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第15話 ボスモンスター
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祭壇には暗号のような異国の文字と、パズルのような枠と、無造作に散らばる石があった。どうやら枠に正しく石をはめて、完成させろということらしい。
「これは俺は触れない。途中の雑魚モンスターは俺が倒しても問題ないけど、通行証を手に入れるためのフラグを立てるためには、必要としてる本人じゃないとダメなんだ。誰かが代わりにやることはできないようになってる。傍にいてアドバイスすることならできるけど。だから、ナツキが完成させてくれ」
「うん、わかった」
暗号のような異国の文字に触れると、日本語に翻訳された文章が空中に浮かびあがった。
『正しい位置にはめて完成させよ』
それほど難しいもののようには思えなかった。枠は全部で十個。石は全部で十二個。ふたつ多い。
紛らわしい形の石もあったが、ナツキは失敗することなく石を枠にはめ終えた。途中で迷うとリュウトのアドバイスが飛んできたが、ほとんどは自力でできた。ピロロロンと音が鳴り、ガガガガガガガと祭壇が動く。
石でできた階段が現れた。
「行こう」
リュウトが言った。ナツキもうなずく。
階段を下りた先にも洞窟が迷路のように広がっていた。うっすらと明るいのも変わらない。先を歩くリュウトに必死でついていく。次々に現れるモンスターを鮮やかに倒していく、彼の姿を目に焼きつける。
ナツキの出番はまったくなかった。まばたきしている間にリュウトが全部倒してしまう。
そして経験値がどんどんナツキにも加算され、驚く早さでレベルアップしていく。めまぐるしかった。
何もしていないのに、気づけばレベルが十五になっている。
洞窟の突き当たりに着いた。今度は先程とは様相が違う。ものものしい、重苦しい空気が漂っている。
入口が開き、小部屋に入ると、祭壇の上で、初めて見る大きなモンスターが待っていた。泥のモンスターたちのボスのようだった。どうやらここがダンジョンのゴールらしい。
ナツキは息を飲み、怖気づいた。
「とどめはナツキが刺せよ。じゃないと、ここまで来た意味がないから」
リュウトが言った。
ごくりとナツキの喉が鳴る。
「わ……わかった……」
ゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てながら、モンスターがゆっくりと動く。ロックオンされたことに、ナツキは気づいた。
「こ、怖い……っ」
「大丈夫。俺がついてる。モンスターと初めて戦うわけじゃないだろ? 頑張れ。ライフがゼロになっても、いくらでもやり直せるから。俺もサポートする」
リュウトの声が心強かった。ナツキは唇を噛み締め、気を引き締めた。
ロングソードを構え、じっと泥のボスモンスターを見据えた。体長は人間よりも少し大きい。緩慢な動きでじわじわと近づいてくる。動き方も不気味だ。ナツキは必死で剣を振り下ろした。
手応えはあった。しかし、まるで粘土を斬ったような感触で、泥の中に剣が一瞬食い込んだだけだった。たいしてダメージを与えられていない。とどめを刺すなんて無理なのではないか。怖気づく気持ちで全身がすくみ、血の気が引いて寒くなってきた。身体が思うように動かない。冷や汗ばかりが吹き出してくる。こんな大きなものと戦うのは初めてだ。
泥のボスモンスターが腕を振り上げた。思い切りナツキに直撃する。あっけないほど簡単に吹っ飛ばされた。
「……っ!」
全身に激痛が走る。今までずっと弱いモンスターとしか戦ってこなかったので、こんな痛みは初めてだった。ナツキはこれまで無難な戦いしかしてこなかった。果敢に強いモンスターに挑んだことなどなかった。怖かったからだ。
脳波で感じているデジタルデータでしかないのに、痛みはまるで本物だ。ガクガクと全身が震える。起き上がるのもままならない。
そんなナツキをリュウトが眺めていた。冷静で、まるで他人事のような顔で。
「無理?」
「……無理」
ナツキは今にも泣きそうだった。自分のレベルに見合わない敵だったのだ。戦うなんて無理だった。
「ナツキが戦って倒さないと意味がないんだ。俺が戦うと、強すぎて倒してしまう。それじゃダメなんだ。ナツキがとどめを刺さないと」
「だ……って、戦えない。俺にはまだ無理だよ。もっとレベルもスキルも上げないと。ボスモンスターとの戦い方だって、まだよくわからない」
「初心者ダンジョン初めてじゃないんだろ?」
「もっと小さくて弱いボスモンスターだったから」
はらはらとナツキの目から涙の粒が落ちる。嗚咽が抑えられない。
リュウトが困った顔つきになった。
「……いや、泣くなよ。……かわいいと思っちゃうじゃねぇか……」
「え?」
「いや、なんでもない。俺がナツキに防御の魔法と、回復の魔法をかける。それでダメージはだいぶ和らぐはずだ。自力で戦える?」
「え、無理……怖い」
リュウトが苦笑した。
「わかった。俺が弱い武器で奴のライフを削るから、最後のとどめだけ刺して。それならできる?」
「う、うん……」
リュウトが武器を持ち替えた。木の棒だった。まさかの初期装備に驚いて、ナツキの目が丸くなる。
「俺についてきて。すぐ倒せるから」
「わかった」
ふわっとリュウトが足を踏み出す。ナツキは必死でついて行った。リュウトが木の棒を振りかざす。泥のボスモンスターに当たった。獣のような咆哮が辺りに響く。モンスターの頭上に浮かびあがっているライフの残りが一気に少なくなった。
「今だっ!」
リュウトに促されるがままに、ナツキは剣を振り上げた。ボスモンスターに当たる。大きな身体が身をよじらせ、たちまち霧散した。金貨とアイテムを落とし、消えていく。
大量の経験値が入った。ナツキのレベルがたちまち十九になる。
大きく息をついたナツキは、その場にくずおれた。手足がガクガクと震える。剣を持つ手に力が入らない。息が切れ、浅く短い呼吸を繰り返す。全身に汗がにじんだ。
ふわっとナツキの髪にリュウトの手が触れた。よしよしと優しく撫でられる。
「よくやった」
優しい声だった。
ぶわっと涙腺が緩んだ。ぼろぼろと涙の粒が溢れ出し、自分では制御することができなくなる。自分でもよくわからない混乱した感情でぐちゃぐちゃになり、ナツキはいつまでも泣いていた。その間、リュウトはずっとナツキの髪を撫でていて、涙がおさまるのを待ってくれていた。
「これは俺は触れない。途中の雑魚モンスターは俺が倒しても問題ないけど、通行証を手に入れるためのフラグを立てるためには、必要としてる本人じゃないとダメなんだ。誰かが代わりにやることはできないようになってる。傍にいてアドバイスすることならできるけど。だから、ナツキが完成させてくれ」
「うん、わかった」
暗号のような異国の文字に触れると、日本語に翻訳された文章が空中に浮かびあがった。
『正しい位置にはめて完成させよ』
それほど難しいもののようには思えなかった。枠は全部で十個。石は全部で十二個。ふたつ多い。
紛らわしい形の石もあったが、ナツキは失敗することなく石を枠にはめ終えた。途中で迷うとリュウトのアドバイスが飛んできたが、ほとんどは自力でできた。ピロロロンと音が鳴り、ガガガガガガガと祭壇が動く。
石でできた階段が現れた。
「行こう」
リュウトが言った。ナツキもうなずく。
階段を下りた先にも洞窟が迷路のように広がっていた。うっすらと明るいのも変わらない。先を歩くリュウトに必死でついていく。次々に現れるモンスターを鮮やかに倒していく、彼の姿を目に焼きつける。
ナツキの出番はまったくなかった。まばたきしている間にリュウトが全部倒してしまう。
そして経験値がどんどんナツキにも加算され、驚く早さでレベルアップしていく。めまぐるしかった。
何もしていないのに、気づけばレベルが十五になっている。
洞窟の突き当たりに着いた。今度は先程とは様相が違う。ものものしい、重苦しい空気が漂っている。
入口が開き、小部屋に入ると、祭壇の上で、初めて見る大きなモンスターが待っていた。泥のモンスターたちのボスのようだった。どうやらここがダンジョンのゴールらしい。
ナツキは息を飲み、怖気づいた。
「とどめはナツキが刺せよ。じゃないと、ここまで来た意味がないから」
リュウトが言った。
ごくりとナツキの喉が鳴る。
「わ……わかった……」
ゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てながら、モンスターがゆっくりと動く。ロックオンされたことに、ナツキは気づいた。
「こ、怖い……っ」
「大丈夫。俺がついてる。モンスターと初めて戦うわけじゃないだろ? 頑張れ。ライフがゼロになっても、いくらでもやり直せるから。俺もサポートする」
リュウトの声が心強かった。ナツキは唇を噛み締め、気を引き締めた。
ロングソードを構え、じっと泥のボスモンスターを見据えた。体長は人間よりも少し大きい。緩慢な動きでじわじわと近づいてくる。動き方も不気味だ。ナツキは必死で剣を振り下ろした。
手応えはあった。しかし、まるで粘土を斬ったような感触で、泥の中に剣が一瞬食い込んだだけだった。たいしてダメージを与えられていない。とどめを刺すなんて無理なのではないか。怖気づく気持ちで全身がすくみ、血の気が引いて寒くなってきた。身体が思うように動かない。冷や汗ばかりが吹き出してくる。こんな大きなものと戦うのは初めてだ。
泥のボスモンスターが腕を振り上げた。思い切りナツキに直撃する。あっけないほど簡単に吹っ飛ばされた。
「……っ!」
全身に激痛が走る。今までずっと弱いモンスターとしか戦ってこなかったので、こんな痛みは初めてだった。ナツキはこれまで無難な戦いしかしてこなかった。果敢に強いモンスターに挑んだことなどなかった。怖かったからだ。
脳波で感じているデジタルデータでしかないのに、痛みはまるで本物だ。ガクガクと全身が震える。起き上がるのもままならない。
そんなナツキをリュウトが眺めていた。冷静で、まるで他人事のような顔で。
「無理?」
「……無理」
ナツキは今にも泣きそうだった。自分のレベルに見合わない敵だったのだ。戦うなんて無理だった。
「ナツキが戦って倒さないと意味がないんだ。俺が戦うと、強すぎて倒してしまう。それじゃダメなんだ。ナツキがとどめを刺さないと」
「だ……って、戦えない。俺にはまだ無理だよ。もっとレベルもスキルも上げないと。ボスモンスターとの戦い方だって、まだよくわからない」
「初心者ダンジョン初めてじゃないんだろ?」
「もっと小さくて弱いボスモンスターだったから」
はらはらとナツキの目から涙の粒が落ちる。嗚咽が抑えられない。
リュウトが困った顔つきになった。
「……いや、泣くなよ。……かわいいと思っちゃうじゃねぇか……」
「え?」
「いや、なんでもない。俺がナツキに防御の魔法と、回復の魔法をかける。それでダメージはだいぶ和らぐはずだ。自力で戦える?」
「え、無理……怖い」
リュウトが苦笑した。
「わかった。俺が弱い武器で奴のライフを削るから、最後のとどめだけ刺して。それならできる?」
「う、うん……」
リュウトが武器を持ち替えた。木の棒だった。まさかの初期装備に驚いて、ナツキの目が丸くなる。
「俺についてきて。すぐ倒せるから」
「わかった」
ふわっとリュウトが足を踏み出す。ナツキは必死でついて行った。リュウトが木の棒を振りかざす。泥のボスモンスターに当たった。獣のような咆哮が辺りに響く。モンスターの頭上に浮かびあがっているライフの残りが一気に少なくなった。
「今だっ!」
リュウトに促されるがままに、ナツキは剣を振り上げた。ボスモンスターに当たる。大きな身体が身をよじらせ、たちまち霧散した。金貨とアイテムを落とし、消えていく。
大量の経験値が入った。ナツキのレベルがたちまち十九になる。
大きく息をついたナツキは、その場にくずおれた。手足がガクガクと震える。剣を持つ手に力が入らない。息が切れ、浅く短い呼吸を繰り返す。全身に汗がにじんだ。
ふわっとナツキの髪にリュウトの手が触れた。よしよしと優しく撫でられる。
「よくやった」
優しい声だった。
ぶわっと涙腺が緩んだ。ぼろぼろと涙の粒が溢れ出し、自分では制御することができなくなる。自分でもよくわからない混乱した感情でぐちゃぐちゃになり、ナツキはいつまでも泣いていた。その間、リュウトはずっとナツキの髪を撫でていて、涙がおさまるのを待ってくれていた。
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