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本編
舞踏会当日②
しおりを挟む今日催される舞踏会の目的には、親交深い友好国の方々に王太子妃となった私をお披露目する事も含まれている。
要するに、この舞踏会は王族としての公務となるのだけれど、今日はフェリクス様がずっと隣に居てくれる日だから、私は朝から少しだけ浮き足立っていた。
(フェリクス様が贈って下さったドレス、凄く素敵ね。私に似合うかしら……?)
一点の曇りもない、真っ白なドレス。肩周り、胸の上部までが繊細なレースであしらわれており、ふわりと広がったスカートには下部に刺繍の施されたチュールが重ねられている。耳元や胸元を飾るダイヤモンドは派手すぎず、まるで星を散りばめたかのような洗練されたデザインで、先端には雫の形をしたダイヤモンドが虹色に輝いていた。
このドレスと装飾品を身に纏い、いつもより着飾った自分を見たら、フェリクス様は何と仰って下さるだろうか?
今日のような舞踏会に出るには、相応の時間をかけて支度をしなければならない。けれど、フェリクス様の事を思えば、ちっとも苦ではなかった。
いざ支度が終わり、対面して見ると、私は盛装のフェリクス様を見て息を飲んだ。
(……格好良い……)
彼は昔からずっと格好良かったけれど、服装が変わればまた印象も違う。
秀麗な綺麗過ぎる顔立ちと、王太子でありながら欠かさずに鍛練を積んできた鍛え抜かれた体躯。
サラリと揺れる銀糸のような髪が陽の光に煌めいて、その澄んだ空色の瞳はまるで宝石のようだと思った。
その瞳に、私を映してくれている。
それだけでマリアンヌの体温は上がってしまった。
(どうしよう。何て声をかければ……)
そうして気付いた。
フェリクスも、じっと自分を見つめたまま黙り続けている事に。
ドクンと心臓が嫌な音を奏、一抹の不安が胸を締め付ける。
(どうしたのかしら?もしかして、どこか変……?)
せっかくフェリクス様が贈ってくれたのに。
『フェリクス様?』
そう声をかけると、フェリクス様は『すまない……!』と焦ったように口にした。
『いえ。……あの、どうかなさいましたか?』
『いや、マリアンヌがあまりにも、その……』
話ながら、フェリクス様が私から顔を逸らしてしまった。
何故、こんなにも胸が苦しくなるの?
フェリクス様は何か言いかけていたけれど、侍女の言葉を聞いて、そのまま言いかけた言葉を呑み込んでしまわれた。
(陛下や王妃様を待たせる訳には行かない)
差し出されたフェリクス様の腕に、自らの腕をそっと絡めて、舞踏会の会場までエスコートされながら歩を進める。チラリとフェリクス様を見上げると、フェリクス様は私と目が合うなり、視線を逸らしてしまった。
(……どうしよう。私、何か気に障る事でもしてしまったかしら?)
そんな気持ちを抱えたまま、陛下達と合流し、会場へと足を踏み入れた。
他国の王族達や、外交を担う貴族達を前に、私は気持ちを切り替えた。
王太子妃として、フェリクス様の隣に居ても恥ずかしくないよう務めなければ。
『お久し振りですな、フェリクス様。美しい方を妃に迎えられたようで』
『ありがとう存じます』
『お初にお目にかかりますわ、マリアンヌ様。私は隣国マーベラの……』
挨拶は何の問題もなく順調だった。
……最後にあの人が来るまでは。
「そなたが帝国の皇帝、シュナイゼル殿か」
艶やかな漆黒の髪と、血のように色鮮やかな真紅の瞳。
「ええ。私がシュナイゼルです、マルティスの国王。本日の舞踏会に我が国も招待していただき、感謝しています」
あの人が来た瞬間、会場の空気が変わった。
会場にいる多くの人達が、強大な帝国との繋がりについて関心を示している。
私は身体が強張りそうになるのを必死に抑えながら、集中した。
「……ゆるりと過ごされよ」
「そうさせていただく。さて、それじゃあフェリクス王太子殿下と麗しのマリアンヌ王太子妃にもご挨拶を……」
けれど。
「……マリアンヌ……」
あまりに彼の放つ色香が凄まじく、一瞬だけドキリとしてしまった。
フェリクス様が私を庇うように一歩前に出てくれたけれど、シュナイゼルは更に距離を詰めて、私の前で片膝をついた。
「お姫様、お手を」
「…………」
差し出された大きな手。
公務なのだし、何より相手は帝国の皇帝だ。
拒絶や粗相は許されない。
フェリクス様に一度視線を送ってから、私が恐る恐る右手を差し出すと、シュナイゼルが私を見上げてこう言った。
「……着飾ったお姫様は、この会場にいる誰よりも美しいな」
そうして手の甲に落とされるキス。
他の王族や貴族の男性からも受けた敬愛を示すただの挨拶なのに、右手がやたらと熱く感じられた。
それに。
「あの……」
手の甲へのキスは終わったのに、シュナイゼルがなかなか手を離してくれない。
私の手を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がり、シュナイゼルが私の手を引き寄せて自ら頬をすり寄せる。
「……っ」
ゾクリとする程の壮絶な色香を含んだ妖艶な笑みを一身に浴びて、私はいよいよマトモに目を合わせているのが難しくなってしまった。
だって、その熱を帯びた瞳を私は知っているから。
「マリアンヌの手を離せ」
フェリクス様の苛立ちを含んだ、怒りを露にする鋭い声。
シュナイゼルはさも面白いといった顔をして、まるで挑発するようにフェリクス様を見ている。
そして――――
「「?!」」
あろうことか、フェリクス様が見ている前で、私の手首を噛んだのだ。
* * *
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