レベルゼロ適合者(アダプター)

塩塚 和人

文字の大きさ
3 / 10

第3話 初スキル

しおりを挟む

深度ゼロの通路は、昨日よりも静かだった。
静かすぎて、耳の奥がざわつく。

ユウトは歩調を落とし、呼吸を整えた。
足音がやけに大きく聞こえる。だが、身体は軽い。昨日の打撲は残っているはずなのに、動きに引っかかりがない。

(……気配が、違う)

視界の端で、空気が歪んだ気がした。
何も見えない。だが、確かに“ある”。

ユウトは立ち止まり、床にしゃがみ込んだ。
瓦礫の隙間。通路の影。天井の継ぎ目。
視線を走らせるうち、胸の奥がきゅっと締まる。

(来る。右)

考えた瞬間、床が弾けた。
昨日の黒い獣より小さい。だが、動きは速い。

ユウトは後ろに跳ぶ――はずだった。
だが、足が一瞬、遅れた。

噛みつかれる。
腕に走る鋭い痛み。

「っ……!」

反射的に振り払う。
獣は壁に叩きつけられ、再び跳ねた。

視界が、また遅くなる。
音が引き延ばされ、動きの“隙間”が見える。

(昨日より……はっきりしてる)

違う。
昨日は、偶然だった。
今は――分かる。

ユウトは一歩、前に出た。
獣の軌道に合わせ、肩を入れる。

衝撃。
転倒。
床を滑る感覚。

痛みが、遅れて押し寄せる。
腕から血が滲み、息が荒くなる。

(……まだ)

胸の奥が、熱を帯びた。
怖さが薄れ、代わりに集中が鋭くなる。

獣が、もう一度跳ぶ。
今度は真正面。

ユウトは、床に落ちていた短いパイプを掴んだ。
振りかぶる余裕はない。
ただ、突き出す。

鈍い音。
獣の動きが止まる。

数秒。
完全な静止。

ユウトはその場に座り込み、荒い呼吸を繰り返した。
腕が痛い。足も痛い。全身が悲鳴を上げている。

それなのに――

(……動ける)

立ち上がろうとすると、測定器が震えた。
昨日より、はっきりと。

 【スキル更新を確認】 

文字が、空中に浮かぶ。

 《深層感知》 

説明文が、短く表示される。

 危険を、違和感として感知する。
深度が高いほど、精度が上がる。 

「……ああ」

理解した。
昨日から感じていた、この“嫌な予感”の正体。

視覚でも聴覚でもない。
身体の奥が先に反応する感覚。

(俺が、察してたんじゃない)

(ここが、教えてたんだ)

腕の傷が、じんじんと熱を持つ。
同時に、頭が冴えていく。

ふらつきながら通路を進むと、遠くで足音がした。
作業員のチームだ。

「灰崎! また単独行動か!」

叱責の声。
だが、昨日ほど怖くない。

「……すみません。でも、問題ありません」

男はユウトの腕の血を見て、顔をしかめた。

「それで問題ないって言うか?」

「はい。……戻れます」

自分でも、不思議なほど確信があった。

地上へのエレベーター。
上昇するにつれ、胸の熱が引いていく。

(下にいる時だけ、だな)

医療ブースでの処置は、またしても軽傷扱いだった。
回復が早い、と同じ言葉を繰り返される。

帰り道。
夕焼けの街が、やけに遠く見えた。

(俺は……変わってきてる)

怖さが消えたわけじゃない。
むしろ、はっきりした。

それでも、あの場所では――
身体が、世界に追いつく。

アパートの部屋で、ユウトは天井を見上げた。
測定器は外しているのに、違和感だけが残る。

深度ゼロ。
まだ浅い。

それでも、確かに――
何かが、始まっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...