなら夢の中だけにするように」
「突っ込むとか表現がストレート過ぎ。分かっているよ。聖女は純潔でないといけないからね。現実では味見だけにしておくから」
「はぁ…。できれば味見も程々にお願いします。後処理が大変だからね」
しかし、そんなクズのような会話をしながら、大神殿へと降り立ち、いざ顔合わせの時になってノアはとても驚くことになる。
***
「大して魔力も高くないくせに、どうやって聖女になれたのかしら?」
「やっぱり親に縋りついたのではなくて?彼女、一応は侯爵家の令嬢でしょう?」
「あら、侯爵家といっても私生児よ。確か母親がどこぞの娼婦だか何だか」
神官の一人に案内され、顔合わせを行う部屋の扉を開ける直前。部屋の中から聞こえてきた嘲笑と陰口。陰口と言っても部屋の外まで聞こえる程の大きさなので、当然本人にも聞こえているはずだ。毎年何かと問題は起こるが、今年は一人の聖女に対して虐めが起きているらしい。扉を開けようとしていた神官も、青褪めた顔をして開けるのを躊躇っている。
「卑しい出自のくせに、聖公爵様へお近づきになろうだなんて」
「本当ですわ。身の程知らずも甚だしい。…ほんの少し見目が良くたって、卑しい血筋は隠せやしませんわよ」
相手が言い返してこないからと、どんどんヒートアップしていく悪口に、神官の顔色はもはや青を通り越して白くなっている。
「あ、あの、聖公爵様。彼女たちはきっと緊張のあまり…」
「あー耳が腐りそう。今年はハズレだね」
「…え?」
「うん。案内ありがとう。僕が開けるから下がっていいよ」
――バーン!!
「「?!」」
勢いよく扉を開ければ、部屋の中にいた聖女たちが驚いた表情でこちらに顔を向けた。毎年顔合わせに使われるこの部屋は、聖女たち専用の祈祷室だ。聖女のお勤めとして、祈祷は礼拝堂で毎日決まった時間に行われるが、お勤め時間外にも祈りを捧げたいという熱心な聖女の為に用意された部屋で、室内は広く、女神像などもしっかりとしたものが置かれている。要するに神に仕える者たちにとって神聖な場所なのだ。
(こんな場所で、たった一人を吊し上げるように悪口で責め立てるなんてね)
今年の聖女は程度が知れているな。そして、全く言い返さずにいる彼女も……
そう思い掛けて、ノアはハッとし、瞠目した。
悪口を言われていたであろう聖女が誰なのかは、一目見てすぐに分かった。他の聖女たちは皆ひとつの場所に固まっており、彼女だけが少し離れた場所に立っていたからだ。たった一人孤立して、味方もおらず、悪口を叩かれて。さぞ辛そうに震えているかと思いきや、彼女は凛とした表情でしっかりと前を向いていたのだ。悪口など、全く聞こえていませんとばかりに。
「神の代理人である聖公爵様にご挨拶を!」
清廉な衣装に身を包んだ聖女たちが、一斉にノアに対して礼を取った。しかも、最初に声を発したのは、外ならぬ先程の責め立てられていた聖女だった。
「…挨拶をありがとう。皆、顔を上げて楽にしていいよ」
ノアがそう口にして微笑めば、聖女たちは皆一様に頬を染め、うっとりとノアと、ノアの後ろに控えるルカを見つめた。唯一人、先程の聖女だけを除いて。彼女だけはノアとルカに見惚れることなく、話に耳を澄ませていた。顔合わせが終わり、下がっていいと伝えた後も、他の聖女たちは何かと理由を作ってノアとの時間を持ちたがったが、彼女だけは礼をして早々に去って行った。
聖女たちを部屋から追い出す様に出て行かせた後、ノアがポツリと零す。
「…随分と強い聖女もいたものだね」
――泣いているかと思ったのに。
しかし、ノアの言葉を聞いて、ルカがやれやれと首を横に振る。
「あれは精一杯の強がりですよ」
「まさか。僕への挨拶だって、あんなにハッキリと声を…」
「必死だったのでしょう。よく見れば僅かに足が震えていましたよ。…人間は何百年経とうとも変わらない。出自なんて、生まれてきた子供には変えようがないことなのに、種族や、血筋やら身分やらで、相手の内面を見ようとしない。愚かな生き物です」
「……」
――彼女の足が震えていただなんて、気付かなかった。
あんなにも凛とした表情で真っ直ぐに立っていたのに。そんな彼女が、あまりも美しく、眩しくて。強い女性なのだと思った。けれど、本当は……
(……あれ?……なんだ?この気持ち…)
胸の奥が熱く、まるで急かされるような、焦れた気持ち。
ノアは首を傾げつつ、夜を待った。式典までひと月。その間、自身の腹を思う存分満たそう。
