黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

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13、旦那様と幼馴染

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『お飾り妻』と『王宮の洗濯係』
 二つの仕事を繰り返して、数日――
 ようやく、体が慣れてきたように思います。

 今までは、人目が怖くて、隠れるように生きてきた私ですが、自分の役割を持てたという自信が付いたからでしょうか。
 誰かに話し掛けられても、俯いてですが、落ち着いて受け答えができるようになってきました。
 ・・・・・・自分から話し掛けるのは、まだ、怖いのですが。

 ハンナさんと共に、朝から洗い物をして、干して、取り込んで、配る――
 お飾り妻とは違う重労働ですが、ただ無心で物事に取り組める作業は、心が洗われます。

 ハンナさんは怒りっぽくて、王宮貴族や使用人達の愚痴を常に零しておられますが、労働の喜びを知る素晴らしい方です。
 そんな方との巡り合わせも、もしかすると、主のお導きなのかもしれませんね。


 充実した生活を過ごしていた私は、ふと、あることに気が付きました。
「私、旦那様にお会いしていないわ・・・・・・」

 旦那様のお姿を見られたら――と邪な気持ちで始めたはずなのに。
 気付けば、洗濯女中の仕事に夢中になっていて、旦那様を探す余裕もありませんでした。

 今の旦那様は、王族の近衛騎士に昇格したと聞いています。
 一介の女中では、中々お会いする機会も無いでしょうね。


「今日はこの辺で帰りな」
「はい、ありがとうございます」
 今日一日の仕事を終え、私はハンナさんに頭を下げて職場を去りました。

 宮殿から少し離れた所にある洗い場から、騎士様が詰めている門へ・・・・・・いつものように、石壁に沿って歩いていると――
「あら」
 そこには、いつか見た『ほうき星』・・・・・・私がハーキュリー伯爵家に嫁いできた際に付いて来た猫ですが、いつの間にか王宮にいて・・・・・・この子は、屋敷と王宮を行き来しているようです。
「あなたは元気ねぇ」
 私なんて、乗合馬車に座っているだけで足やお尻が痛いのに・・・・・・。

 私が『ほうき星』を抱き上げようとすると、猫はするりと逃げて、遠くへと走り去ってしまいます。
 宮殿の入り口と違う方向・・・・・・あちらは、騎士の宿泊所があったような・・・・・・。
「あら、騎士様に迷惑を掛けては駄目よ」
 私は思わず『ほうき星』を追いかけていました。


 私は、他の方々に氏素性を知られてはいけないのに――
 自らの迂闊さに気付いたのは、物音が聞こえた時でした。

 慌てて、近くの木の陰に隠れたので、誰にも姿は見られていないはずです。

 宿泊所の近く、少し開けた場所には、四人の騎士様が集まっていました。
 皆様が剥き身の剣を持っていますが、あれは、訓練用の物でしょうか?
 剣の打ち合う音が響いていて、どうやら、訓練に取り組んでいるようです。
 黒い隊服を着た方が一人と、青い隊服を着た方が三人いて・・・・・・どうやら、中心にいるのは、ブライアン様のようです。
 あの後ろ姿には見覚えがあります。
 旦那様・・・・・・剣を持つお姿も、勇ましくて素敵です。

 旦那様を囲む、青い隊服の皆様は、あらゆる方向から打ち込んでいますが、旦那様は巧みに受け流しておられます。
 皆様、楽しそうな笑みを浮かべておられて・・・・・・旦那様は、それだけ慕われているのでしょうね。

 剣の技術は旦那様が一番優れている――と素人の私にもわかるのですが。
 数には勝てぬようで、一人が旦那様の死角から切りかかろうとしています。
「旦那様っ!」
 あの方が心配で、思わず私は叫んでしまいました。

 青い隊服の一人――赤毛の騎士様の剣が旦那様に届く前に、一筋の白い光が降り注ぎました。
「わっ、な、なんだ!」
 赤毛の騎士様の頭には、白い猫・・・・・・『ほうき星』が飛び乗っていました。

「また猫か・・・・・・」
「なんだよこいつ! 乗って来るな!」
 呆けたように呟く旦那様と、『ほうき星』に慌てふためく赤毛の騎士様・・・・・・。

 その光景は、どこか、私の心に、ざらりとした、嫌な感触をもたらしました。


「お前達、何をやっている!」
 騒ぐ声を聞き付けたのか、宿舎の方から、違う騎士様が走ってきました。
 青い隊服と、腕章・・・・・・騎士を纏める立場にある方でしょうか?
 その方が来ると、先程までの四名は剣を下ろし、姿勢を正していました。

「死闘は禁止した筈だ、何度言ったら分かる!?」
「で、でも、これは訓練で・・・・・・」
「お前の詭弁は聞き飽きた。カーライル・クリムト、謹慎を命ずる」


「カーライル・・・・・・」
 騎士様達の遣り取りを聞きながら、私はその名前を繰り返していました。
 カーライル・・・・・・赤毛の男の子・・・・・・。


『おい、不細工』
『のろま』

 遠い記憶が呼び起こされます。
 痛くて、怖くて、辛かった子どもの頃の思い出――


「おい、君!」
 誰かが私のことを呼び止めたのでしょうか。
 もしかすると、旦那様の声だったかもしれません。

 でも、私は、そんなことを気にせず、その場から走り出していました。


 走って、走って、走って。
『あの子』がいない、遠くへ――

 周囲の方々の目も気にせず、庭園を通り抜け、正門を潜り。
 偶然見かけた辻馬車に飛び乗り、『貴族街の南まで』と告げた時、やっと私は息を吐きました。

 今まで呼吸をするのも忘れていた体は、空気を求めるように喉を鳴らします。
 胸の鼓動も、激しく、痛いぐらい。

「どうして・・・・・・」
 どうして、カーライルが宮殿にいたのでしょう・・・・・・。
 会いたくなかった人を目の当たりにして、私はひどく取り乱してしまいました。

 カーライル・ラッセル・・・・・・先程はクリムトと呼ばれていましたが、あの顔立ちと赤毛は、見間違いようがありません。
 ロドニー伯爵家の遠縁の男の子・・・・・・そして、私を嫌っていた幼馴染なのです。
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