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本編
朝のお迎え
しおりを挟むあれから数日経ち――――
「ディアナ、迎えに来たよ」
リーンハルト殿下の甘やかな笑顔が眩しい。
朝になると、学園のある日にはリーンハルト殿下が我が家まで、毎日馬車で迎えに来てくれるようになっていた。
「わ、わざわざありがとう存じます」
目撃した使用人達は目を丸くした。
私がリーンハルト殿下を避けずに、エスコートを受けながら、すんなりと馬車へと乗り込んだからだ。
(うぅ……罪悪感で押し潰されそう……)
今まで、私がどれだけリーンハルト殿下を避け続けてきたのか、使用人達の驚き方を見て、心底実感してしまう。
しかも、この件は当然の如く家族にもあっという間に知れ渡り、お父様や弟が「やっとディアナが(姉上が)婚約者であるリーンハルト殿下を(家族以外の男)を受け入れてくれた!!」と、狂喜乱舞して家中お祭り騒ぎとなってしまった。
私は本当に人でなしの最低野郎でした。
ごめんなさい。
父と弟は、私が極度の男性不信だと理解していたので、家族や執事同様、男であるリーンハルト殿下に私自身が慣れるのをずっと待っていたようだ。
今まで私からはリーンハルト殿下に近付かず、一向に慣れる努力なんてしてこなかった為、二人はかなりこの婚約に悩んでいたらしい。
本当に申し訳ない。
相手は王族。
しかも、次期国王となる王太子。
二人には、さぞ肩身の狭い思いをさせてしまったのでは……
と今更ながら思ったのだけど、どうやらそこは問題なかったようだ。何故なら、私が社交の場では表面上取り繕う事が可能だったからだ。
男性が苦手であっても、社交の場ではリーンハルト殿下を避けなかった。
その結果、周囲の貴族達には、私が婚約者であるリーンハルト殿下以外の男性には決して近付かない貞淑な貴族令嬢に見えていたらしく、むしろ好ましく思われていたようだ。(学園の同じクラスの方々には、私が男性を苦手としている事がバレてしまっている筈なのだけれど)
それだけではなく、父と弟は強気だった。
私を口説き落とす事すら出来ないのなら、リーンハルト殿下はそれまでの男、王家に婚約を白紙に戻すよう願い出るつもりだったらしい。
(いやいや、強気過ぎるでしょ)
私がリーンハルト殿下を受け入れたなら、それはそれで良し。将来の事を考えれば、家族以外の男性にも多少は慣れないといけないのだから、婚約者であるリーンハルト殿下はその為の第一歩と捉えていたようだ。
要するに、“悩んでいた”というのは王家へ願い出るタイミング。このまま婚約を継続した方が私にとって良いのか悪いのか、という事のみだった。
まぁ、ここまで強気に出られるのは、一重に我がアーベントルト公爵家の権力が強過ぎるからなのだけれど。
父であるアーベントルト公爵は軍務局長。つまり、この国の軍務大臣なのだ。
しかも、若かりし頃は自ら先陣を切って敵と戦う優秀な騎士でもあり、数々の功績を残している。
今は大きな戦争など無く、平和な世の中だが、私や殿下が生まれる前は周辺諸国と血生臭い争いが多々起きていた。それらを抑え、平和の為に活躍した父と、今は亡き祖父は、今でも騎士や兵士達の間で憧れの存在として語り継がれているらしい。
それ故に、宮廷での父の発言力は恐ろしく高い。
その気になれば「うちの娘がおたくの息子を嫌がってるから、婚約は白紙にしよう」と、それっぽい事をポンと王家に言えちゃうぐらいには。
アーベントルト公爵家の私兵団なんて、父や祖父に憧れた者達が集まってくるから、国一番の強者揃い。
だからこそ、王家としては強くなり過ぎちゃった我が家を取り込みたかったわけで。それ故に導き出されたのが殿下と私の婚約なのだ。
(というか、考えれば考える程、悪役令嬢ディアナの設定おかしくない?ゲームでのディアナの性格だって、別に悪くなかったし。リーンハルト殿下への想いが強過ぎただけで……)
ヒロインが現れるまでは、悪役令嬢でも何でもない、貴族令嬢の模範となる様な正しい公爵令嬢だったのに――――
「ディアナ、何を考えているんだい?」
突然の、リーンハルト殿下の御尊顔ドアップ。
「?!」
びっくりした。死ぬ程びっくりした。
口から心臓が飛び出るかと思った。
そうだった。
今日も今日とて、リーンハルト殿下が我が家まで私を迎えに来て下さり、今現在は王家の馬車の中でした。
(緊張のあまり、現実逃避してしまっていたわ。だって……)
耳に響く甘やかな声音。
「ディアナ、少し緊張し過ぎだよ。ほら、リラックスリラックス」
「あ、あの、ですが……」
「なんだい?」
「手……手を……」
離して下さい!!
