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本編
あれから
しおりを挟むシュナイゼルはユーリと共に帝国へと帰って行った。
マリアンヌを攫った事に関して罰したいところだったが、ヴァルリア王国との戦争が終わったばかりで、軍事国家である帝国との間に問題が起きる事は非常に良くない。仮に帝国と戦争になったとして、今の状態のマルティス王国では全く勝ち目がないのが実情なのだ。それを理解しているのか、シュナイゼルから今回の件を見逃してくれるのならば、今後もマルティス王国に対して昔からの領土不可侵条約を守ると提案された為に、今回の事は互いに不問とせざるを得なかった。
マリアンヌもそうして欲しいと願った故に、フェリクスも渋々その提案を呑んだ。
後になって、フェリクスは以前シュゼットを尋問した際、彼女がシュナイゼルの名を口にしていた事を思い出した。未だに、あの時のシュゼットの言葉はフェリクスには理解出来ないが、何となく、もしかしたら魅了の魔法で気持ちを捻じ曲げられていたのは自分ではなく、あのシュナイゼルだったのかもしれないと思った。そういう運命もあったのかもしれないと。
だが、シュゼットは既に処刑しているし、運命はシュナイゼルではなくフェリクスを選んだ。一瞬だけ思い浮かんだ“もしも”を振り払い、今はただ、己の腕の中に居る愛おしい存在を抱き締める。
フェリクスとマリアンヌは、シュナイゼルが去った後、すぐに負傷したルードを連れて、四人で本陣へと戻った。馬が二頭だった為に、フェリクスは自分の馬にマリアンヌを乗せ、負傷したルードはアレックスに支えられながら馬に乗って移動したのだ。
マリアンヌの手当てと、本陣で待機していた魔法師のお陰で、ルードは一命を取り留めた。今はもう無事に回復し、王太子妃付の近衛騎士になる為に鍛練している。
――――二人がマルティス王国へ帰還して、既に半年の月日が経過していた。
今、二人は王太子宮の寝室に居る。
マリアンヌは、戦場で兵士達の聖女となっていた。戦争が終結し、兵士達が帰還すると同時にその事がマルティス王国の民の間に驚くべき早さで広まっていき、今回の戦争で英雄となった王太子フェリクスと聖女マリアンヌはマルティス王国中の民に慕われる結果となった。
そうして、貴族達の事情を知らない民衆達は、王太子であるフェリクスが賊に攫われたマリアンヌを救いだした話で盛り上がり、二人が結ばれる事を望んだのだ。
賊とはシュナイゼルの事なのだが、それらは国家機密として伏せられた。しかし、フェリクスがマリアンヌを救うために案内役の騎士一人と乗り込んでいった様は本陣にて多くの者達に目撃されており、目撃した者の中には平民出身の兵士もいた。それ故に賊の正体は分からずとも、フェリクスが自らの危険を省みずにマリアンヌを救出しにいき、実際に助け出した事はいつの間にか多くの者達の間で周知されてしまったのだ。
見目麗しい英雄と聖女の話に、戦争で沈み、娯楽に飢えた民衆達が食い付かない筈がない。自国の勝利と彼等兵士達の帰還、そして英雄と聖女の恋物語に民衆達は燃え上がったのだ。
貴族達の一部には未だ納得していない者もいるが、大多数の貴族達は今回の件で二人の婚姻を認めた。
貴族達もまた、考えを改めたのだ。
元々彼等は、フェリクスとマリアンヌがどういった事情で婚約を白紙撤回したのか、殆どの者達がその具体的な理由を知らなかった。婚約破棄は内々で進められたからだ。
それ故に、当初はフェリクスの心変わりだろうと思われていたし、好色家のヤデル伯爵の元へ嫁ぐ結果となったマリアンヌの事も一度婚約破棄された貴族令嬢ならば分相応だと思っていた。
だが、もしかしたら汚いヤデル伯爵に何かしらの方法で無理矢理マリアンヌを奪われたのかもしれない。
だからこそ、フェリクスはマリアンヌを取り戻す為に、必死でヤデル伯爵の罪を暴くために奔走したのかもしれない、と。
