黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

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23、腐敗

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「国の恥となるから、若い世代には伝えていないのだが――」
 お父様が苦笑交じりに語ったのは、現国王夫妻の過去でした。


 王族の男児として生まれた国王陛下と、公爵家の令嬢として生まれた王妃陛下。
 幼い頃から婚約を結び、未来の為政者としての教育を施されていました。
 ですが、国王陛下が若い頃に、別の女性と、その・・・・・・不貞に及んだそうで・・・・・・。
 お二人の関係は破談になりかけたのですが、王家に嫁ぐことの出来る女性が他にいなかったため、結婚に至ったそうです。
 それ以来、国王陛下は王妃陛下に頭が上がらない関係となったようで・・・・・・。

 若かりし頃の王妃陛下は、積極的に公務に取り組み、男児も二人産まれ、理想の国母と称えられていたそうです。
 ですが、王子殿下達がある程度成長すると、『自分の役目は終わった』と欲望のままに生きることを選ばれたとかで――


「・・・・・・それが、王宮騎士、なのですか?」
 お父様から聞いた話に圧倒されながらも、私は何とか口を開くことが出来ました。

「ああ。若く見目麗しい男を侍らすことしか考えていない・・・・・・気に入った男がいれば、身分を問わず自分の護衛として引き入れる・・・・・・国王陛下も、過去の負い目があるからか、迂闊に口出しできないらしい」
 情けないことだ、とお父様は溜め息を吐いておられます。

「まあ、そんなことになっていたなんて・・・・・・」
 社交から離れて暮らしていた私には、到底、理解の及ばない世界で・・・・・・。
 でも、王宮に勤めるハンナさんも愚痴を零しておられましたし、少しずつ綻びが出ていているのでしょうね。

「王妃陛下がブライアン殿に目を付けていることは有名だった・・・・・・あの女は、所かまわず若い男に色目を使うようになったからな・・・・・・落ちぶれたものだ・・・・・・」
 こっちは王家の威厳を保つために必死なのに・・・・・・と怨嗟も感じられる言葉が続きます。
 ああ、お父様・・・・・・王宮でも大層気を使われていたのですね・・・・・・。

「ハーキュリー伯爵領の困窮を知り、王妃は率先して支援しようとしただろう・・・・・・ブライアン殿に恩も売れるしな・・・・・・しかし、王家の資金を、一伯爵家だけに投入するなど流石に憚られる・・・・・・こればかりは、国王陛下も承認しかねたのだろう」

 それは、難しい問題ですものね。
 私個人としても、ブライアン様を支援してほしい気持ちはあるのですが、王家の資金は民の税も含まれています。
 ハーキュリー伯爵領以外にも水害に合われた地域はありますから、贔屓することは許されませんし。

「ブライアン殿には資金援助や縁談の申し込みが殺到していたが・・・・・・お気に入りが他の女と結婚することを、王妃は良しとしなかっただろう」
 今までのお話を聞く限りでは、ブライアン様の結婚を認めるような御方には思えませんが・・・・・・。

「だからこそ、私も申し込んだ」
「え?」
「病弱だと有名で、夫人としての役割も果たせなさそうな女・・・・・・王妃がブライアン殿に宛がうなら、そんな妻だろうと・・・・・・そんな結婚なら、お前が社交に悩まされずに、安心して暮らせると思ったんだが・・・・・・」
 お父様・・・・・・そこまで私のことを心配して・・・・・・。
 王妃陛下とお父様の思惑が一致してしまったので、私達の結婚は成立したのですね。

「ブライアン殿はお前に接触を図ることはないだろうし、書類上の結婚と分かっていれば王妃もお前に危害を加えることはないと踏んでいたのだが・・・・・・読み違えた・・・・・・」
 がっくりと項垂れるお父様。
 読み違えたとは、何をでしょうか?

「王妃の愚行や両陛下の関係・・・・・・それに、王宮内の混乱を、王子殿下達が収集しようと動いておられる・・・・・・我々も王子殿下に従う心算だ」
「まあ、それは・・・・・・」
 それは国の流れが変わる予感が・・・・・・このような場所で軽々しく話題にしていいことなのでしょうか?

「既に根回しは済んでいる。後は足並みを揃えるだけ・・・・・・だったんだが・・・・・・ハーブラー公爵家の令嬢が・・・・・・第一王子殿下の婚約者が先に動いた」
 ハーブラー公爵家・・・・・・確か、現在の王国内で、一番強い力を有する貴族家だったような・・・・・・そして、現王妃陛下の生家とは違う所ですね。

「あの王妃は、気に入った男なら見境なく取り巻きに引き入れてきた・・・・・・それこそ既婚者や婚約者のいる男でもだ・・・・・・令嬢への脅迫や嫌がらせまで仕出かしていたことが発覚してな・・・・・・公爵令嬢が他家を守る為に王妃を糾弾した」
 まあ、王妃陛下を・・・・・・でも、そのご令嬢は勇敢な方ですね。
 これまでの経緯を聞く限り、次代に王位を譲られた方がいいと感じてしまいます。

「表向きには病気療養ということにしているが、王妃は謹慎中だ・・・・・・護衛騎士達も、王子預かりとしている・・・・・・そんな状況で、お前を呼び寄せるなど、正気の沙汰とは思えん」
 今の王宮は、そこまで混乱しているのですね・・・・・・。
 そんな中で働く皆様・・・・・・ブライアン様やエイダさんは大丈夫なのでしょうか・・・・・・?

 私は、机に置かれていた手紙に手を伸ばしました。
 強い百合の香りと金箔をあしらった便箋・・・・・・これだけで、高貴な雰囲気を感じます。
 流麗な文字で書かれていたのは、『あなたの新婚生活について聞かせてほしい』という旨。
 これだけでは、王妃様の意図がはっきりと致しません。

「王子殿下からも、誘いを受けなくていいと許しをいただいているが・・・・・・あの女が、どのような暴挙にでるか分からん・・・・・・お前は今から姿を隠した方が良い。領地に逃げなさい」

 お父様は、この手紙を受け取ってから、私の安全を守る為に奔走してくださったのでしょう。
 エイダも、お父様に同意するかのように、何度も頷いてくれています。
 モーリスは・・・・・・何かを考えているかのように、深く目を閉じていて・・・・・・。

 いらぬ混乱を避けるため、そしてお父様に安心していただくために、私は王都から離れるのが最善なのでしょう。
 ・・・・・・ですが、この屋敷から、『お飾り妻』の立場から離れてはいけないという予感もあって・・・・・・。

「お父様・・・・・・ブライアン様の『契約』とは、なんですか?」
 王宮でブライアン様が話しておられた『契約』・・・・・・王宮から離れることができないと、ブライアン様を縛っているものは――

「いや・・・・・・護衛騎士の条件みたいなものではないのか?」
 お父様のお顔は、不意を突かれたように、呆気に取られていて・・・・・・本当に、何も御存じない様子でした。


「・・・・・・旦那様が、王妃陛下と交わされた密約のことでしょうか?」

 苦痛に耐え兼ねたかのような声を絞り出していたのは、ずっと沈黙していたモーリスでした。
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