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本編
帝国の予言者②
しおりを挟む私の名前はリズ。
前世の記憶を持ったまま、私は孤児として、この世界へ転生した。
帝国の外れにある、田舎の孤児院で10歳まで過ごした後、帝都にある商人の家へ使用人見習いとして引き取られたが、不運にもその商人の家は火事に遭い、商才のあった旦那様が死んでしまわれた。その結果、残った家族で商売を引き継いだものの、上手くいかなくなって倒産。使用人を雇う余裕も無くなってしまった為に、已む無く私は仕事を失ってしまった。
頼る伝もなく、孤児院へ戻ろうとも思ったが、帝都から孤児院へ戻るには距離が遠すぎる。
どうする事も出来ずに路頭に迷った私は、前世の記憶を頼るしかなかった。
『あ、明日は帝都に雨が降ります!』
“予言”。
予言と称した前世の知識。
前世の私には、特にこれといった特技は無かった。料理だってレシピが無ければ作れないし、服飾系には興味が無かった。何があれば化粧水が作れる、とかもぼんやりとしか分からないし、手先も不器用で、私には転生小説あるあるな成り上がり系は無理だと、最初から分かっていた。
前世で好きだったものは乙女ゲームと空。
仕事から帰ったら夜遅くまで乙女ゲームをして、たまにスマホで綺麗な空の写真を撮る。
特に毎日色々な形を見せてくれる雲が大好きで、うろこ雲やひつじ雲が見れたら、近いうちに雨が降るんだなとか、自然と覚えた。
今日はひつじ雲だったから、明日は雨。これは7割くらい当たる天気予報。
明日の天気が分かれば、少しは役立つかもしれない。誰かが小銭くらい恵んでくれるかも。
そんな思いで始めてみたら、運が良かったのか悪かったのか、私の天気予報は悉く連続で的中してしまった。
私は空腹を凌ぎながらも、天気が的中する事が嬉しくて、実は気象予報士になれたかも?なんて思ったりしていたが……
『怪しい奴。連行するから大人しくしろ!』
世の中、甘くなかった。
何度も天気を的中させたせいなのか、女だとバレて売られたり乱暴されないようにローブを被って顔まで隠していたせいなのか、私はめちゃくちゃ不審者認定されていた。
まさか憲兵に連行されてしまうだなんて、思ってもいなかった。
この世界、詰んだかも。
私、もしかして牢屋行き?
この世界に来てから、お腹いっぱいにご飯が食べれた事なんて一度も無かった。
まだ若い身空で死んじゃうの?私、まだ11歳なんですけど。
とにかく痛いのは嫌だ。
私は抵抗せずに大人しく憲兵に捕まって、帝都では城にあるらしい詰所まで連行された。
そうして、その時。
私は、ある人物とすれ違ったのだ。
その人物を見た瞬間、やっとここが、やっぱりあのゲームの世界なんだと確信出来た。
私が前世で大好きだった乙女ゲーム。
彼は、その乙女ゲームの2作目の攻略対象者、シュナイゼルだった。
始めてみた彼は、ゲームで見た彼よりも若く、未だ少年っぽさが残る青年で、私の心臓が興奮で跳ね上がった。
ゲームの中では、彼は既に皇帝となっていた。だから、彼は今から数年の内に皇帝になる、という事だ。
シュナイゼルと、その従者ユーリの組合わせは私の最推しだ。
それ故に、興奮した私は思わず口走ってしまっていた。生の彼が、あまりにも尊く、神々しくて。
『あ、あ、貴方は次の皇帝になります!!』
光か不幸か。
その一言がきっかけとなり、私はシュナイゼルに拾われた。
そして、数年に渡り、乙女ゲームのシナリオや、公開されていた攻略対象者の設定資料、ファンディスクの知識を駆使して様々な“予言”をしてしまった。
だって、生シュナイゼルの圧が半端無かったから……
役に立たない予言をしたら、すぐにでも殺されてしまいそうだった。
(そうだよね。私はヒロインじゃなく、ただのモブ。むしろ、本編に登場さえしない、道端の石ころなんだもの)
ヒロインじゃない私に、攻略対象者が優しくしてくれる筈がない。
そう考えて、はたと気付いた。
(……ヒロインって、精神干渉系魔法を使ってる?)
