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本編

二人のティータイム①

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会議を終えた後、フェリクスは急いでマリアンヌの元へ向かい、サロンにて二人だけのお茶会を始めた。
最初はテーブルを挟み、向かい合う形で各々別のソファに座っていた二人だったが、マリアンヌの隠し事を問い詰めていく内に、二人の間にあった物理的距離は無くなっていた。
今はフェリクスがマリアンヌを自分の膝の上に乗せて、まるで座りながらお姫様抱っこをしているかのような体勢になっており、マリアンヌは恥ずかしさから顔を真っ赤にして小さくふるふるとその身を震わせていた。

「お、降ろして下さい、フェリクス様……!」
「駄目だよ。まだ隠し事を全部話してくれていないだろう?」
「話しました!私は王太子妃として必要な執務を……」
「陛下から許可を得て、私の仕事をこっそり手伝ってくれていたのだろう?」
「ち、違います。フェリクス様の仕事の中に、いくつか私の仕事が混ざってしまっていただけで……」

マリアンヌは頑なに違うと言い張る。本当の理由を口にするのを躊躇っているようだ。

フェリクスはそんなマリアンヌをじっと見つめて、ほんの少し悲しそうに眉尻を下げた。

「すまない、マリアンヌ。私が頼りないばかりに、無理をさせてしまって……」

フェリクスが申し訳なさそうにそう言った瞬間、それまで顔を赤くしていたマリアンヌの顔色が真っ青になった。
今の体勢でいる恥ずかしさなど一気に忘れてしまうくらい、マリアンヌはぶんぶんと頭を左右に振ってフェリクスの言葉を否定した。

「フェリクス様が頼りないだなんて、そんな事は有り得ません!」
「しかし、現にそうであるから手伝ってくれていたのだろう?しかも、私を気遣ってこっそりと。自分が情けないよ」
「違います!全部、私が私自身の為にやった事なんです!」

マリアンヌの口調が勢いを増してくると、フェリクスはその澄んだ青い瞳を僅かに細めた。
こうなってしまえば、マリアンヌは本当の理由を話さざるお得ないだろう。フェリクスはその悲しげな表情とは一転、心の中では何とか上手くいったと安堵する。
相手がフェリクスでなければ、マリアンヌも冷静に相手が自分の真意を聞き出す為に誘導しているのだと気付けたかもしれない。

相手がフェリクスだった時点で、マリアンヌは負けていた。
フェリクスにとっては、その事実が最高に嬉しくもある。

「自分の為?マリアンヌ、そこまで私に気遣わずとも――――」

更に畳み掛けたフェリクスに、マリアンヌはいよいよ観念して、本当の気持ちを白状した。

「……本当に違うんです。本当に、全部私自身の為にやったんです」
「どういう事だい?」

優しく問い掛けるフェリクスに、マリアンヌが今にも泣きそうな顔をして、声を震わせた。

「……フェリクス様の仕事が減れば、もっと一緒にいられると……」

マリアンヌが白状した理由に、フェリクスは驚いて瞠目した。
頼りない、情けない、そんな気持ちで手伝ってくれた訳ではないだろうと、最初から分かってはいたが。

(私と一緒に居たいから……?)

フェリクスは、優しいマリアンヌの事だから、恐らくは自分の身体を気遣っての行動だと思っていた。
そして、確かにそれも含まれているのだろう。仕事が減れば、必然的に身体を休める時間も増えるのだから。

しかし。

「フェリクス様がお忙しいのは分かっております。お時間がないのに、私の顔を見に来てくれている事も。ですが……」

マリアンヌが俯き、ぎゅっと胸の前で自身の手を握り締める。

「うん。……大丈夫だよ。話して、マリアンヌ」

フェリクスの安心させるような柔らかい声音と、逞しい腕にそっと引き寄せられて、マリアンヌは小さく息を吐きながら、フェリクスの首元に顔を埋めた。

「寂しくて。……我儘だと分かっているのに、抑えられなくて。」

朝、目が覚めると隣には誰も居ない。
食事の時間さえ、なかなか一緒に取れなくて。
忙しいのだと分かっているのに、耐えられなかった。

「自分勝手な女でごめんなさい……」

今までマリアンヌは、どれだけ寂しくてもそれを口にした事は無かったのだろう。
勿論、その気持ちを誰かに話し、頼る事も。

フェリクスはマリアンヌを抱き締めながら、涙の零れそうな目尻にキスを落とした。

「……マリアンヌ。一緒に居たいと思う気持ちは、我儘なんかじゃない。」
「え?」
「それに、私も寂しかった。君の弟のアルベールにまで嫉妬したんだ」
「アルベールに?」
「笑えるだろう?」
「い、いいえ!いいえ!そんなこと……!」

フェリクスの蕩けるような笑みに、マリアンヌの心臓がドキドキと早鐘のように脈を打った。

「マリアンヌも同じ様に寂しく思ってくれていて嬉しいよ。全然自分勝手なんかじゃない。むしろ、私の事をよく分かっている。それに君は根本を解決しようとしたのだろう?」

マリアンヌに寂しいと言われたら、フェリクスはどれだけ仕事が溜まっていてもマリアンヌを優先しただろう。後でもっと苦労すると分かっていても。

キョトンとしたマリアンヌの様子を見るに、その事を分かっていたのかは定かではないが、マリアンヌは陰ながらフェリクスの仕事を手伝い、負担を減らす事で、フェリクスとの時間を作ろうとしたのだ。

結果としてマリアンヌ自身にも疲れが溜まり、必死に起きていようとしても、アルベールからの蜂蜜入りホットミルクでトドメをさされた訳だが。
フェリクスが何とか時間を作ってマリアンヌの元へ訪れれば、そこには当然のようにアルベールも一緒に居た。家族の前で夫であるフェリクスと堂々とイチャイチャするような事はマリアンヌには難しい。しかし、傍に居ればどうしたって甘い雰囲気になってしまう。よって、必然的にマリアンヌはアルベールを構うしかなかったのだ。
それに、心通わせた弟との時間が何にも代え難い時間であった事も事実。領地に帰ってしまえば、すぐに会う事は難しくなってしまうのだから。

姉弟として一緒に居られた時間は殆んど無かったにも関わらず、アルベールはマリアンヌの性格をよく分かっていたようだ。
しかも、当のマリアンヌはアルベールの企みには全く気付いておらず、当初は自分の寂しささえ自覚していなかった。フェリクスの邪魔をしてはいけない、少しでもゆっくりして欲しいという気持ちも相まって、あえてフェリクスの周囲で騒がないよう、アルベールが居る時は距離を取ったりさえしていたのだ。

もしかしたら、アルベールの無邪気さは、実は計算なのかもしれないと、フェリクスは心の内だけで苦笑した。


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