黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

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25、お飾りの矜持

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「まさか、本当に来てくれるなんて」

 目の前の御方は、紫紺色の瞳を薄く細め、本当に楽し気に笑っています。
 美しいはずの顔なのに、どことなく、寒々しさを感じてしまいます。


 王妃陛下からお誘いを受けた日、私はロドニー伯爵家の馬車に乗って王宮へと向かいました。
 モーリスを同伴していたのですが、王妃宮に招かれたのは、私一人だけ。
 彼はブライアン様のいる騎士寮に迎い、帰宅の手伝いをする予定となっています。

 王妃宮は広大な庭園と輝く白壁が目を引く、美しい場所でした。
 豪華で煌びやか・・・・・・まるで、王妃陛下の人となりを表したよう。

 むせ返るような百合の香りに包まれて、頭がくらくらしそうになりながら、私は四阿へと案内されました。
 働く使用人達は、全員、男性で・・・・・・しかも、全員が見目麗しくて・・・・・・噂通りの光景に、私は内心圧倒されていました。
 騎士様も幾人かおられますが・・・・・・ブライアン様の姿は見られません。
 あの方が、無事に解任されることを心から願うばかりです。


「貴女が、トリーシャ・ロドニーね」
 百合に囲まれた四阿で、王妃陛下は私を待っておられました。

 アンジェリカ・オーガスタ・プルウィア王妃陛下――
 噂通り、美しい御方でした。

 大きな紫紺色の瞳と、淡く金髪は、艶やかな光を放っていて。
 陶器のような滑らかな肌は、シミ一つありません。
 そして、豊満な体つきを隠さない、大胆なドレス。
 成人した王子殿下がいるとは思えない若さと、成熟した妖艶さを感じます。

「病弱だとは聞いていたけど、本当に貧相ね」
 彼女は、私を見ると、軽く鼻を鳴らします。
「・・・・・・本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「・・・・・・座りなさい」
 私の礼が気に入らなかったのでしょうか、王妃陛下の舌打ちが聞こえました。


 今日も曇り空が広がっており、少し薄暗い中で茶会は始まりました。
 繊細な飾り細工が施されたテーブルに並べられたお茶とお菓子・・・・・・ですが、王妃陛下の前だけです。
 私の前には、何もありませんでした。

「あなた、ドレスはどうしたの?」
 王妃陛下がまず切り出したのは、私の服に関してでした。
 聞かれるのも無理はありません。
 今日の私の装いは、修道女時代に着ていた尼僧服なのですから。
 黒いワンピースと、髪を隠すベール・・・・・・到底、王族の茶会に着ていく服ではありません。

 今日の茶会にあたり、ライラお義母様も気に掛けてくださったのですが・・・・・・この服が、一番、相応しいと思ったからです。

「貴女、ブライアンにドレスも買ってもらえないの? 本当に愛されていないのね」
 王妃陛下の声は本当に弾んでいて、私がブライアン様に愛されていないことを喜んでいることが伝わってきます。
 でも、それは事実なので、私の心が揺らぐことはありませんでした。

「私が今日ここに参ったのは、迷える子羊を救う為です」
 私の言葉に、女王陛下の表情が固まります。
「あなた、何を言って――」
「過去の苦しみや悲しみから逃れられず、自分を慰める為に色を求める・・・・・・どうか、今一度、神に己の行いを悔い改めて――」
「ふざけてるんじゃないわよ!」

 私は、この方に悔悟していただきたかったのです。
 国母として、為政者として、正しき姿と心を取り戻していただけたら・・・・・・と。

 ですが、私の振る舞いを冗談の類と思ったのでしょう。
 王妃陛下は激昂と共に、私にカップを投げつけてきました。
 肩に軽い衝撃と、お茶が掛かる感触・・・・・・でも、不思議と熱くありませんでした。
 もしかすると、王妃陛下がこうすることを使用人も見越していたのかもしれません。
 それとも、過去にもこのような所業を・・・・・・だとしたら、なんて恐ろしい。


「陛下、おやめください」
「あんたに、何が分かるのよ!」
 使用人が駆け寄って来て、王妃陛下を制止しようとしています。
 王妃陛下の方は、眼中に入っていない御様子で、私を真っすぐ睨みつけています。

「王妃教育で拘束されていた時に、あいつは他の女に手を出して・・・・・・私は辱めを受けたのよ!? 女として出来損ないだって、言われているようなものじゃない!」
 怨嗟に満ちた、王妃陛下の叫び・・・・・・ああ、この方は、過去の苦しみから逃れられないのですね・・・・・・。

「それなのに、あんたは、何も背負わないくせに、若くて綺麗ってだけで、易々と男を掴まえて・・・・・・」
 若くて綺麗、ですか・・・・・・?

「もしかして、お年で目が悪いのですか?」
「また馬鹿にしてぇぇ!」
 私を『綺麗』と言う方は、目か心を悪くしただけだと思うので、心配なのですが・・・・・・王妃陛下はさらに激昂してしまいました。
 お菓子やお皿など、身の回りの物を手に取ろうとしては、使用人に制止されています。

「あんたみたいな変な女に、ブライアンは相応しくないわ! ブライアンは、私の傍で美貌を見せていればいいのよ!」
「・・・・・・ブライアン様を、そんな風に言わないで下さい」

 王妃陛下の言葉に、私は内心怒りを感じました。
 私みたいな女では、ブライアン様に釣り合わないのは当然です。
 でも、あの方は、誠実で、優しくて、剣だけではなく心も強い方で・・・・・・顔だけを、あの方の価値にしないでほしいのです。

「ブライアン・ハーキュリー様は、騎士として、当主として、立派に務めを果たしている御方です・・・・・・あの方を、貴女のお飾りなんかにしないで」
「な・・・・・・生意気な小娘ね・・・・・・ひっ」

 ますます怒りに顔を赤く染めていたはずなのに、王妃陛下の顔からは、何故か血の気が引いております。
 私の迫力に恐れを為した・・・・・・わけでは当然なくて、その視線はあちこちに向けられています。

 そして、聞こえる声は――

「にゃあ」
「にゃーん」
「なぁー」

 次々と聞こえる猫達の鳴き声に、私も血の気が引く思いでした。


 気付いた時には、四阿の周りには猫が集まっていて・・・・・・。
 私達を取り囲みながら、思い思いに声を上げています。

「ああ・・・・・・どうしましょう」
 まさか、王宮にまで猫を・・・・・・しかも、こんなに沢山呼んでしまうなんて・・・・・・。

 恐る恐る王妃陛下の方を見れば、唇を震わせていて。
 ぎこちない動きで周囲を見渡し――

「ひぃやぁぁぁぁっ!」
 とてつもない悲鳴を上げて、使用人に抱き着いていました。
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