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本編

私の名前

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拾われました。

魅惑的なお姉さんのお家は、THE・魔法使い!って感じの木造のお宅だった。
ログハウスと言った方がしっくりくるわね。室内のあちらこちらには分厚い本が積み重なっていて、テーブルの上には理科の実験道具のような物が沢山置いてある。

薬でも作っているのだろうか?
窓の上の方には乾燥させた葉っぱがいくつも吊るされている。
お姉さんは私を布袋から取り出すと、優しくテーブルの上に置いてくれた。私が倒れないように、背中には空の瓶が置いてあって、それに凭れるように座らせてくれた。

「散らかってる家でごめんよ。さて、まずは自己紹介だ。私は魔女のマリアム。実年齢は言いたくないから勘弁しておくれ。まぁ、かなり年上だとだけ言っておくよ」

?!!

ま、魔女?
魔女って言いましたか??
確かに家の雰囲気とか、着ている服も真っ黒だし、魔法使いっぽいなって思ってたけど……

まぁ妖精や獣人がいるくらいだもの。魔女が居たっておかしくないよね。

宜しくお願いします。
マリアムの姐御……
いえ、マリアムさん。

私が心の内で挨拶していると、マリアムさんは私をじっと見つめてから「しゃべれないのは不便だろう」と言って、私の口と思われる場所にスラリとした白く長い人差し指を当ててきた。

「魂の声よ。その想いを風に乗せて音を成せ」

わぁ!呪文みたい!
カッコいいね。ファンタジーだね。
私がそう思っていると、マリアムさんは「相手に伝えたい言葉を念じてごらん」と言ってきた。
伝えたい言葉?

まさか。
私は思わず期待に胸を膨らませる。(実際には膨らんでいないけど)
そうして私は、ぬいぐるみ生になってから初めて、誰かに聞こえる声を口にした。

「まりあむ、さん?」
「ああ。なかなかに可愛らしい声じゃないか」
「?!」

しゃ、喋れた!!
声が出た!!
わああああ魔女すごい!!
魔女やばい!!もう一生ついていきます!!

「あねご!!」
「あねご……??それがあんたの名前かい?」

へ?

「ち、ちがいます」
「なら、名前は?」
「なまえ…………」

私に名前は無い。
前世の名前も思い出せない。
確か、え……えナントカ?最初に“え”がついたような?
分からない。思い出せない。

「なまえ、ないです……」
「そうか。なら、つけてやろう。私がつけてしまっても、問題ないかい?」
「はい」
「なら、今日からあんたは“エマ”だ。エマ、これから宜しくね」

――――エマ。

私の名前は、エマ。
ただ名前をつけてもらっただけなのに、すごくすごく嬉しい。

涙は出ない。
だけど、私はまた心の内で泣いた。


「ありがとう、まりあむさん。なまえ、すごくうれしい」
「そんなに喜んでくれるなんて、私の方こそ嬉しいよ。さぁ、後はその身体だね。私の魔力をやろう。エマ、あんたに動ける身体を魔力で創ってやる」
「からだ……?」

マリアムさんはそう言って、私に両手を翳して何やら呪文を唱え始めた。さっきの、声を出せるようにしてくれた時みたいに。

「我が魔力にて人の形を成せ。修復、浄化、創造、それらを顕現し、現世にて固定せよ。」

マリアムさんが呪文を言い終えると、私の身体は眩しいくらいに光輝いた。堪らずに目を瞑ってしまった・・・・・・・私は、驚きのあまり絶句する。

「ふぅ。上手くいったね。姿のベースはぬいぐるみ本体だが、結構な美少女になったんじゃないかい?」
「び、びしょうじょ……?」
「可愛いって事さ」

可愛い??
それに…………

「目線が」
「ああ。高くなっただろ?」

目線が高い。
頭が動く。視点も変えられる。
手を動かしてみると、白くて少し小さな両手が目に入った。
ぬいぐるみのまあるい布の手じゃない。ちゃんと人間の手をしてる。
下半身へ目を向ければ、そこには足があった。足が、動くのだ。

私はテーブルの上に座っている状態で、足だけテーブルからはみ出ていて、意識すると小さな両足が宙をブラブラと動いた。
本当に動くのだ。
身体が動く。
目だって瞑れるし、瞬き出来る。

「おやおや。……泣くほど嬉しいのかい?」

涙が、出た。
心の中でじゃない。
ちゃんと視界が滲んで、涙が頬を伝って零れ落ちたのだ。

私は、人の器を貰えたのだ。

涙でもう、何も見えなくなっていた。

「う、うれ、じい。ひっく…………ありがと、まりあむさん。ひっ、ううっ……!わああああんっ!」

私は幼子のように泣きじゃくった。
そんな私を、マリアムさんはまるでお母さんのように優しく包み込んでくれる。
良かった。マリアムさんに出会えて、本当に良かった。
その日、私は恐らく一生分は泣いたと思う。そして、涙でぐしゃぐしゃになった私を抱き上げて、マリアムさんは同じベッドで眠ってくれた。

ぬいぐるみに転生してから初めてのベッド。
そして、私はこの日、今世で初めて眠る事が出来た。

何年も何年も独りきりで乗り越えてきた長い長い夜が、やっと終わりを迎えたのだ。


* * *
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