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5、奥様のお屋敷探索
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「奥様? トリーシャ様ですか?」
使用人の皆様がいなくなった後——
私は、不躾にも私室を出て屋敷の中を彷徨っていました。
父からは、『結婚後は部屋から出るな』と厳命されておりましたが、どうしてよいのか分からなくなったからです。
ハーキュリー伯爵家の邸宅は、ひどく寂しいものでした。
私がおりました私室や寝室には調度品や花が飾られていたのに、廊下へ出てみれば、何も置いていなくて・・・・・・修道院よりも慎ましやかです。
カーテンも古く、埃や黴の目立つものもあり・・・・・・人の手が入っていないことが容易に分かります。
昨日はベールを被っており、屋敷の中をよく見ていなかったのですが・・・・・・ハーキュリー伯爵家は、本当に困窮していたようです。
そんな廊下を歩いていると、向こうからやって来る人影を見つけました。
黒いスーツをきっちりと着た、お年を召した男性・・・・・・最初にハーキュリー伯爵家に参った際、この方だけは名乗ってくださったので分かります。
伯爵家に古くから仕える、家令のモーリスさんだそうです。
モーリスさんが自分と奥さんのエイダさんを紹介してくれた後、私はあの女性達に私室へ案内していただいたのです。
「奥様ですよね? 一体何が・・・・・・え、え?」
此方へと駆け寄って来たモーリスさんは、途中で足を止め、目を丸くしていました。
・・・・・・当然ですよね。
猫達を引き連れて、生肉を持ちながら歩く女がいるとは、彼も思ってなかったでしょう。
「あの娘たちが逃げて行ったので、何事かと思いまして・・・・・・え?」
私の顔と、生肉の皿と、足元の猫——三つを順番に注目しながら、モーリスさんは困惑している様子です。
「あの・・・・・・実は・・・・・・」
こうなってしまっては、隠したままではいられません。
私は恥を忍んで、経緯を説明することにいたしました。
「そうでしたか・・・・・・当家の者が、本当に申し訳ありません」
「私の方こそ、隠していて申し訳ありません」
厨房の隅、鶏肉を茹でている鍋の前で、私達は頭を下げ合っていました。
ここにいるのは、二人だけ・・・・・・エイダさんは買い物に行っている最中で、猫達は近くの部屋で待っていてもらっています。
調理台には、野菜を煮込んだスープと小さいパンが置かれていました。
本来なら、これを私に持って来てくださる予定だったそうです。
「あの三人は、奥様の輿入れにあたって残しておいた者達なのですが・・・・・・まさか、そんなことをしでかすなんて・・・・・・」
モーリスさんは、地面に頭を擦り付けんばかりに謝ってくださって・・・・・・そこまでしていただかなくても・・・・・・。
「いえ、私のような不束者が女主人だなんて、おこがましいですものね・・・・・・」
陰気で、醜くて、気の利いたことの一つも言えない引き籠り——
使用人の皆様に嫌われてしまうのも分かります。
「いいえ、とんでもございません!」
私の言葉にモーリスさんは目を見開いています。
ちょっと血走っていて、怖いです。
「奥様の持参金で、ハーキュリー伯爵家は持ち堪えたのです! あの使用人達も、奥様の侍女という役割があったので、待遇を変えずに雇用し続けていたというのに・・・・・・」
額の汗を拭きながら、モーリスさんは周囲を見渡します。
「奥様もご覧になられた通り、当家は、こんな状態で・・・・・・」
『こんな状態』・・・・・・つまり、ちょっと、屋敷が荒れて・・・・・・いえ、少し寂しいということでしょうか?
私達が今いる厨房も、清潔に保たれていますが、食器や調理器具は殆ど置かれていません。
「壊滅し、多くの命が失われたハーキュリー伯爵領の復旧や支援・・・・・・そのために、持参金の殆どを使ってしまい・・・・・・屋敷に手を入れる余裕が無かったのです」
私の私室や寝室は、壁紙も新しく張り替えられていましたが、廊下や厨房を見る限り、他の場所は古いままみたいです。
「勿論、坊ちゃま・・・・・・いえ、旦那様は輿入れされる奥様が不自由なく生活できるよう、資金を確保しておられました・・・・・・侍女達にもそれなりの給金を払う契約でしたのに・・・・・・」
モーリスさんは、本当に悲しんでおられる様子でした。
私は、モーリスさんの話を聞いて——
「旦那様、素晴らしいですわ」
「え?」
威厳を保つために、王都の屋敷を立派に保つことを第一に考える貴族も多い中、領民のことを考える姿勢・・・・・・尊敬いたします。
「モーリスさん」
「はいっ」
改まって背筋を伸ばしたモーリスさん。
「私に侍女は不要ですから」
「え、しかし・・・・・・」
「私、身の回りのことは何だってできますし、何でしたら、掃除も料理も洗濯も修道院で身に着いております」
「え、しかし・・・・・・」
「私なんかにお金を使うなら、少しでも旦那様や領民の皆様に回してください」
なおも「しかし」「ですが」と言い募るモーリスさんを前に、私は天を仰いでいました。
(主よ、感謝いたします。これが、あなた様のお導きですのね・・・・・・)
ブライアン様の妻として、私が選ばれた理由は、伯爵家を守るために労働と清貧に努めるため——
私は天啓を受けた喜びに、私は内震えておりました
優しく素晴らしい旦那様のために、私、頑張ります!
