40 / 59
本編
帝国の予言者②
しおりを挟む私の名前はリズ。
前世の記憶を持ったまま、私は孤児として、この世界へ転生した。
帝国の外れにある、田舎の孤児院で10歳まで過ごした後、帝都にある商人の家へ使用人見習いとして引き取られたが、不運にもその商人の家は火事に遭い、商才のあった旦那様が死んでしまわれた。その結果、残った家族で商売を引き継いだものの、上手くいかなくなって倒産。使用人を雇う余裕も無くなってしまった為に、已む無く私は仕事を失ってしまった。
頼る伝もなく、孤児院へ戻ろうとも思ったが、帝都から孤児院へ戻るには距離が遠すぎる。
どうする事も出来ずに路頭に迷った私は、前世の記憶を頼るしかなかった。
『あ、明日は帝都に雨が降ります!』
“予言”。
予言と称した前世の知識。
前世の私には、特にこれといった特技は無かった。料理だってレシピが無ければ作れないし、服飾系には興味が無かった。何があれば化粧水が作れる、とかもぼんやりとしか分からないし、手先も不器用で、私には転生小説あるあるな成り上がり系は無理だと、最初から分かっていた。
前世で好きだったものは乙女ゲームと空。
仕事から帰ったら夜遅くまで乙女ゲームをして、たまにスマホで綺麗な空の写真を撮る。
特に毎日色々な形を見せてくれる雲が大好きで、うろこ雲やひつじ雲が見れたら、近いうちに雨が降るんだなとか、自然と覚えた。
今日はひつじ雲だったから、明日は雨。これは7割くらい当たる天気予報。
明日の天気が分かれば、少しは役立つかもしれない。誰かが小銭くらい恵んでくれるかも。
そんな思いで始めてみたら、運が良かったのか悪かったのか、私の天気予報は悉く連続で的中してしまった。
私は空腹を凌ぎながらも、天気が的中する事が嬉しくて、実は気象予報士になれたかも?なんて思ったりしていたが……
『怪しい奴。連行するから大人しくしろ!』
世の中、甘くなかった。
何度も天気を的中させたせいなのか、女だとバレて売られたり乱暴されないようにローブを被って顔まで隠していたせいなのか、私はめちゃくちゃ不審者認定されていた。
まさか憲兵に連行されてしまうだなんて、思ってもいなかった。
この世界、詰んだかも。
私、もしかして牢屋行き?
この世界に来てから、お腹いっぱいにご飯が食べれた事なんて一度も無かった。
まだ若い身空で死んじゃうの?私、まだ11歳なんですけど。
とにかく痛いのは嫌だ。
私は抵抗せずに大人しく憲兵に捕まって、帝都では城にあるらしい詰所まで連行された。
そうして、その時。
私は、ある人物とすれ違ったのだ。
その人物を見た瞬間、やっとここが、やっぱりあのゲームの世界なんだと確信出来た。
私が前世で大好きだった乙女ゲーム。
彼は、その乙女ゲームの2作目の攻略対象者、シュナイゼルだった。
始めてみた彼は、ゲームで見た彼よりも若く、未だ少年っぽさが残る青年で、私の心臓が興奮で跳ね上がった。
ゲームの中では、彼は既に皇帝となっていた。だから、彼は今から数年の内に皇帝になる、という事だ。
シュナイゼルと、その従者ユーリの組合わせは私の最推しだ。
それ故に、興奮した私は思わず口走ってしまっていた。生の彼が、あまりにも尊く、神々しくて。
『あ、あ、貴方は次の皇帝になります!!』
光か不幸か。
その一言がきっかけとなり、私はシュナイゼルに拾われた。
そして、数年に渡り、乙女ゲームのシナリオや、公開されていた攻略対象者の設定資料、ファンディスクの知識を駆使して様々な“予言”をしてしまった。
だって、生シュナイゼルの圧が半端無かったから……
役に立たない予言をしたら、すぐにでも殺されてしまいそうだった。
(そうだよね。私はヒロインじゃなく、ただのモブ。むしろ、本編に登場さえしない、道端の石ころなんだもの)
ヒロインじゃない私に、攻略対象者が優しくしてくれる筈がない。
そう考えて、はたと気付いた。
(……ヒロインって、精神干渉系魔法を使ってる?)
よくよく考えてみれば、最初からヒロインだけには優しいなんておかしな話だ。まぁ、優しいと言っても好感度が低い内は塩対応な時もあったけれど。
これもまさか、転生小説あるある?
