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本編
舞踏会当日③
しおりを挟む「な、何を……っ」
それまでは緊張した様子も見せず、背筋を伸ばし、王太子妃に相応しい振る舞いを心掛けていたマリアンヌだったが、シュナイゼルに手首を噛まれた事で、初めて動揺を露にした。
手の甲ならばただの挨拶だが、その場所が手首となると、全く意味が違ってくる。
手首へのキスは相手に対して強い好意を示すものだからだ。同時に、相手を欲するという欲望も表している。
「貴様っ!!」
フェリクスが怒りを露に声を荒げると、控えていた近衛騎士達が一斉にシュナイゼルへ刃を向けた。
けれど、シュナイゼルは向けられた刃物を見ても、動じるどころか、この状況を楽しんでいるように見える。
「随分と過保護にされているんだな。」
シュナイゼルは笑みを浮かべたまま、マリアンヌの手を解放した。
マリアンヌは直ぐ様右手を引っ込め、困惑した顔で「どうしてこんな事を……」と疑問を口にした。
「俺は欲しいと思ったものに対して正直なだけだ。……少しでも隙があれば、攫っていくさ」
「隙だと?ふざけるな。私のマリアンヌにこの様な事をしたからには、検討していた例の件は無かった事にさせてもらう……!」
「早計だな。俺の帝国は、今後更にでかくなるぞ。今の内に良い関係を築いておいた方が良いと思うが?」
「そうして貴様はいくつもの火種を抱える事になる。それが分からないのか?」
シュナイゼルが得たものは、戦争によって得たものだ。
中には当然、帝国を、シュナイゼルを恨んでいる国もあるだろう。
しかし、シュナイゼルはフェリクスの言葉を嘲笑うように笑みを深めた。
「いずれ勝手に鎮火するさ。民にとって必要なものは安心して暮らせる国。上に立つ者が変わったとしても、生活さえ安定していれば関係無い。国や王族に忠誠を誓う騎士とは違うからな。」
シュナイゼルは、ただ戦争が好きなだけの暴君ではない。
戦争によって得た国には帝国から優秀な人材を派遣し、自国の民としてきちんと安心して生活出来るようあらゆる面で手を尽くしている。その為、シュナイゼルを恨む多くの者達は、悪政を敷き、甘い汁を吸っていた王族や貴族達が殆んどなのだ。
しかし、シュナイゼルは“善人”ではない。
シュナイゼルが戦争を仕掛けたのは腐った国ばかりではなく、中には安定し善政を敷いて繁栄していた国もいくつかあるのだ。
それ故に、どれだけ皇帝として優れた手腕を発揮しようとも、シュナイゼルはやはり“名君”や“賢王”などと呼ばれる事は無いのだが。
「……今日のところは大人しく退散しよう。お姫様に嫌われたくないしな。ユーリ、来い」
「はっ!」
ユーリを呼ぶと、彼等のパートナーとして来ていた女性達もシュナイゼルの傍までやって来た。
依然として近衛騎士達はシュナイゼル達を警戒し、刃を向けていたけれど、ユーリが苛立ちを露に手を翳せば、騎士達の刃を弾くように防御魔法が展開される。
「いつまで我が主に刃を向けているつもりですか?今すぐ消し炭にしてやりましょうか」
「止せ、ユーリ」
「しかし……!」
「揉め事を起こしたのは俺だが、戦争を仕掛けに来たわけじゃないからな」
「……御意」
そうして、ユーリとシュナイゼルを中心に、足元から紫色の魔法陣が展開されて、会場内が騒然とする。
魔法が衰退してしまっているのは、どこの国も同じ事。魔力持ち自体が稀少なこの時代に、これ程の魔法陣を展開させるだなんて。
「これはただの転移魔法陣だから安心しろ。フェリクス。先程の答えは聞かなかった事にしてやる。もう一度よく考えてから返事をきかせてくれ」
「待て、シュナイゼル!」
フェリクスが止めようと声を上げるが、父である国王が厳しい顔付きのままフェリクスの腕を掴んで引き止めた。
深追いするなと左右に首を振る。
「またな、お姫様。次はお茶でも飲みながらゆっくり話そう。」
そうして、シュナイゼル達4人は煌めく魔法陣と共に消えてしまった。
マリアンヌは困惑したまま、噛まれた右手首をぎゅっと押さえて、シュナイゼル達が消えた場所を見つめている。
そんなマリアンヌの様子に、フェリクスは拳を握り締め、苦々しい顔をして唇を噛み締めた。
強大な帝国の皇帝であるシュナイゼルから、あれ程までにストレートな好意を示されたのだ。
フェリクスの胸の内は、どうしようもない程にざわめいて、様々な感情がとぐろを巻く。
(マリアンヌ……)
……………………
…………
その後。
舞踏会は中断し、王太子妃のお披露目会ではなく、今後帝国に対してどう対応していくかの各国首脳会議が開かれる事となった。
帝国が失われた魔法を熱心に研究し、様々な武器を開発しているのは知っていたが、まさか転移魔法まで蘇らせていたとはマルティスの国王を始めとし、会場中の誰もが知らなかったからだ。
ユーリ程の魔法師が帝国にはどれだけ居るのか。
転移魔法は使い方次第で恐ろしい魔法となる。もしも、おおよその位置を把握するだけで目的の場所まで転移出来てしまうのなら、邪魔な相手の寝首をかく事さえ造作もない。
恐ろしい悪魔のような武器に、失われた転移魔法の復活。
事は急を要した。
会議は数日間続き、舞踏会に参加していた国々は新たなる同盟を結んだ。
いざという時に、帝国と渡り合う為に。
そうして、帝国に対しては今暫く様子見。
それから、失われた魔法への更なる研究を各国で進めていき、その内容を共有する事が決定したのだった。
* * *
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