よくよく考えてみれば、最初からヒロインだけには優しいなんておかしな話だ。まぁ、優しいと言っても好感度が低い内は塩対応な時もあったけれど。
これもまさか、転生小説あるある?
魔法が衰退してしまったこの世界で、精神干渉系魔法なんて使われたら抗う術なんて無い。それこそ、攻略対象者達を傀儡同然にしてしまう事だって可能かもしれない。
(考えすぎ?でも、皇帝や高位貴族、そして稀少な魔法師や騎士団を率いているような力ある者達の跡取りが、全員ヒロインに傾倒してしまったら……)
しかも、シュナイゼルは2作目の攻略対象者。という事は、1作目のヒロインや攻略対象者達も既に存在している?
ぞわっ。
私は急いでシュナイゼルにヒロインの存在を告げた。
あの出会いから7年。シュナイゼルはゲームのシナリオよりも早い内に皇帝となり、今では従者のユーリも居る。
しかも、シュナイゼルは魔法に大きな関心を示していて、古代の魔法を優秀な魔法師達と共にいくつも蘇らせている。これなら、ヒロインの精神干渉系魔法に抗える魔法だって見つけてくれるかもしれない。
思っていたより本物の圧と殺気は凄まじかったけれど、シュナイゼルやユーリ、攻略対象者達には傀儡になんかなって欲しくない。
ただの石ころ同然の存在として生まれたからか、私にはこの世界が現実過ぎる程に現実なのだと理解出来ている。
それに万が一、シュナイゼルがヒロインに攻略されてしまったら、ヒロインが前世の知識を持つ私を排除しようとするかもしれない。
同じ乙女ゲームを愛する同士ならば仲良くしたいけど、今の私は三食昼寝付き。毎日ご飯がお腹いっぱい食べられる、この環境から追い出されてしまったら、私は数日で死ねる自信がある。
せめて1作目のヒロインが精神干渉系魔法を使用してるかどうかだけでも知りたい。
だから、ヒロインの存在を告げた時に、精神干渉系魔法を使用していない場合も考えられると話した。魔法なんて使えない、普通の女性である可能性もあると。
けれど、シュナイゼルはその可能性は低いと思っていたようだ。
平民ならばいざ知らず、王族や高位貴族の令息が、様々な利害関係を無視して婚約者との婚約を破棄し、真実の愛を選ぶという選択肢は本来であれば有り得ない事だからだ。どうしてもその想い人と一緒になりたいのなら、愛妾として迎えるのが普通なのだと。
故に、シュナイゼルはそのヒロインが精神干渉系魔法を使用している可能性の方が高いと言った。
魔法により、気持ちを無理矢理捻じ曲げ、思考能力さえ低下させてしまえば、真実の愛を選び、婚約破棄をするという愚行に及んでしまった事にも納得出来る。
『魔法も使わずに王族や高位貴族の令息共を骨抜きにしたってんなら、それはそれで興味が湧くけどな。そんなにイイ女なら、俺の女にしても面白そうだ。』
シュナイゼルはそんな事を言っていたけれど、要するにどんな女であっても一先ず攫って来るつもりで考えていた。
ごめん。本当にごめん。
良い子だった場合、何とかして1作目の舞台であるマルティス王国に帰してあげるから許して下さい。
……そう思っていた訳だけど。
私の想像以上にマルティス王国では想定外の事が起きていて、ヒロインである筈のシュゼットは既に処刑されてしまっていた。
恐れていた通り、精神干渉系魔法である魅了の魔法を使って、マルティス王国の王太子フェリクスの気持ちを無理矢理捻じ曲げてしまったからだ。
(……王族にそんな魔法使ったら、確かに処刑されてもおかしくないよね。……そうだよね)
同じ故郷の女の子が処刑されてしまったと聞いて、少し複雑な気分になってしまった。
シュナイゼルの話では、フェリクスと悪役令嬢マリアンヌとの仲を無理矢理引き裂いたらしいけれど、ただただ推しと結ばれたい一心だったのなら、何ともやるせない。
転移ではなく、その子も私と同じように転生者だったのなら、この世界や相手の地位を理解して、処刑だけは回避出来たのではないかと思うのだけど。
(この世界が現実だと、きちんと理解していれば……)
シュゼットには、それを理解するのは難しかったのだろうか。
ヒロインに転生してしまった事で、気持ちばかりが先走ってしまったのだろうか。
(さようなら、シュゼット)
ヒロインになりきれなかった女の子。
* * *
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