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本編
誘惑の呪い*ニールside*
しおりを挟む夏期休暇が明けて、新学期初日の放課後。
私の居る研究室にマクシミリアンがやって来た。
アリスお嬢様は一緒ではないらしい。
私の魔導具であるモノクルでマクシミリアンを視てみると、彼の魔力量や属性の他に、僅かな淀みが映る。何度視ても変わらぬ淀みに、私は小さく舌打ちをした。
「失礼致します、コドウェル先生」
マクシミリアンを一瞥し、私は用意していた魔導具を懐から取り出した。状態異常無効の魔法効果が付与されている指輪だ。それをマクシミリアンに放って、冷たい視線で指に嵌めるよう促す。
「これは……」
マクシミリアンもすぐに何か分かったのだろう。指輪を左手人差し指に嵌めて、顔を上げた。
「コドウェル先生、俺はやはり……」
「ええ、呪いにかかっていました。自制心を弱めてしまう、誘惑の呪いですね。それと……」
僅かに感じる、誘惑の呪いとは別の、もうひとつの呪い。恐らくアリスお嬢様の魅了の魔法。
以前、アリスお嬢様はこの呪いについて、解決したと仰っていた。実際、夏期休暇前までは問題なかった筈だ。けれど…………
「自制心を弱めてしまう、誘惑の呪い?……だから、俺はあんなに……」
「夏期休暇中、誰かに会いましたか?誰か、怪しい方に」
「怪しい…………」
マクシミリアンが一瞬、ハッとしたように目を見開いて、右手を口元に当てた。誰か心当たりがあるようだ。しかし、それよりも私は苛立ちを感じていた。こんなに簡単に呪いをかけられるなんて。
「一人、思い当たる人が居ます。デラクール伯爵令嬢なのですが」
「やはり彼女ですか」
「!……コドウェル先生、やはりとは一体どういう事ですか?」
「言葉通りの意味ですよ。それよりも、私は正直がっかりしているのです」
「がっかり?」
アリスお嬢様は幼い頃から、稀な光属性で膨大な魔力量を保持していた。生まれが平民であっても、とても無視出来るレベルではなかった。近い将来、確実に聖女として認知されると、私には分かっていました。アリスお嬢様が魔法を学び、使い続ける限り。
そうなれば、今まで此方に無関心だった聖教会が出張ってくる。アリスお嬢様を聖女として閉じ込めてしまう。だが、既に誰かと婚約していれば、表立って閉じ込める事など出来ない。アリスお嬢様には、早々に誰かと婚約してもらっていた方が都合が良かった。
だから私は手を貸したのです。
「一時的な婚約者だとしても、こんなにあっさりと呪いをかけられてしまうなんて。これならば、まだフィリップ殿下の方がマシだったかもしれない」
「……一時的な婚約者?何を言っているんです?」
「アリスお嬢様が可愛らしく恋をしていたので、貴方にしたのに。とんだ誤算でした」
「コドウェル先生?」
「私は誰でも良かったのです。アリスお嬢様がある程度好意を抱いてる者ならば、誰でもね。……そしてアリスお嬢様が本当に幸せならば…………」
本当に幸せなら、それでも良いと思った。
このまま、アリスお嬢様が笑っていて下さるなら。
……だが、今のままでは駄目だ。
とても認められない。
「マクシミリアン・ラジアーネ。アリスお嬢様が本当に欲しいのなら、私に認められるくらい強くなって下さい。でなければ、学園を卒業後、私がアリスお嬢様を攫っていきますよ」
「?!」
「とりあえず、その指輪は貸しにしておきます。誘惑の呪いに負けて、アリスお嬢様の初めてを無理矢理奪ったりしたら、私が貴方を殺しますから、そのつもりでいて下さいね」
「……っ」
勿論、呪いをかけた奴もこのままにはしておかない。
あの子が探している『アレ』は、私が先に手に入れる。そして、得たいの知れないあの子の企みを阻止出来たなら、またアリスお嬢様にご褒美をいただきましょう。
* * *
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