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本編

アルベールの企みと、マリアンヌの隠し事

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慌ただしく日々が過ぎ、マリアンヌの弟であるアルベールは王太子宮での滞在期間を終えてヴィラント侯爵領へ帰る日がやって来た。

いつでも会える、とまではいかないが、これからは姉弟気兼ねなく手紙を送りあったり、機会があれば互いに招待しあって会う事も可能となる。
アルベールは立派なヴィラント侯爵家の当主となって、いずれはフェリクスやマリアンヌを支えられるような人間になりたいと笑顔で話してくれた。

使用人達が馬車に荷物を積み込み、護衛騎士達が少し距離を取りつつ待機しながらの見送りで、アルベールはフェリクスにだけ伝えたい事があると言って、マリアンヌから離れた位置にフェリクスを連れていった。フェリクスは訳が分からずに「どうしたんだ?」と疑問を口にすると、アルベールはコソッと小さな声でマリアンヌを気にしつつ話し始める。

「暫くの間、姉上を独占してしまってすみませんでした。でも、これで安心して領地に戻り、勉学に専念出来ます。どうか姉上を宜しくお願いします」
「!」

その瞬間、フェリクスは全てを理解した。

数週間に渡り、マリアンヌが空いた時間の全てをアルベールと過ごしていた理由。
フェリクスは当初、こう思っていた。
二人は本来であれば仲の良い姉弟であったにも関わらず、あの潔癖で冷たい両親のせいで共に過ごす事が出来なかった。それ故に、やっと互いの心情を分かり合えた今、離れていた時間を取り戻すべく、一緒に居るのだと。

考え自体は間違ってはいない。
二人が一緒に過ごす時間を欲したのは事実だろう。
しかし、実際の理由はそれだけではなかったのだ。

数週間に渡ってマリアンヌの空いている時間を独占・・したのはアルベールの企みによるものだったのだ。
フェリクスを試す為に。

両親のように無理矢理自分と姉を引き離したりしないか、自分や姉に対してどんな態度を取り、どう接してくるのか。
二人は新婚で、姉に対するフェリクスの溺愛っぷりは周囲から聞いていたが、アルベールは自分の目でしっかりと確かめて、見極めたかった。

姉が本当に大切にされていて、今が本当に幸せなのかを。

アルベールは屈託のない笑みを浮かべているけれど、その瞳には様々な想いが秘められていた。
姉を慕う弟として、いずれ国の一端を担う侯爵として。
しかも、一歩間違えれば王族に対する不敬罪となり得た行動を取っておきながら、フェリクスがそれを許容出来るだけの度量を持ち合わせた人物であると想定した上での行動だったのだ。

僅か12歳で、これ程までに聡明だとは思っていなかった。
フェリクスは疲れたように額に手を当てながら、小さく嘆息する。

「……それで結果は?小侯爵」
「勿論合格です!」
「何よりだ。しかし、それにしては長過ぎないか?私とマリアンヌは新婚だぞ?」
「だからこそ、ですよ。それに、僕と姉上が離れていた年月を考えれば、数週間なんてあっという間でしょう?」

アルベールの主張は尤もだ。
しかも、今回の事でフェリクス自身、かなり己の自制心が危ういのだと自覚し、もっと忍耐力をつけねばと思った事も事実。

「……マリアンヌは、アルベールの企みに気付いていたのか?」
「気付いてないと思います。姉上にも少し悪い事をしてしまいました……」
「どういうことだ?」
「…………」

マリアンヌはヴィラント侯爵家で、ずっと独りだった。そのせいか、寂しさに慣れ過ぎてしまっている。
それに、フェリクスが多忙な事は一番よく分かっている。

我儘を言ってはいけない。
フェリクスの邪魔をしてはいけない。
少しでも空いた時間があるのなら、身体を休めて欲しい。

「……姉上は、思っていたよりも随分とあちこちに手を伸ばして執務に時間を費やしていました。それに、それらの仕事や王太子妃としての仕事以外にも、遅くまで勉強しているみたいで。……どうしてか分かりますか?」
「……っ」

フェリクスが息を呑むと、アルベールは少年らしい無垢な笑顔をにぱっと浮かべて、「お世話になりました!」と言いながら馬車の方へ走って行った。
無邪気にぶんぶんと手を振る様はとても貴族の令息には見えないけれど、その場に咎める者は居らず、皆がとても和やかに目元を綻ばせてアルベールを見送った。

……………………
…………

アルベールから色々と話を聞いてしまったフェリクスは、チラチラとマリアンヌを横目で見つつ、どう話を切り出したらよいか思案する。

(そういえば、最近少しずつだが処理する書類が僅かに減っていた気がする。ジェルドが妙にマリアンヌをベタ褒めしていたが……)

フェリクスの視線に気付いて、マリアンヌが「どうかしましたか?」と首を傾げる。
化粧で誤魔化しているようだが、よくよく見てみれば薄っすらと目の下に隈があるのが分かった。

フェリクスの胸が、馬鹿みたいに煩く脈打った。

マリアンヌの頬にそっと触れると、割りと近い位置に居た護衛や使用人達がそそくさと離れていく。
実に出来た使用人達である。

「マリアンヌ。……この後…………は、会議があるから、その後にでも良ければ一緒にお茶でもどうだろうか?」
「え?」

マリアンヌの表情がぱあっと明るくなる。
けれど、それは一瞬の事で、マリアンヌはすぐに遠慮がちな笑みを浮かべて、パタパタと両手を振った。

「都合が悪かったか?」
「いえ。ですが、昨日も遅くまでお仕事をなさっていたでしょう?お疲れでしょうから、少し仮眠でも取った方が宜しいのでは……」
「マリアンヌ」
「……っ」

フェリクスにグッと腰を抱かれて引き寄せられ、マリアンヌの顔がみるみる朱に染まっていく。

「ふぇ、ふぇりくすさま……?」
「どうやら私の妻は夫に隠し事をしているらしい」
「わ、私は隠し事など……」
「休息が必要なのは君もだろう?」

フェリクスがマリアンヌの目の下を優しく親指で撫でると、マリアンヌはギクリとした顔をした。

「お茶をしよう、マリアンヌ。その時に教えて欲しい。君の、隠し事を」
「~~~~っ」

酷く甘い空気が漂う中、ゴホンと咳払いしながら近付いてくる勇者が居た。
フェリクスの護衛であり近衛騎士であるジェルドだ。

「殿下、お話し中に申し訳ありません。もうじき会議が始まってしまいます。お急ぎを。」

フェリクスは思いっきり苦虫を噛み潰したような顔をした。

「………………分かってる。だから会議の、会議の後で!マリアンヌ、すぐに終わらせてくる!だから、時間を空けておいて欲しい……!」
「し、承知いたしました」
「ジェルド、走れ!!」
「殿下?!王宮内を走るなど……!お待ち下さい、殿下っ!」

バタバタと慌てて走っていくフェリクスの後ろ姿を見送っていると、マリアンヌも声を掛けられた。
王太子妃専属の近衛騎士である、ルードに。

「マリアンヌ様」
「ルード卿?」
「全部話しちまった方がいいですよ。フェリクス様の会議が終わるまでに、こっちも急ぎの仕事を片付けてしまいましょう。俺は手伝えませんし」
「…………」

執務が苦手で手伝うつもりのないルードは実に良い笑顔だ。

「さぁ、執務室に行きましょう」
「…………ええ……」

マリアンヌは両手で顔を覆いながら、ルードに背中を押されるがままに足を動かして自身の執務室へと歩を進めた。


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