リーンハルト殿下からエスコートしてもらい、馬車へ乗ったまでは良かった。
けれど、その後私はミスを犯してしまったのだ。
『おはよう、ディアナ』
『おはようございます、リーンハルト殿下』
『あれ?』
『え?』
リーンハルト殿下の眉尻が下がる。
『リーン、でしょう?』
緊張のあまり、私はうっかり愛称で呼ぶのを忘れてしまったのだ。
しかもその後、私は慌てて言い訳してしまった。『まだ慣れていなくて』と。
すると、何故だか『じゃあ早く慣れないとね』と言われ、手を繋ぐという現在の状況に至ってしまったのだ。
『パーティーでのエスコートには慣れているわけだし、まずは軽く手を繋いでみようか』
『え?で、ですが……』
『これからのディアナは、僕を避けず、僕と向き合ってくれるのだろう?』
『それは……はい……』
私が小さくそう答えると、リーンハルト殿下は更に眉尻を下げ、捨てられた子犬のような、悲しげな顔をした。
『……それとも、嫌かな?僕と手を繋ぐのは。ディアナが嫌なら、無理強いはしないよ』
そんな顔をさせたい訳じゃない。
気付いた時には、私は必死に“違う”と全力で否定してしまっていた。
『そんなまさか!決して嫌などではありません!!』
『本当に?』
『本当の本当です!!むしろ光栄過ぎてドキドキしてしまうというか――――』
あっ。
『――――ディアナ』
向かいから座席から、私の隣へと移動してきたリーンハルト殿下からは、爽やかなコロンの匂いが微かにふわりと香る。
そして、私の右手を軽く握ったリーンハルト殿下の蜂蜜のような金色の瞳には、明らかな熱が帯びていて。
『僕も、ドキドキしてる。だから、二人とも慣れないと。二人で居る事や、互いに触れる事に。だって僕達は……』
――――学園を卒業したら、夫婦になるのだから。
……………………
…………
そうして、今に至るわけで。
「手を、何かな?」
「あの、その……」
「……ふふ」
リーンハルト殿下が、とても嬉しそうに口元を綻ばせる。
「リーン……様?」
「ごめんね。だけど、本当に嬉しくて。こんな風に、ディアナと手を繋げる日が来るなんて。」
「…………」
「困らせていたらごめん。だけど、どうかこのままでいさせて欲しい。学園まで、あともう少しだから」
そう口にするリーンハルト殿下は、まるで壊れもののように、宝物のように、優しく私の手を握っていて、とても名残惜しそうな顔をしていた。
途端に、湧き上がってくる想い。
私の手なんて、いくらでも握っていて良いですから。
そんな事で、貴方が喜んでくれるなら、いくらでも差し出しますから。
(ああ、やっぱり私はチョロい女だわ)
私は、握られていなかった方の左手をリーンハルト殿下の手に重ねた。
心臓が痛くて、馬鹿みたいに煩く高鳴っている。だけど、関係無い。
「……私の手くらい、リーン様のお好きな時に、お好きなようにして下さい」
「ディアナ?だが……」
「大丈夫、ですから。少し、気恥ずかしいだけですから。どうか、お気になさらず」
私が微笑んでそう告げると、彼は、心底幸せだというように、蕩けるような柔らかな笑みを浮かべ、「ありがとう」と口にした。
* * *
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面白くて一気に読んでしまいました!!更新たのしみにしています。
淡雪様
コメントありがとうございます!
一気読みして下さるなんて、とても嬉しいです。
そのように仰っていただき、感謝感謝です(◍•ᴗ•◍)
スローペースですが、嬉しいお言葉を執筆の糧に、更新頑張ります!
もぅ、これからが楽しみすぎて仕方ないんです〜((ノд`*)っ))
お忙しいとわかっていても、更新楽しみにしています!
コモ様
コメントありがとうございます!
嬉しいお言葉に感謝感謝です(◍•ᴗ•◍)
最近は更新がずっとスローペースで申し訳ないです!
コモ様のように、小説を楽しみにして読んで下さっている読者様方の為にも、更新頑張りたいと思います!
本当に有り難いです。
頑張ります!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
更新ありがとうございます♡
また楽しみが増えました♡
micu様
こちらこそ、読んでいただきありがとうございます!
先月辺りから更新を休んでしまっていたのですが、また少しずつ執筆活動に励んで参りますので、どうかこれからも温かく見守ってやって下さい(◍•ᴗ•◍)
楽しみが増えたと仰っていただけて、とても嬉しいです。
頑張ります!