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しおりを挟むだけど状況は突然変化する。
ゲイルの風邪も治ったある日、薬草を探すために森の中を歩いていると一羽の鳩が私の元に飛んできた。よく見ると足には手紙が括り付けてあり、それを開くと宛名は別れた彼だった。
その名前に、その彼の文字に、心臓がうるさいくらいに揺さぶられた。
「おい、ヴァレリア!言ってた薬草ってこれで合ってるか?」
少し離れたところで薬草を取っていたゲイルに突然話しかけられ、動揺のあまりその手紙を落としてしまう。よりによってゲイルの足元に紙は落ちていった。
「なんだ、これ…」
「あ…っ」
「”家のことが障害になっているなら俺と一緒にどこか遠くへ暮らそう。君となら全てを捨てる覚悟はできている。今夜18時…港で”」
そう、その内容は駆け落ちの提案だった。あんな一方的な別れを告げて彼がまだ私のことを想ってくれているなんて思わず、その内容に心が揺らいだ。ゲイルにどんな顔をすればいいか分からない。少しずつ歩み寄って目の前にきた彼に体を強張らせてしまう。
しかし、彼はただぽんと私の頭に優しく触れた。
「約束の時間、そろそろだろ…?俺の力全部吸い取れば間に合うだろう。行けよ」
「ゲ、イル…?」
恐る恐る顔を上げるとニカっと笑って私を見下ろす彼がいた。
「叔父さんにはうまく言っとく。だから気にすんな、…お前は本当に好きなやつと幸せになれ」
あまりにも優しい声色で言うものだから私は自然と涙をこぼしていた。
私という見張りが居なくなったらゲイルには”死”という選択肢しかないのに、それなのに私の幸せが大事だと言ってくれる彼に、私は胸を突き動かされた。そして私の心は決まった。
「ほら、もう…涙拭ってやるのも、俺の役目じゃないんだから」
私はその言葉に口を引き結んで涙を拭う彼の手に触れた。そこから彼の力を全て吸い取っていく。
「じゃあな…ヴァレリア。お前と過ごした時間は復讐に囚われて生きてきた中で…1番幸せだったよ」
そんな言葉を聞いて、能力の出力を全開にしてその場から立ち去った。
ヴァレリアが立ち去ってすぐのこと、俺は乾いた声で呟いた。
「あーあ、俺っていい男すぎるな」
ポケットからタバコを取り出して火をつける。そして森の中を見やった。
「俺を見張ってるのは分かってるよ。抵抗しないから出てこい」
俺の見張りはヴァレリアだけじゃない。叔父は念には念を入れて外出する際や屋敷の外にも見張りを配置しているのはわかっていた。ヴァレリアは気づいていなかったようだが。
俺の言葉に森の中からは数人が警戒を解かない状態でじりじりと俺と距離を詰めた。生憎俺は能力を全て失ってただの人間同然だ。それも残り1時間─能力が戻れば感情に左右されて能力を暴走させる恐れがある、それまでに始末された方がいいだろう。
ヴァレリアは俺の希望で光だった。ずっと空っぽだった何かを満たして、家族だと優しく迎え入れてくれた。そんな彼女と過ごした時間は幸せで、彼女と添い遂げられるなんて、淡い期待を抱いていたのだ。ついさっきまでは。
「でも、やっぱり心から愛した女には…幸せになってもらいてぇんだな…」
「なんの躊躇もなく、お前はその選択をするんだな」
見張りの一人には叔父もいて俺に歩み寄ると俺の胸ぐらを掴んだ。
「なぜ娘を止めなかった!これで我ら一族の跡継ぎは居なくなった。親子揃ってよくもまぁ狂わせてくれるものだ」
俺はただそれを黙って受け止めることしかできなかった。父から継がれる裏切り者の血、俺はどうしたってこの運命からは逃れられないのかもしれない。
「それともなんだ?お前が跡継ぎになるためにわざと娘を逃したのか?」
「まさか…冗談やめてくださいよ、叔父さん。俺はそんな賢い男じゃない…ただ、ヴァレリアのことしか考えられなかっただけです。自分が殺される覚悟で彼女を行かせました」
俺の言葉に叔父の目が見開いて俺を掴む腕の力も緩んでくる。そして大きく息を吐いた。
「私だって…娘には幸せになってもらいたい。ずっと苦労をかけて、困らせてばかりだった。」
「あなたは神官という立場から彼女を自由にできなかった。だから…罪人の俺が、勝手にやったんです。だから俺を断罪すればいい…俺が、全ての元凶で、彼女を勝手に逃したんですから。」
「私に嫌な役目ばかり押し付けるのも…親子だな」
それは叔父からの心からの皮肉だったが再会してから初めて叔父の人間臭さが見えた瞬間だった。そうして叔父の手から本来の俺より弱いとはいえ、人を殺すには十分な能力が発現する。俺の両手足を木で絡め取って鋭い刃のような枝が少しずつ近づいてきた。
「私は、お前と娘が幸せなら…お前達が添い遂げるのも本当に許すつもりだった。お前が娘を見つめる目は…心からの愛で溢れていたから」
「でもヴァレリアの心が俺に向いてなきゃ意味ない…裏切り者の俺にはこれがお似合いですよ」
「そう…だな」
叔父は弱々しい声で、でもその枝は勢いを持って振りかぶられた。もう終わりかと思った瞬間─その枝と俺の間に盾のように何重にも重なり合った木がそれを弾いた。
「ヴァ、レリア…?」
叔父の言葉に耳を疑った。しかし彼の視線の先を見ると確かにそこにいるのは彼女だった。
「な、んで…ヴァレリア…」
息を荒げながら腕を伸ばして能力を発現する彼女は確かに先程俺の元から去って、彼を選んだはずだ。自分の死から逃避するために幻覚でも見ているのだろうか。しかし俺の体を縛る能力が解除され彼女に抱きつかれ、その感触に触れるとそれは幻影ではないと訴えていた。
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