王族の伴侶となるべき婚約者は、純潔でなければならないと、そう決まっていたのだから。
侯爵令嬢マリアンヌは、王太子に捨てられたのではなかった。非道な手段で奪われ、それでも尚、フェリクスが自ら必死に取り戻そうと奔走し、やっと手に入れたのではないか。
もし、そうならば――――
決して手を出してはならない。
英雄となり、民衆から絶大な支持を受ける王太子を敵に回す事はこの上無い愚策。そしてそれは、フェリクスの寵愛を受け、聖女となったマリアンヌにも言える事。
彼等の頭の中からは、いつしか粛清され、消えてしまったどこかの男爵家の令嬢の事など、すっかり綺麗に忘れ去られていた。
こうしてマリアンヌは、民衆や大多数の貴族達から認められ、王太子妃となる事が決まったのだった。
……………………
…………
「……ん……フェリクス、さま?」
マリアンヌが薄っすらと瞳を開けて、ぼんやりとフェリクスを見つめると、ちゅっと額に優しくキスをされた。
「私、いつの間にか眠ってしまっていたのですね……」
「昨日も公務で忙しかったからね。無理もない。まだ眠っていていいよ」
「ですが……」
「その代わり、出来たら今夜は頑張って欲しい」
「……っ!そ、れは……」
今日はいよいよ、二人の結婚式。
通常であれば一年は準備期間があるのだが、フェリクスが無理を押し通して早めたのだ。
二度とマリアンヌを手離したくないという想いからだが、それに拍車をかけたのは帝国からの一通の書状が一番の原因だった。
『聖女と名高いマリアンヌ嬢を我が妻として帝国へ迎え入れたい』
シュナイゼルが、マリアンヌが欲しいと正式に求婚してきたのだ。
嫌ならば王太子妃にならなくても良いと言って、マリアンヌと何も形あるものを結んでいなかったフェリクスは、この書状に大いに焦った。
幸いにして、民衆から結婚の後押しをされていた事を理由に、数日に渡って国王や聖教会の最高司祭を説き伏せ、寝ずに必要書類をまとめて提出し、判を押させ、何とか無事にマリアンヌとの婚約を結び直す事が出来た。ちなみにマリアンヌの身分は侯爵令嬢ではなく、やはり平民となっていた訳だが、フェリクスの友人であるレジーの家がマリアンヌを養女として引き取ってくれた為に、身分差の問題もなくなった。
フェリクスは晴れてシュナイゼルに、求婚の書状を突き返した訳だが……
それならば今度は帝国とマルティス王国とで国交を始めようと言われ、またしてもフェリクスの頭を悩ませた。自国が勝利したとはいえ戦争したばかりの敵国であるヴァルリア王国が帝国産の恐ろしい武器を使っていた事もあり、当然周囲は大反対。
しかも、これまで全く交流のなかった帝国が何故マリアンヌの事を知っていたのか。ヴァルリア王国と結託して何か企んでいるのではないかと、周囲は益々帝国への不信感を募らせた。
フェリクス自身も未だ帝国を良く思っておらず、現状では難しいと返したのだが、フェリクスの事も気に入ったらしいシュナイゼルはなかなか諦めようとしない。
暫くは疲れる日々が続きそうだと、フェリクスはがっくりと項垂れたのであった。
閑話休題。
以前フェリクスは、戦争から帰ったら今度こそマリアンヌを自分だけの花嫁にすると言った。
あの時、マリアンヌはフェリクスと共に戦争へ行く事を決め、二人は互いの愛を確かめ合った訳だが、マリアンヌはハッキリとした返事をしていなかった。
だから。
「……あの時の返事を、今日、神の前で聞かせておくれ」
まもなく侍女のミシェルがやって来て、二人の寝室の扉をノックするだろう。
そうして、今日が始まる。
二人は胸を高鳴らせながら、逸る気持ちを抑え、ミシェルがやって来るまでの間、互いの想いを確かめ合うように強く強く抱き締め合ったのだった。
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