我儘女に転生したよ

B.Branch

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二人の勇者

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いにしえの昔、この世界は闇に沈んでいた。
大気は淀み薄暗く、その空気を吸うだけで死に近づいているようであった。人々は精気のない目で日々をおくり、体も心も死への道を辿っていた。弱き者は直ぐに息絶え、強き者も遠からずその命を失くした。
誰もが未来への希望などなく、死を恐れ、それ以上に生を恐れた。
そんな世界に一つ、いや、二つの光が灯った。
 
彼らそれぞれの詳しい出自は世に知られていないが、彼らの出会いの物語はつとに有名だ。
曰く、彼らの諍いによって、山が一つ消し飛んだという。
初対面の彼らの喧嘩の原因は定かではないが、血気盛んな若者だった彼らは自分自身の力への驕りもあったのだろう、どちらも引くに引けない状態になってしまった。
今まで自分の魔力や力に勝てる者は皆無で、彼らは無法者ではなかったが、誰も彼らの意に反する者はいなかった。
それが、お互いの目の前に立つ男がことごとく逆らうのだ。しかも、相手は自分を恐れる様子もなく、自分に匹敵する力を持っているように感じられた。
彼らはそんな相手に苛立ち、男の矜持もあり、我の張り合いとなってしまった。
 
彼らはお互いを理由なく傷付けようとするほど馬鹿ではなかったが、素直に相手の力を認められるほど大人でもなかった。
彼らは力比べをする事になり、強い魔物を探してはその力を誇示して倒していった。
彼らの得意なものは剣と魔法に分かれていたが、その力は拮抗し、勝敗はなかなかつかなかった。
その間、彼らは一緒に旅をする事になり、時には助け合いながらお互いを知っていった。
しかし、彼らの強情さは折り紙つきだったので、自分から和解を申し出る事は自ら負けを認めるようで出来なかった。
 
そして、前述のように、山が消し飛ぶに至った。
草一つ生えない険しい山の頂には毒々しい沼があり、そこには巨大な蛇とナマズの中間のような姿をした魔物がいた。
彼らはその魔物をどちらが仕留めるかで競ったが、言い争う事に夢中で些か思慮に欠けていた所為で魔物の罠にまんまと嵌ってしまった。

能力は魔物よりも彼らの方が上だったが、時に驕りが人を窮地に陥れ命を奪う事もある。
彼らはそんな教訓をこれまで誰かに聞かされても歯牙にも掛けなかったが、今まさに自身の油断によってその身を滅ぼそうとしているとあっては、自分には無縁な話だと笑い飛ばす事は出来なかった。
しかし、彼らは残念ながらそこで反省し謙虚になるような可愛らしい性格は持ち合わせてはいなかった。
今にも魔物に殺されそうになりながらも、彼らはお互いに向かってニヤリと口の端を歪めて笑った。
女性から見ればそんな彼らの虚勢は無駄で馬鹿な事としか思えないが、男である彼らはこれは男の矜持だと答えるだろう。

そして、強がって死ぬのが彼らの運命かと思われたその時、天が彼らの味方をした。
沼と渦巻く魔物の胴体によって四肢の自由を奪われ、魔物の吐く黒い霧によって魔法を封じ込められた絶対絶命の中、一雫の清涼な水が沼の中に落とされた。
その雫は彼らにほんの一秒程の自由をもたらした。
それは瞬きにも満たない時間であったが、彼らが反撃するには十分過ぎる時間だった。
彼らはその瞬間全ての持てる力を解き放った。
沼のあった山は魔物ごと一片の痕跡もなく消し飛び、山の裾野に広がっていた魔の森もまた消えた。

そして、何もない大地に彼らだけが残った。
彼らは肩で息をしながら、同時に「お前、凄いな」と呟いた。
命が助かった事に呆然としていた彼らだったが、消し飛んだ山と相手の顔を見ていると次第に笑いが込み上げてきて大笑いを始めた。
散々笑った後、剣士が「まあ、俺には適わないけどな」と言ってニヤリと笑うと、魔法使いはその言葉をフン!っと鼻で笑う事で答えた。

彼らは友となりそれからも一緒に旅をした。
二人は後に英雄と呼ばれ世界を救う事になった。
剣士は王となりモルゲンロートという国を開いた。
魔法使いは王となった剣士に乞われれば助言を惜しまなかったが、本人は隠遁を好み静かに暮らす事を選んだという。

「お母様、では、王家の祖は勇者様なのですね!」

「そうね、そう言われているわ」

お伽話と史実がごちゃ混ぜになったような言い伝えは数多くあり、二人の勇者の話はとても有名だ。

この世界に国は幾つかあるが、モルゲンロートは最古の国として知られ、その祖がこの世界を闇から救った勇者だという。
モルゲンロートの王都は世界の中心に造られたとされ、建国祭はその建国当初から行われていたそうだ。

「では、あのお話も本当ですか?」

「あのお話?」

寝物語にせがまれるままに勇者の話をしてしまったが、ヴィアベルが寝る気配は全くない。
それどころか、男の子の多くが好む英雄譚に夢中で、目が冴えてしまったようだ。

「はい!勇者様は龍を連れていたんでしょう?」

「ああ、そうね、有名ね」

勇者を語る話に、よく龍が味方として出てくる。
龍が本当にいたのかやどのようにして仲間になったのかは定かではないが、王家の紋章にも龍が使われている事を考えると実在したと考えてもいいのかも知れない。

ふと、小さい頃に小父様が話してくれた伝承の一文を思い出した。

『聖は魔と同じ形ないものだった。
剣士と魔法使いは聖に形を与え、聖は二人の傍らにある事を選んだ。聖は形を持った事でその力を増し、魔を祓う力となった』

形ないものが形を持つ?
勇者様が龍を連れていた事と何か関係があるのだろうか?
それに、、、なんだろう?何か最近同じような出来事があったような?
いや、気の所為か、、、気の所為だろう。多分。

「お母様?どうかされましたか?」

「いえ、何でもないわ。でも、少し眠くなってきたわ。もう寝ましょうね」

「はい、僕も何だか眠くなってきました、、、」

同じベッドで寝ているヴィアベルが、私の腕の中で丸くなる。

シーツを引き上げ二人の体を覆い目を閉じると、すぐにヴィアベルの寝息が聞こえてきて、私もゆっくりと眠りに落ていった。
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