魔法が衰退してしまったこの世界で、精神干渉系魔法なんて使われたら抗う術なんて無い。それこそ、攻略対象者達を傀儡同然にしてしまう事だって可能かもしれない。
(考えすぎ?でも、皇帝や高位貴族、そして稀少な魔法師や騎士団を率いているような力ある者達の跡取りが、全員ヒロインに傾倒してしまったら……)
しかも、シュナイゼルは2作目の攻略対象者。という事は、1作目のヒロインや攻略対象者達も既に存在している?
ぞわっ。
私は急いでシュナイゼルにヒロインの存在を告げた。
あの出会いから7年。シュナイゼルはゲームのシナリオよりも早い内に皇帝となり、今では従者のユーリも居る。
しかも、シュナイゼルは魔法に大きな関心を示していて、古代の魔法を優秀な魔法師達と共にいくつも蘇らせている。これなら、ヒロインの精神干渉系魔法に抗える魔法だって見つけてくれるかもしれない。
思っていたより本物の圧と殺気は凄まじかったけれど、シュナイゼルやユーリ、攻略対象者達には傀儡になんかなって欲しくない。
ただの石ころ同然の存在として生まれたからか、私にはこの世界が現実過ぎる程に現実なのだと理解出来ている。
それに万が一、シュナイゼルがヒロインに攻略されてしまったら、ヒロインが前世の知識を持つ私を排除しようとするかもしれない。
同じ乙女ゲームを愛する同士ならば仲良くしたいけど、今の私は三食昼寝付き。毎日ご飯がお腹いっぱい食べられる、この環境から追い出されてしまったら、私は数日で死ねる自信がある。
せめて1作目のヒロインが精神干渉系魔法を使用してるかどうかだけでも知りたい。
だから、ヒロインの存在を告げた時に、精神干渉系魔法を使用していない場合も考えられると話した。魔法なんて使えない、普通の女性である可能性もあると。
けれど、シュナイゼルはその可能性は低いと思っていたようだ。
平民ならばいざ知らず、王族や高位貴族の令息が、様々な利害関係を無視して婚約者との婚約を破棄し、真実の愛を選ぶという選択肢は本来であれば有り得ない事だからだ。どうしてもその想い人と一緒になりたいのなら、愛妾として迎えるのが普通なのだと。
故に、シュナイゼルはそのヒロインが精神干渉系魔法を使用している可能性の方が高いと言った。
魔法により、気持ちを無理矢理捻じ曲げ、思考能力さえ低下させてしまえば、真実の愛を選び、婚約破棄をするという愚行に及んでしまった事にも納得出来る。
『魔法も使わずに王族や高位貴族の令息共を骨抜きにしたってんなら、それはそれで興味が湧くけどな。そんなにイイ女なら、俺の女にしても面白そうだ。』
シュナイゼルはそんな事を言っていたけれど、要するにどんな女であっても一先ず攫って来るつもりで考えていた。
ごめん。本当にごめん。
良い子だった場合、何とかして1作目の舞台であるマルティス王国に帰してあげるから許して下さい。
……そう思っていた訳だけど。
私の想像以上にマルティス王国では想定外の事が起きていて、ヒロインである筈のシュゼットは既に処刑されてしまっていた。
恐れていた通り、精神干渉系魔法である魅了の魔法を使って、マルティス王国の王太子フェリクスの気持ちを無理矢理捻じ曲げてしまったからだ。
(……王族にそんな魔法使ったら、確かに処刑されてもおかしくないよね。……そうだよね)
同じ故郷の女の子が処刑されてしまったと聞いて、少し複雑な気分になってしまった。
シュナイゼルの話では、フェリクスと悪役令嬢マリアンヌとの仲を無理矢理引き裂いたらしいけれど、ただただ推しと結ばれたい一心だったのなら、何ともやるせない。
転移ではなく、その子も私と同じように転生者だったのなら、この世界や相手の地位を理解して、処刑だけは回避出来たのではないかと思うのだけど。
(この世界が現実だと、きちんと理解していれば……)
シュゼットには、それを理解するのは難しかったのだろうか。
ヒロインに転生してしまった事で、気持ちばかりが先走ってしまったのだろうか。
(さようなら、シュゼット)
ヒロインになりきれなかった女の子。
* * *
13
あなたにおすすめの小説
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる