黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

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24、これが神の試練なら

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「・・・・・・あんた、何を言っているんだい?」
 ブライアン様の『契約』に関して、エイダは初耳だったようで、隣で目を丸くしています。

「ほほう・・・・・・王妃と、密約・・・・・・詳しく聞かせてもらえるかな?」
 お父様は目を細めていて、静かな怒りを感じられます。


「あれは、ハーキュリー伯爵家の前当主様達が亡くなられた頃・・・・・・ただ一人生存していた坊ちゃまは、急遽、領地の復興に迫られました・・・・・・ありがたいことに、支援の申し出も多くいただきまして・・・・・・その時に、秘密裏に接触を図ってきたのが、王妃陛下でした」

 俯きがちに、過去の思い出を語るモーリス・・・・・・その顔からは、当時の怒りや悲しみを感じられました。

「王妃陛下は、ハーキュリー伯爵家の断絶や領地の解体を匂わせて・・・・・・領民を守りたければ、自分に従うように、と」
「馬鹿な、そんなことがあってたまるか!」
 信じられない話に、お父様も思わず声を荒げておられます。

「だからこそ、旦那様は、伯爵家当主を継いだ後も、王妃陛下の護衛騎士を辞めることが出来ないのです・・・・・・あの時の言葉に囚われたまま・・・・・・」

「ありえない・・・・・・あってはならない話だぞ・・・・・・今すぐ王家に進言しなければ・・・・・・」
「坊ちゃまを奴隷みたいに扱いやがって・・・・・・私が叩きのめしてやるよ」
 お父様とエイダは、顔を真っ赤に染めて、怒りのままに動き出しそうな形相をしていました。

「王妃陛下の執着は異常です・・・・・・そこまでのことを躊躇いなく出来る人なら、旦那様の妻であるトリーシャ様に、どのような危害を加えるか分かりません・・・・・・どうか、私からもお願いします、どこか安全な所へ――」
「モーリス、教えてくれてありがとう」

 神に懺悔するかの勢いで膝を突いたモーリスの手を、私はそっと握りました。
 ごつごつしているけれど、皺だらけの細い手・・・・・・この手で、ずっと、モーリスは領地を・・・・・・そして旦那様を支えてくれていたのですね。
 でも、もう、モーリスだけに苦難を押し付けたりはしません。

「私、王妃陛下にお会いします・・・・・・そして、旦那様を開放していただくようにお願いするつもりです」
「そんな――」
「そう来なくっちゃねぇ! 私も行くよ!」
 モーリスを黙らせたのは、エイダの声でした。
 その手には、フライパンが握られていて・・・・・・あの、暴力は駄目です。

「坊ちゃまに妾のような真似させてまで、私達も生き延びたいだなんて思ってないんだよ! ハーキュリー領を代表して抗議するよぉ!」
 いつも以上に若々しく、活気に満ちたエイダ・・・・・・また、腰を痛めないか心配です。

 私の周りでは、猫達も跳びはねていて・・・・・・みんなが付いてくれれば心強いです。

「では、今から王妃様の元へ・・・・・・」
「行くぞぉぉぉ!」
 エイダの雄叫びと、猫達の鳴き声・・・・・・気合は十分です。
 私達は気勢を上げて、いざ、王城へ――


「やめなさい」
 私達を制止したのは、落ち着いたお父様の声。
 有無を言わせない気迫に負けて、私達は席に戻るしかありませんでした。


「お前が王妃陛下に会うと言い出す可能性は予想していた・・・・・・アーシャも、妙に行動力を発揮する時があったからな・・・・・・」
 新しいお茶を飲みながら、此方を見つめるお父様・・・・・・その瞳は、亡きお母様を偲ぶ時の懐かしさに満ちています。

「王子殿下達には根回済みだ。お前と、ついでにブライアン殿を守る算段も立ててある」
 お父様、そこまで準備が・・・・・・そしてブライアン様が『ついで』って・・・・・・。

「ただ・・・・・・お前を囮にする形になるが・・・・・・」
「え、囮、ですか?」
「ああ・・・・・・王妃はお前との茶会で醜態を晒すだろう。暴力や暴言の類に及ぶかもしれん・・・・・・その現場を押さえて、王子殿下が王妃を処罰する」
 暴言や暴力・・・・・・一応は王族なのですから、そんな野蛮なことをなさるのでしょうか?

「今までの悪行に関しては、明確な証拠がないから謹慎程度しか科せなかった・・・・・・王子殿下達が確実に王妃を退位させるために、状況を作り上げる」
 そこまで話すと、お父様は、私の方をじっと見つめています。

「私は怖いんだ・・・・・・お前が、また傷付いてしまったら・・・・・・」
 お父様の顔は、今にも泣き出しそうで・・・・・・もしかして、カーライルとの件を思い出しているのでしょうね。

「大丈夫です、お父様」
 私は、お父様を安心させたくて微笑んでいました。
「私の受けた苦しみなど、ブライアン様の苦難と比べたら大したことありません。それに、こんな不細工な顔ですから、傷の一つや二つ大丈夫です」
「それは、あいつのせいで・・・・・・」
 お父様は何やら言いにくそうに口籠っておられます。

「それよりも、お父様・・・・・・ブライアン様はどうなさるのですか?」
 先程、ブライアン様の身も守ってくださると言っておりました。
 私としては、そちらの方が気になって仕方ありません。

「王妃とお前の茶会の間に、譲位の儀を執り行う」
 譲位・・・・・・とは、王位をですよね?
 議会や公布も無しに、そのような事を致して大丈夫なのでしょうか?

「国王陛下も了承済みだ。譲位の相談は以前からもあった・・・・・・だが、あの女が王妃の位から離れなかっただけだ」
 権力とは、そこまで人を狂わせるのですね・・・・・・なんと恐ろしい。

「譲位に伴い、護衛騎士も解任だ。ブライアン殿のような立場の者達も解放される・・・・・・君はブライアン殿が帰宅できるよう支度を手伝ってくれ」
「は、はい。畏まりました」
 お父様に視線を向けられたモーリスは、背筋を伸ばします。
「・・・・・・君は来ないで」
 手を振り上げかけたエイダを、お父様は先に制しました。
 万が一、王妃陛下より先にエイダが手を出したら、大問題ですものね。

「旦那様の為に、美味しいものを作って待っていてね」
 そう声を掛けると、エイダは鼻息荒く頷いてくれました。


「決行は三日後だ・・・・・・迎えを寄越す」
 お父様はそう言うと、屋敷を出て行かれました。

「さあ、忙しくなるねぇ」
「お前は忙しくしないでいい」
 モーリス達も足早に部屋を出て行きました。

 残った私は、猫達に囲まれています。
 私はずっと、猫達がいてくれたから、寂しくなかったけれど・・・・・・ブライアン様は、ずっと、一人で、領地の為に頑張っておられたのです。
 あの方が、もう、一人で苦しむことの無いように、私も勤めを果たさなければなりません。

「お母様・・・・・・私、頑張りますから・・・・・・どうか見守っていてくださいね」

 薄雲が広がる空を見上げ、私は祈りを捧げました。
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