使用人の皆様がいなくなった後——
私は、不躾にも私室を出て屋敷の中を彷徨っていました。
父からは、『結婚後は部屋から出るな』と厳命されておりましたが、どうしてよいのか分からなくなったからです。
ハーキュリー伯爵家の邸宅は、ひどく寂しいものでした。
私がおりました私室や寝室には調度品や花が飾られていたのに、廊下へ出てみれば、何も置いていなくて・・・・・・修道院よりも慎ましやかです。
カーテンも古く、埃や黴の目立つものもあり・・・・・・人の手が入っていないことが容易に分かります。
昨日はベールを被っており、屋敷の中をよく見ていなかったのですが・・・・・・ハーキュリー伯爵家は、本当に困窮していたようです。
そんな廊下を歩いていると、向こうからやって来る人影を見つけました。
黒いスーツをきっちりと着た、お年を召した男性・・・・・・最初にハーキュリー伯爵家に参った際、この方だけは名乗ってくださったので分かります。
伯爵家に古くから仕える、家令のモーリスさんだそうです。
モーリスさんが自分と奥さんのエイダさんを紹介してくれた後、私はあの女性達に私室へ案内していただいたのです。
「奥様ですよね? 一体何が・・・・・・え、え?」
此方へと駆け寄って来たモーリスさんは、途中で足を止め、目を丸くしていました。
・・・・・・当然ですよね。
猫達を引き連れて、生肉を持ちながら歩く女がいるとは、彼も思ってなかったでしょう。
「あの娘たちが逃げて行ったので、何事かと思いまして・・・・・・え?」
私の顔と、生肉の皿と、足元の猫——三つを順番に注目しながら、モーリスさんは困惑している様子です。
「あの・・・・・・実は・・・・・・」
こうなってしまっては、隠したままではいられません。
私は恥を忍んで、経緯を説明することにいたしました。
「そうでしたか・・・・・・当家の者が、本当に申し訳ありません」
「私の方こそ、隠していて申し訳ありません」
厨房の隅、鶏肉を茹でている鍋の前で、私達は頭を下げ合っていました。
ここにいるのは、二人だけ・・・・・・エイダさんは買い物に行っている最中で、猫達は近くの部屋で待っていてもらっています。
調理台には、野菜を煮込んだスープと小さいパンが置かれていました。
本来なら、これを私に持って来てくださる予定だったそうです。
「あの三人は、奥様の輿入れにあたって残しておいた者達なのですが・・・・・・まさか、そんなことをしでかすなんて・・・・・・」
モーリスさんは、地面に頭を擦り付けんばかりに謝ってくださって・・・・・・そこまでしていただかなくても・・・・・・。
「いえ、私のような不束者が女主人だなんて、おこがましいですものね・・・・・・」
陰気で、醜くて、気の利いたことの一つも言えない引き籠り——
使用人の皆様に嫌われてしまうのも分かります。
「いいえ、とんでもございません!」
私の言葉にモーリスさんは目を見開いています。
ちょっと血走っていて、怖いです。
「奥様の持参金で、ハーキュリー伯爵家は持ち堪えたのです! あの使用人達も、奥様の侍女という役割があったので、待遇を変えずに雇用し続けていたというのに・・・・・・」
額の汗を拭きながら、モーリスさんは周囲を見渡します。
「奥様もご覧になられた通り、当家は、こんな状態で・・・・・・」
『こんな状態』・・・・・・つまり、ちょっと、屋敷が荒れて・・・・・・いえ、少し寂しいということでしょうか?
私達が今いる厨房も、清潔に保たれていますが、食器や調理器具は殆ど置かれていません。
「壊滅し、多くの命が失われたハーキュリー伯爵領の復旧や支援・・・・・・そのために、持参金の殆どを使ってしまい・・・・・・屋敷に手を入れる余裕が無かったのです」
私の私室や寝室は、壁紙も新しく張り替えられていましたが、廊下や厨房を見る限り、他の場所は古いままみたいです。
「勿論、坊ちゃま・・・・・・いえ、旦那様は輿入れされる奥様が不自由なく生活できるよう、資金を確保しておられました・・・・・・侍女達にもそれなりの給金を払う契約でしたのに・・・・・・」
モーリスさんは、本当に悲しんでおられる様子でした。
私は、モーリスさんの話を聞いて——
「旦那様、素晴らしいですわ」
「え?」
威厳を保つために、王都の屋敷を立派に保つことを第一に考える貴族も多い中、領民のことを考える姿勢・・・・・・尊敬いたします。
「モーリスさん」
「はいっ」
改まって背筋を伸ばしたモーリスさん。
「私に侍女は不要ですから」
「え、しかし・・・・・・」
「私、身の回りのことは何だってできますし、何でしたら、掃除も料理も洗濯も修道院で身に着いております」
「え、しかし・・・・・・」
「私なんかにお金を使うなら、少しでも旦那様や領民の皆様に回してください」
なおも「しかし」「ですが」と言い募るモーリスさんを前に、私は天を仰いでいました。
(主よ、感謝いたします。これが、あなた様のお導きですのね・・・・・・)
ブライアン様の妻として、私が選ばれた理由は、伯爵家を守るために労働と清貧に努めるため——
私は天啓を受けた喜びに、私は内震えておりました
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