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第73話 別れ話
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月曜日の朝。
大学に行く日。
気が乗らない。
辰泰がいるから。
会いたくない理由は身勝手だ。
リュウトを好きになってしまったから、辰泰を遠ざけたい。
ふたりきりになるのが怖い。
どんな顔で会えばいいのかわからない。
——でもリュウトを好きになるのはナシですよ? 俺のことを好きにならないのなら、誰のことも好きにならないでください。
——それでバランスが保たれてるんです。三人の奇妙なトライアングルの。
辰泰の声が脳裏に響く。
そうだ。彼はそんなことを言っていた。
辰泰に会いたくないから休むというわけにもいかない。那月はのろのろと家を出る支度をする。
だが、大学に辰泰は来ていなかった。
彼の受ける講義が休講になっていたからだ。
そのことを、辰泰の友人から聞いた。
ほっとしたような、寂しいような、変な気分になる。
那月は講義を受けながら、ぼんやりと辰泰のことを考えた。
(今日はいないのか)
休講になった辰泰は何をしているだろうか。やはりゲームの中で戦っているのだろうか。すっかりセックスざんまいになってしまっていたが、もともとの彼は純粋なゲーマーだ。今頃、那月のことなど忘れて、ゲームに没頭しているのだろうか。
(リュウトと会っていたらどうしよう)
ふたりきりでいる時の彼らは想像がつかない。いつでもナツキを挟んで三人でいたからだ。
リュウトがナツキを求め、スオウがナツキを求めているので、必然的に三人でいることになる。
罪悪感で心の中がちくちくする。
(俺はただ、リュウトを好きになっただけなのに)
誰かを好きになる。恋愛感情を持つ。そのせいで、こんなにも苦しくなるとは思いもしなかった。
辰泰と過ごした日々、愛し合った日々は嘘ではない。求められて受け入れた、それは間違いない。恋愛感情はなかった。愛しているわけではなかった。だとしても、彼を受け入れたのは那月の意思だ。
——誰のことも好きにならないで。
枷のように心にのしかかる。
(……ぜん……全部話して、別れなきゃ)
このままずるずると続けていくわけにもいかない。それはそれで辰泰に失礼だ。愛していないのなら別れるしかない。気持ちはどうしても、リュウトに向かってしまうのだから。
授業が終わった帰り道、那月はスマートフォンで辰泰にメッセージを入れた。
『会いたい。家に行ってもいい?』
これではまるで恋人のような文面だ。辰泰に勘違いされてしまいそうだった。
(別れ話をしに行こうとしてるのに……)
すぐに既読になる。返信が来た。
『待ってる』
(違うんだ)
恋焦がれて会いたいと言っているわけではないのだ。
勘違いされていたらどうしよう。だが、メッセージで否定するのは違う気がする。
すぐに既読と返信があったということは、辰泰は今ゲームをしていないのか。少し期待していた。ゲームで忙しくてメッセージに気づかないことを。
辰泰の家にはじきに着いてしまった。ゆっくりゆっくり進んで来たつもりだったのに。
(どうしよう)
辰泰が暮らしているマンションを見上げた。
「那月」
いきなり声をかけられた。振り返ると辰泰だった。
「えっ? なんで?」
「なんでって、来るって言うから待ってた」
「なんで部屋で待ってないんだよ」
「だって那月だし。嬉しいし。会いたいし」
いきなり抱きすくめられた。愛おしいもののように扱われる。
「俺も会いたかった」
(違うんだ)
那月は言葉を飲み込んだ。そのままじっと抱きすくめられていた。
「……と、とりあえず、部屋に行こうか」
那月は辰泰を促した。辰泰は素直に那月を連れてマンションへと向かう。
(どうしよう)
手を握られ、並んで歩く。エントランスを抜け、エレベーターに乗り、辰泰の暮らす六階に到着した。
「さっ、入って入って。まず何する? 俺は那月とならセックスしたいけど」
「は……っ、話が、あるんだ……っ」
「……え」
那月の表情から、ただならぬ何かを感じ取ったらしい。辰泰の表情がみるみる変わった。急に深刻みを増す。
「とりあえず、入って」
那月は促されるまま室内へと入った。靴を脱ぎ、フローリングを踏む。
いきなり腕をつかまれた。引っ張られる。そのまま寝室へと引きずられた。ベッドに突き飛ばされる。
「なにす……っ」
那月が慌てて顔を上げると、ギシッと辰泰がベッドに乗り上げてきた。
これまで見たことないような神妙な顔をしている。
なんだか目が据わっている。那月は息を呑んだ。
「たつ……」
「俺は別れないよ。今の関係をやめる気なんてない」
那月は驚いて目を見開いた。
「な……どう、して」
考えを見透かされていたことに驚く。
辰泰はどこか思い詰めたような顔つきになっていた。
「どんだけ身体重ねてきてると思ってんだよ。俺が那月の考え読めないとでも思う? 顔を見ればわかる。目を見ればわかる。俺は那月のことはなんでもわかる」
「辰泰……」
誤算だった。辰泰がこんなにも鋭い男だとは思っていなかった。そんなにも那月のことばかり考えていたとは思っていなかった。
話せばわかってくれるかもしれないと考えていたが、どうやらそれは幻想だったようだ。
那月は表情を引き締めて、キッと辰泰を見据えた。
これは彼のためでもあるのだ。
このままずるずるとつきあっていても、互いが苦しくなるだけだ。
必要な別れなのだ。このままでは二人とも不幸になる。
「正直に言う。俺はリュウトのことが好きだ」
「……っ」
辰泰が痛みを覚えたように顔をしかめた。
「気づいたんだ。リュウトのことが好きだって。だからもう、おまえとは続けられない。続けてもつらくなるだけだ。だから、もうやめよう」
「いやだ」
即答だった。
「那月が誰のことを好きでも、俺はこの関係をやめたくない。俺のこと好きにならなくてもいいって言ったろ」
「でも、誰のことも好きになるなとも言った。でも俺は好きになってしまったから」
「リュウトだろ。ずっと三人だったろ。ずっと俺とあいつで那月を共有してただろ。だから大丈夫。これからも三人でいればいい。俺はそれで構わない」
「ダメだよ。俺が苦しい。罪悪感で苦しいんだ」
「罪悪感……? なにそれ。さんざん俺ともリュウトともセックスしてきたくせに、今さらなに言ってんだよ」
辰泰の言いたいことはわかっているつもりだ。
那月とリュウトが相思相愛になったとしても、辰泰は三人の関係を続けたい。そういうことだ。
大学に行く日。
気が乗らない。
辰泰がいるから。
会いたくない理由は身勝手だ。
リュウトを好きになってしまったから、辰泰を遠ざけたい。
ふたりきりになるのが怖い。
どんな顔で会えばいいのかわからない。
——でもリュウトを好きになるのはナシですよ? 俺のことを好きにならないのなら、誰のことも好きにならないでください。
——それでバランスが保たれてるんです。三人の奇妙なトライアングルの。
辰泰の声が脳裏に響く。
そうだ。彼はそんなことを言っていた。
辰泰に会いたくないから休むというわけにもいかない。那月はのろのろと家を出る支度をする。
だが、大学に辰泰は来ていなかった。
彼の受ける講義が休講になっていたからだ。
そのことを、辰泰の友人から聞いた。
ほっとしたような、寂しいような、変な気分になる。
那月は講義を受けながら、ぼんやりと辰泰のことを考えた。
(今日はいないのか)
休講になった辰泰は何をしているだろうか。やはりゲームの中で戦っているのだろうか。すっかりセックスざんまいになってしまっていたが、もともとの彼は純粋なゲーマーだ。今頃、那月のことなど忘れて、ゲームに没頭しているのだろうか。
(リュウトと会っていたらどうしよう)
ふたりきりでいる時の彼らは想像がつかない。いつでもナツキを挟んで三人でいたからだ。
リュウトがナツキを求め、スオウがナツキを求めているので、必然的に三人でいることになる。
罪悪感で心の中がちくちくする。
(俺はただ、リュウトを好きになっただけなのに)
誰かを好きになる。恋愛感情を持つ。そのせいで、こんなにも苦しくなるとは思いもしなかった。
辰泰と過ごした日々、愛し合った日々は嘘ではない。求められて受け入れた、それは間違いない。恋愛感情はなかった。愛しているわけではなかった。だとしても、彼を受け入れたのは那月の意思だ。
——誰のことも好きにならないで。
枷のように心にのしかかる。
(……ぜん……全部話して、別れなきゃ)
このままずるずると続けていくわけにもいかない。それはそれで辰泰に失礼だ。愛していないのなら別れるしかない。気持ちはどうしても、リュウトに向かってしまうのだから。
授業が終わった帰り道、那月はスマートフォンで辰泰にメッセージを入れた。
『会いたい。家に行ってもいい?』
これではまるで恋人のような文面だ。辰泰に勘違いされてしまいそうだった。
(別れ話をしに行こうとしてるのに……)
すぐに既読になる。返信が来た。
『待ってる』
(違うんだ)
恋焦がれて会いたいと言っているわけではないのだ。
勘違いされていたらどうしよう。だが、メッセージで否定するのは違う気がする。
すぐに既読と返信があったということは、辰泰は今ゲームをしていないのか。少し期待していた。ゲームで忙しくてメッセージに気づかないことを。
辰泰の家にはじきに着いてしまった。ゆっくりゆっくり進んで来たつもりだったのに。
(どうしよう)
辰泰が暮らしているマンションを見上げた。
「那月」
いきなり声をかけられた。振り返ると辰泰だった。
「えっ? なんで?」
「なんでって、来るって言うから待ってた」
「なんで部屋で待ってないんだよ」
「だって那月だし。嬉しいし。会いたいし」
いきなり抱きすくめられた。愛おしいもののように扱われる。
「俺も会いたかった」
(違うんだ)
那月は言葉を飲み込んだ。そのままじっと抱きすくめられていた。
「……と、とりあえず、部屋に行こうか」
那月は辰泰を促した。辰泰は素直に那月を連れてマンションへと向かう。
(どうしよう)
手を握られ、並んで歩く。エントランスを抜け、エレベーターに乗り、辰泰の暮らす六階に到着した。
「さっ、入って入って。まず何する? 俺は那月とならセックスしたいけど」
「は……っ、話が、あるんだ……っ」
「……え」
那月の表情から、ただならぬ何かを感じ取ったらしい。辰泰の表情がみるみる変わった。急に深刻みを増す。
「とりあえず、入って」
那月は促されるまま室内へと入った。靴を脱ぎ、フローリングを踏む。
いきなり腕をつかまれた。引っ張られる。そのまま寝室へと引きずられた。ベッドに突き飛ばされる。
「なにす……っ」
那月が慌てて顔を上げると、ギシッと辰泰がベッドに乗り上げてきた。
これまで見たことないような神妙な顔をしている。
なんだか目が据わっている。那月は息を呑んだ。
「たつ……」
「俺は別れないよ。今の関係をやめる気なんてない」
那月は驚いて目を見開いた。
「な……どう、して」
考えを見透かされていたことに驚く。
辰泰はどこか思い詰めたような顔つきになっていた。
「どんだけ身体重ねてきてると思ってんだよ。俺が那月の考え読めないとでも思う? 顔を見ればわかる。目を見ればわかる。俺は那月のことはなんでもわかる」
「辰泰……」
誤算だった。辰泰がこんなにも鋭い男だとは思っていなかった。そんなにも那月のことばかり考えていたとは思っていなかった。
話せばわかってくれるかもしれないと考えていたが、どうやらそれは幻想だったようだ。
那月は表情を引き締めて、キッと辰泰を見据えた。
これは彼のためでもあるのだ。
このままずるずるとつきあっていても、互いが苦しくなるだけだ。
必要な別れなのだ。このままでは二人とも不幸になる。
「正直に言う。俺はリュウトのことが好きだ」
「……っ」
辰泰が痛みを覚えたように顔をしかめた。
「気づいたんだ。リュウトのことが好きだって。だからもう、おまえとは続けられない。続けてもつらくなるだけだ。だから、もうやめよう」
「いやだ」
即答だった。
「那月が誰のことを好きでも、俺はこの関係をやめたくない。俺のこと好きにならなくてもいいって言ったろ」
「でも、誰のことも好きになるなとも言った。でも俺は好きになってしまったから」
「リュウトだろ。ずっと三人だったろ。ずっと俺とあいつで那月を共有してただろ。だから大丈夫。これからも三人でいればいい。俺はそれで構わない」
「ダメだよ。俺が苦しい。罪悪感で苦しいんだ」
「罪悪感……? なにそれ。さんざん俺ともリュウトともセックスしてきたくせに、今さらなに言ってんだよ」
辰泰の言いたいことはわかっているつもりだ。
那月とリュウトが相思相愛になったとしても、辰泰は三人の関係を続けたい。そういうことだ。
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