悠久の大陸

彩森ゆいか

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第43話 廃人になりそう

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 しばらく休むと完全に媚薬効果は薄れたようで、ようやく出発できるようになった。ナツキの身体が整うまで、スオウが根気強く待っていてくれたのだが、よく考えたら彼のせいでこうなったのだから、待ってくれて当然と言えば当然だった。
 ウラクの町の役場でクエストの報酬を受け取り、疲れ切っていたナツキはスオウへと振り返った。
「そろそろログアウトしてもいい?」
「ん?」
「俺、疲れちゃった。ちょうど一段落したし」
「じゃあ、その前にキスして」
「……え」
 ここで? と思う間もなく、ナツキの唇は塞がれていた。
 スオウの舌先がナツキの上顎を撫でて、ぞくぞくと震える。幻惑の実の効果が蘇りそうで、ナツキは内心でヒヤヒヤとした。スオウはどういうわけか、ナツキの性感帯を煽るのがとても上手い。ほだされたいわけではないのだが、逆らえなくなってしまう。
(……ダメだ。気持ちよくて変になる……)
 ナツキは恍惚とした表情でスオウの舌を受け入れ、気づけば自分からも舌を差し出していた。公衆の面前なのはわかっているのに、どうにもならない。止められない。
(……気持ちいい……)
 溶けそうだった。まだ先程のセックスの余韻が残っているのかもしれない。
「……なんて顔だよ」
 スオウがほぅ、と息をついた。恍惚とした顔をしている。
 ナツキは戸惑った。
「……え?」
「すごく気持ちいい顔してる。男を狂わせる顔だよ」
 そんな風に言われても、ナツキにはよくわからなかった。
「……自覚、ない」
 スオウは言い聞かせるような顔をした。
「その顔、あちこちに見せるなよ? 襲われるから」
「……うん」
 自分ではどんな顔なのかまったくわからなかった。
 キスの余韻が残る中で、ナツキはログアウトした。名残惜しそうなスオウの顔が脳裏に焼きついている。

「…………」
 那月は目を開けた。
 装着した機械を外してむくりと起き上がると、やはり下半身が大変なことになっていた。
 ゲームの中で達した分、リアルでも本当に達している。那月はもそもそと起き上がり、下着を新しいものに取り替えた。なんだかちょっとわびしかった。
 ゲームの中でイキすぎて、少し名残惜しい。リアルでしてみても、あんな風に気持ちよくなったりするのだろうか。そこまで考えて那月はハッとした。
「やべぇ。俺の頭おかしくなってる」
 ゲームの世界が濃密すぎて、リアルを忘れそうになっている。
 時計を見ると、まだ土曜日の昼を過ぎたところだった。外食するのが億劫で、カップラーメンで済ませてしまった。ゲーム内での疲労感が強く、そのままベッドで眠ってしまう。
 ハッとして目覚めた時にはすでに夜で、のろのろと那月は起き上がった。
「……やべぇ。廃人への第一歩だぞ、これ」
 腹が減ったのでデリバリーで天丼を頼んだ。完食した後、ふとゲームの機械へと振り返る。あの中に入るとまたセックスざんまいになるのだろう。少し躊躇した。
 スマートフォンを見ると、後輩の富谷とみや辰泰たつやすから着信があった。どうやら寝ている間に電話があったらしい。留守電は入っていなかったし、メールもないので、たいした用ではないのだろう。
 このゲームを始めてからまだ二日目なのに、那月は自分が何か違うものに変えられてしまったような気がしていた。
「大丈夫かな、俺」
 ペタペタと確認するように自分の身体を触る。ゲーム内での自分と比べると、それほど性感帯が発達しているようには感じられない。だが、リュウトとスオウにもてあそばれることに慣れてきている自分に、危機感を覚え始めていた。
 部屋の片隅には雪平海咲の小説が十一巻まで置いてある。アダルト空間にばかりいたせいで、すっかり感覚がおかしくなっているが、本来この作品にはアダルト要素は皆無なのである。
 冒険活劇がメインのライトノベルだ。作者が男性なのか女性なのかは明らかにされていないが、ゲームの中身があんなに淫らに乱れていて原作者は平気なのだろうか。それとも作者の手を完全に離れて、ゲームが独り歩きをしているのだろうか。
 原作小説の他にも、コミックス版や、テレビアニメ版の悠久の大陸のDVDが部屋に置かれてある。那月がゲーム内のメインストーリーを素直に楽しめたのは、原作ファンだからでもあった。
(スオウは原作読んでないんだっけ……)
 原作を知らなくても遊べるゲームだから、それはそれでいいのだろうが、那月はちょっと寂しい。
(原作読めって言っても、読まなさそうだよな。でもアニメは見たって言ってたっけ……)
 リュウトはどうなのだろう。原作は知っているのだろうか。今度会ったら、話をふってみよう。
 リアルではどうやら身体が正常そうなので、那月は安心して再びゲームを開始した。リュウトもスオウもいないことを願いながら、ベッドに横たわってまぶたを閉じる。
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