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第一章 青き衣(ジャージ)をまといし者
おぞましい、あの「むし」の はなし
しおりを挟む見覚えのある光景に俺は「あぁ、またこの夢か」と心の中で呟いた。
ナルディア魔法学校にある学生寮の自室に俺はいた。
そして、いつものポジションである椅子の上に立っている。
初等部四年生の少年達が狭い部屋の中を逃げ回っていた。
夢の中の俺もモチロン初等部に戻っている。
「赤い疾風どこ!」
同室者のメガネ君が金切り声を出してベッドの上に飛び乗る。
あ、そこ、俺のベッドなんですけど!
「そっちに逃げやがった!」
丸めた新聞を片手に情けなく巨体を震わせ、ガキ大将のミノッチもベッドの上に避難。
あの、何も俺のベッドに集中しなくたって良いんじゃないのかい?
ぎしぎし悲鳴を上げて、可哀想なんですけど、俺のベッド。
「ミノッチ君の机の下に、一匹逃げ込みましたね」
今どき珍しいビン底メガネを光らせて、ですます口調の坊ちゃんが冷静に俺のベッドに以下略。
これは新手のイジメですか?
床の上には物凄い速さで、赤い楕円形の虫がカサカサと移動している。
大きさは、兵士が身につけていたりするドッグタグ?
金属の認識票の、あれぐらいだろうか。
そいつがベッドの下から今度は机の下に逃げようとしていた。
俺達、いや、人類の、ある意味最悪の敵。
その名もコッキネウス・ブラッタリア。
略して コッキブリ。
その略名を口にするのも忌まわしいので、俺達の間では「 赤い疾風」と呼んでいた。
赤い疾風は特に何かしてくるってワケじゃないけど、見た目と素早い動きには生理的嫌悪が湧く。
一匹が本体で、八匹の分身が常にオプションで存在するという不思議な生物だ。
幻覚打ち消しの魔法ですら分身を消すことができないので、秘められた強大な魔力は「たかが虫」と侮ってはならない。
俺達はこの虫が大嫌いだった。
「新聞で叩くよりもフルフルアローで撃った方が確実じゃねーか?」
ミノッチがクローゼットの陰から飛び出してきた二匹の赤い疾風を目で追う。
「フルフルアローは目標の熱線を追尾する魔法で、壁に穴を開けられるほどの……」
坊ちゃんは魔法オタクだ。
頼んでもいないのに魔法の説明を始める。
話し始めると長くなるので、俺はさえぎるように挙手をしながら、
「床に穴を開けるついでに、下の階にいる人の頭にも確実に穴が開くと思います!」
すると、ミノッチは爽やかな顔で振り返り、
「大丈夫だ。三秒ルールで緊急回復の魔法を唱えてもらえばセーフって、ギルドの掲示板に書き込みがあったから」
「三秒で先生を呼べるかぁああっ!」
見事なツッコミだ、メガネ君。
緊急回復の魔法は魔力の強い高等部の先輩か、もしくは教員クラスじゃないと扱えない。
「どう考えたって、その記事は釣りですねぇ」
冷静に坊ちゃんがうんうんと頷いた。
釣り、とは魔法ギルド等で使われているスラングである。
人が食いつきそうなデタラメの情報のことを指す。
これにホイホイと騙されてしまう人のことを釣り上げられた魚、つまり魚釣りに見立てたことからデタラメの情報を『釣り』と呼ぶようになったとか。
掲示板は魔力によって全国の魔法ギルドと繋がっているので、書き込んだ内容は全世界の掲示板に即時に配信される。
匿名性が高いために内容の真偽についての判断は各自に委ねられ、中にはミノッチのように釣られてしまう魔法使いの卵もたまにいる。
「コイツかぁ!」
突如、ミノッチが新聞紙を振り上げた。
机の上に赤い疾風が一匹、こちらをバカにするように止まっている。
そいつに向けて新聞が振り下ろされようとしていた。
突然の行動に俺達は驚いて目を見開く。
「むやみに手を出すな、ミノッチ!」
「ちぇすとー!」
メガネ君の叫びもむなしく、ミノッチが新聞を振り下ろした。
小気味良い音を立てて新聞がヒットする。
「ど、どうだ?」
恐る恐るミノッチが新聞を上げた瞬間、ポンという軽い音とともに赤い疾風が二匹に増えた。
「ぎゃあぁっ!」
ミノッチが隣のベッドに飛び移る。
慌ててメガネ君も坊ちゃんも悲鳴を上げながら散り散りになって逃げた。
赤い疾風は本体以外を叩くと、幻覚が増えるという厄介な能力を持っている。
「弱点発見魔法で確認してから叩いてよ!」
「俺様が暗記してねぇことを知っての発言だったらブン殴るぞ!」
俺の怒鳴り声にミノッチも怒鳴り返す。
ミノッチは典型的なガキ大将タイプで、勉強よりも運動の方が得意だった。
そして、暗記よりも女子の名前を覚える方が得意だった。
どうして魔法学校に入ったし。
「弱点発見魔法が使えるのはメガネ君とアルカ君ですよね」
どこまでも坊ちゃんは冷静だ。
彼は魔力が弱い。
弱いどころか、知識があっても魔法がまったく使えないという特殊な子だ。
魔力が人並み以下に弱いらしい。
「風の精霊に申し上げる!」
メガネ君が早速、弱点発見魔法の詠唱に入った。
早口で詠唱を完了させると、
「左下の赤いのが本体!」
犯人はオマエだという、少年探偵も顔負けの勢いで床を走る五匹の内の一匹を指さした。
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