(きっといつもよりお腹が空いているんだ。王命とはいえ、わざわざ召喚に応じて大神殿まで来てあげたのだし、今夜から式典が終わるまで食べ放題といこう♪)
脳裏に過ぎる、昼間の光景。悪口を言っていた聖女たちには、とことん正気を失くすまで堕ちてもらおう。口元に邪悪な笑みを浮かべ、淫魔の力を行使し、夢を渡るノア。順番に喰べ尽くしてやろう。そう思っていたのだが、ここで誤算が生じる。
『……どうなっているんだ?』
悪口を言っていた彼女たちに、触れることができない。というか、ノア自身が彼女たちに触れることを嫌悪しているのだ。触れようとした瞬間、嫌悪感に襲われ、触れることができなくなってしまった。
『今までは、どんなに性根の腐った性格の女でも気にならなかったのに…』
どうせ彼女たちは自分にとってただの餌だ。それ以上でも以下でもない。精気を喰らい、満足したら捨てる。今回のような場合なら、式典が終わった後はもう会うことはない。例え夜会などで偶然会ったとしても、食事をした記憶は消しているし、二度と彼女たちの精気を喰らうつもりはない。公爵邸にいるメイドたちは何度も精気を喰べているが、好きだからというわけではなく、使用人はノアにとって餌としての種類が違うのだ。だが、今は公爵邸の使用人たちのことを思い浮かべても、何故だか触れたくないという思いが沸き上がる。
『……いいや。とりあえず、今夜は触れずに精気を吸収しよう』
ノアがパチンと指を鳴らせば、足元の影の中から無数の触手が現れる。いつか見た、アスモデウスが使役していた魔物だ。悪口を言っていた聖女たちが、触手の魔物に襲われ、ぐちょぐちょになっていく様を冷めた瞳でじっと見つめる。最初こそ彼女たちも自我を保って抵抗していたが、やがて自ら淫らに腰を振り、欲しい欲しいと触手を中へと欲しがり始めた。挿れて欲しいとせがむ様子を見て、触れずに精気を少し吸収してみる。すると、ノアはすぐに顔を歪め、吐き気を堪えるように口元を押さえた。
『うっ。…なんだ?こんなに不味い精気は初めてだ。……この僕が食べたくないと思うなんて』
――好き嫌いなく食べなくちゃ駄目よ?
そう教えてくれたのは、記憶を無くす前の母であるヴィクトリアだ。ノアはその時の教えを忠実に守り、どんなに苦手な食事であっても食べられる自分を自慢に思っていた。当然、それを教えてくれた時のヴィクトリアは、精気に対してではなく普通の食事に対して言ったのだが。
ノアはずっと自分自身が何者なのかと疑問に思ってきた。そうして、ヴィクトリアが記憶を失くした時、全てを知らされた。ヴィクトリアが人間から淫魔へ転化したこと、自分自身にも淫魔たちの血が流れていることを。
納得した。その上で都合が良いとも思った。今まで、一応は自分たちが人間の親子だと思っていた為に良心から必死に欲望を抑えてきた。だが、人間ではなく淫魔で、同族ならば話は別だ。食べたとしても問題はない。一瞬だけ、本気でそう思った。けれど、やっぱり自分にも人間の血が流れているからなのか、次の瞬間にはノアは自分自身に嫌悪感を覚えていた。
子供ながらに、家族に、領地民に、自分の愛するもの全てに尽くす母が大好きだった。だからこそ、記憶を失くした母を連れて、彼らが領地の奥深くへと姿を消した後、自分から会いに行くことはしないと決めた。まかり間違って、淫魔の本能が暴走し、母や父たちを傷付けたくないと思ったからだ。例え彼らが何者であっても構わない。間違いなく彼らは自分の親で、自分は彼らを愛している。だからもう自分からは会わない。会いに行かない。
(手紙のやり取りだけで十分だ。母上たちが幸せなら、僕も幸せだから)
連絡係兼補佐として、毎日ずっとではないがノアの傍にルカも居てくれる。他の父親たちも数年に一度は会う機会がある。…中には全く会えない者もいるが。
『…興が覚めたな。悪口聖女たちの精気はお前たちにあげるよ』
ノアがそう言えば、触手の魔物が嬉々としてノアの手に擦り寄る。まるで飼い慣らされたペットのように。
『だけど、欲しいものを与えたら駄目だよ?焦らして焦らして、毎晩我慢させるんだ。泣いて欲しがっても奥には絶対に挿れないこと。いいね?』
ノアの命令に、触手の魔物は従順に従う。式典が終わるまでの間、彼女たちは毎晩触手の淫夢を見ることになる。その影響は絶大で。夢から覚めて、現実に戻っても身体が疼いて堪らず、男根が欲しいばかりに自ら聖女という称号を捨てたくなるほどであった。
***
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