地上最弱、深層最強――体質改善ノービスの成り上がり譚

塩塚 和人

文字の大きさ
2 / 10

第二話 地下への一歩

しおりを挟む

 翌朝、ジャンは筋肉痛に悩まされながら目を覚ました。
 腕も脚も重く、布団から起き上がるだけで声が漏れる。

「……情けないな」

 小さく呟き、宿の天井を見上げた。
 昨日は村を出て、冒険者になって、初めての依頼を終えた。
 たったそれだけで、体は限界だった。

 それでも、やめるつもりはない。
 弱いなら、慣れるまで続けるだけだ。

     ◆

 ボミタス冒険者ギルドは、朝から活気に満ちていた。
 掲示板の前には人だかりができ、依頼書が次々と剥がされていく。

「おはようございます、ジャンさん」

 ポーリンが声をかけてきた。

「おはようございます」

 昨日より少しだけ、落ち着いて返事ができた。

「今日は、こちらなどいかがでしょう?」

 差し出された依頼書を覗き込む。

「ダンジョン入口の安全確認……?」

「ええ。入り口付近だけですし、魔物も弱いものばかりですよ」

 ダンジョン。
 その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。

 危険な場所、という印象はある。
 だが同時に、冒険者らしい仕事でもある。

「……やってみます」

 ジャンは頷いた。

     ◆

 ダンジョンは、街の外れにあった。
 岩山の中腹にぽっかりと開いた、黒い口。

「ここが……」

 一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 ひんやりと冷たく、
 どこか重みを感じる。

 ――息が、楽だ。

 ジャンは思わず立ち止まった。
 さっきまでの疲労が、嘘のように引いている。

「気のせい……?」

 そう思いながら歩き出すと、足取りが軽い。
 視界も、妙にはっきりしている。

 松明の明かりの届く範囲で、魔物が現れた。
 小柄な、スライムに似た魔物だ。

 短剣を握る手に、震えはない。

「……行ける」

 一歩踏み込み、斬る。
 手応えは確かだった。

 魔物はあっさりと消え去る。

「……あれ?」

 思っていたより、簡単だった。

 次の魔物、さらにその次も。
 ジャンは息を切らすことなく、進んでいく。

 身体が、言うことを聞く。
 まるで、別人のように。

     ◆

 依頼は、問題なく終わった。
 入口周辺の魔物はすべて排除され、危険は見当たらない。

「……調子、良かったな」

 ダンジョンを出ると、夕方の光が眩しかった。

 だが数歩歩いたところで、異変が起きる。

「……?」

 脚が、重い。
 さっきまでの軽さが、急に消えた。

 息が詰まり、肩で呼吸する。

「なんだ……これ」

 ギルドに戻る頃には、昨日と同じ状態だった。

     ◆

「お帰りなさい。……あら?」

 ポーリンは報告書を受け取り、目を丸くした。

「問題なし、魔物殲滅……一人で、ですか?」

「はい。入口付近だけですけど」

「……おかしいですね」

 彼女は首を傾げた。

「昨日の様子だと、少し厳しいと思っていたんですが」

 ジャンも困ったように笑う。

「僕も、そう思ってました」

 そのやり取りを、背後から聞いていた男がいた。

 隻眼で、強面。
 ギルドマスター、ガドルだ。

「ジャン」

「は、はい!」

「明日も、同じ依頼を受けろ。条件は同じだ」

 有無を言わせない口調だった。

「……何か、ある」

 ジャンは直感した。
 自分の身に、何かが起きている。

 だが、それが何なのか。
 まだ、わからない。

 地下の奥で眠る力が、
 静かに目を覚まし始めていることを――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...