悠久の大陸

彩森ゆいか

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第61話 トークイベント

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 辰泰からスマートフォンにメッセージが届いたのは木曜日の夜だった。
 雪平海咲のトークイベントの日時は土曜日の夕方で、都心にある千五百人ほどの人数が入れる会場で行われるらしい。小規模なのか大規模なのか那月にはよくわからなかったが、千五百人は結構な人数のようにも思えた。
 座って行われる対談形式で、雪平海咲と話す相手は、悠久の大陸のゲーム開発をしたプロデューサーの吉崎よしざき時也ときや時也。
 雪平海咲が年齢も性別も非公開にしていた影響で、注目度が高いイベントのようだ。入場料は千五百人という人数に合わせるかのように千五百円で、すでに完売しているらしい。チケットはすべて電子チケットで、手持ちのスマートフォンにQRコードにアクセスできるメールが送られてくる。
 コネがきくらしいリュウトは、そのQRコードにアクセスできるメールを、辰泰に送ってくれたようだ。その後、辰泰経由で那月にも送られてきた。
「リュウトとスオウで連絡先を交換したってこと……?」
 あの二人がそこまで仲良くなるとは思っていなかったので、那月は驚いた。
 リュウトは直接ナツキと連絡先を交換したかったようなのだが、一向にゲーム内にログインしてこないので諦めたのだそうだ。
 スオウが実は……と切り出し、ナツキの連絡先を知っていると告げると、リュウトはものすごく驚いていたらしい。元から知り合いということは伏せて、無理矢理聞き出したことにしたそうだ。
「なんでそんなに隠したがるんだろう?」
 実は知り合いでした、でも問題はないような気がしているのだが、いったい何が不都合なのだろう。
 リュウトのコネでイベントに参加することになったが、リュウト本人はその日、用事があるので行けないらしい。リュウトの本体には会えないということだ。
 とにかく雪平海咲のトークイベントには行けるようになったので、那月は土曜日が来るのをウキウキと待った。当日の昼は辰泰と待ち合わせる約束をした。

 土曜日がきた。朝から快晴で気持ちのいい日だった。
 はやる気持ちを抑えて、那月は辰泰と約束した時間をひたすら待った。
 男同士なのにデート気分になるのもおかしいなと思いながらも、服装や身だしなみを妙に気にしてしまう。普段しょっちゅう会っているのだから、今さら気にしてみてもと自分自身にツッコミを入れて苦笑した。
 一緒に食事をしてからイベント会場に行こうという約束なので、待ち合わせ場所へと向かう。駅前の案内板の前には、辰泰がすでにいた。
「おまえ来るの早いな。待ち合わせ時間までまだ十五分もあるぞ」
「俺にとってはデートだから」
 臆面もなくそう言い放つ辰泰に、那月のほうが照れてしまう。
 改札を抜け、並んでホームに立ち、電車が到着すると並んで座席に座った。妙な甘酸っぱさを感じるのは何故だろう。
 乗り換えを含めて三十分ほど電車に揺られ、目的の駅に着いた。トークイベントの時間までまだまだある。二人は駅前をぶらりと歩いて飲食店を探した。
 やはり若い男二人なので、がっつり食べたいねということになり、定食屋に入った。
 辰泰は天ぷら定食を頼み、那月は生姜焼き定食を頼んだ。店内はそこそこ混んでいて、会話は筒抜けになりそうなので、あまり会話せずに食べることに専念した。
 食べ終えて一息ついてから店を出る。デートと言いつつもやはり人目が気になるのか、辰泰は手を繋いでくるようなこともなく、至って普通にしていた。
「そろそろ会場に向かおうか」
「うん」
 イベント会場は小規模な劇場で、普段はお笑い芸人のステージや、売れない劇団の舞台が行われているらしい。千五百人という枠に対して数万人の応募があったらしく、どうしてもっと大きな会場で行わなかったのだろうと那月は思った。
 最新のデジタル入場を無事に済ませ、辰泰は飲み物を買いに行き、那月はトイレへと向かった。
 中には若い男がひとりいて、小便器で用を足している。那月は特に意識することなく隣に並び、ズボンの前を開いた。
 一物を引っ張り出し、小便器に向かって黄色い液体を放っていると、ふと視線を感じて横を向いた。
 見知らぬ若い男がじっと那月の股間を見つめている。
「えっ……?」
 ぎょっとした那月が改めてその男を見ると、とても端正な顔をした、まるで芸能人かモデルのような青年だった。見惚れて吸い込まれそうになっていると、一物から溢れていた液体が止まった。那月は慌ててしまう。
「あ、あの……?」
 股間だけではなく、顔もじろじろと見られているので、那月は眉をひそめながら口を開いた。
 すると見知らぬ青年も口を開く。
「失礼。あまりにかわいかったので見てしまいました。忙しいので、これで」
 すっと横切られる。逃げられた。那月は瞬時に思った。
 同じ男のものを見ていったい何が楽しかったのかは不明だが、那月は気持ちを切り替えた。もう二度と会うことはないだろう。気にしないのが一番だ。
 トイレから出て辰泰と合流した。トイレで起きた一件のことは言わなかった。トークイベントを見る前から嫌な気分にさせる必要もないだろうと思ってのことだ。
 座席は指定なので、割り振られた番号のついた椅子に並んで座った。センター寄りの前の方という、驚くほどの良席だった。リュウトのコネの力に驚きつつも、イベントが始まるのを楽しみに待った。
 やがて時間になり、トークイベントが始まった。
 進行を任された司会者のような男性が現れ、最初の挨拶や今回のイベントの趣旨などを説明する。
「では登場していただきましょう。ゲームプロデューサーの吉崎時也さんと、原作者の雪平海咲先生の登場です!」
 わーっと観客が沸く。盛大な拍手が会場内を占めた。
 それまでわくわくと心躍らせていた那月は、雪平海咲の登場と同時に表情を曇らせた。
(さっきトイレで出会った男……!)
 愕然とする。綺麗な顔をしてはいるが、那月の股間をじろじろと見ていた先程の男が雪平海咲なのか。
(嘘だ……そんなの、嘘だ)
 楽しみにしていた気持ちが根こそぎ奪われる。大好きな原作、大好きなアニメ、大好きなゲーム、すべてが否定されたような気分になった。
 顔を強張らせながら那月はステージ上の雪平海咲を見つめた。トークの内容が全く頭に入ってこない。ゲーム開発の裏話や、原作小説の裏話、ファンなら据え膳のトークが繰り広げられているはずなのに、全く頭に入ってこない。
 吉崎時也と笑顔で軽快なトークをしながら、雪平海咲は時折、客席を見渡す。一瞬、那月と視線が重なった。偶然のような一瞬だったが、偶然ではなかった。確実に見つけられている。
 だらだらと緊張による冷や汗が出た。雪平海咲は何度かかすめるように那月を見る。そのたびに、身体の底から何かを見透かされているような気分になった。トイレでの光景がフラッシュバックする。あの目に股間を見つめられていたのだと思うと、なぜか不思議なことに下腹部の辺りが熱くなってくる。
(ダメだ。俺、おかしい)
 今すぐ席を立って、どこかへ逃げ出したかった。嫌なのか嫌じゃないのか、自分でもよくわからなくなっている。ぐらぐらと目眩を覚え、ここがどこで、今なにをしているのかもわからなくなってくる。
 大好きだったのだ。原作もアニメもゲームも。この仕打ちに神様を恨みたくなった。
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