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欲しいものとは
縁
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待ってた、黒装束の妖怪はそう言って口をつぐむ。なんとも言えない空気が場を包んだ。
「ありがとう」
少しの沈黙の後、最初に口を開いたのは朧気だった。
「大丈夫」
妖怪はそう返す。
短い言葉が交わされ、ふたたび沈黙が訪れる。
「さ、覚様、私の記憶を戻してくれまいか」
「いいの?」
覚は短く答える。
欲を連呼していたあの妖怪と同じとは、とても思えない。どういう事だろう。
「ああ、どんな記憶だろうと、私は受け止めねばならない。一度逃げたのだから」
朧気が覚をまっすぐに見つめ、そう言う。
「うん」
覚は頷くとゆっくりとした足取りで朧気のほうに近づく。そして朧気の前に向かい合う形で立つ。
覚が朧気の額に掌を当てる。
次の瞬間だった。
朧気の記憶が抜けていく、思い出そうとするほど記憶が無くなっていく。
朧気の記憶を持っていたと言う記憶を持ちつつ、朧気自体の記憶は無くなっていくのだ。不思議な感覚だ。
朧気は黙って記憶を受け入れていく。
朧気の頬に一筋の光が流れる、それは涙なのだとぼんやりと思う。
「何故、私はこの記憶を手放そうと思ったのか。思い出してみれば、どれも大切な私の思い出だ」
朧気は立ったまま涙を流し続ける。
まるで、いままで溜め込んでいた思いが一気に溢れ出してしまったようだった。
「これもまた、私の欲と言うことなのだろう」
朧気が呟く。
「神も人も変わらない。もちろん、妖怪も」
覚がそう言う。
妖怪がそう言うのだ。もしかしたら、人と妖怪と神と違いをつけて生きているのは人だけなのかもしれない。
「人は欲にまみれている。おぬしもそうであろう?」
「…え、そうかもしれません」
覚から突然話を振られたため、少し返す言葉が遅れてしまう。
「故に人の祖である神が欲にまみれてないはずがない。かの神が欲に駆られ、その結果、人の命が儚いものになってしまったようにな」
かの神とは誰のことなのか、高良玉垂命は分かったような顔をしているし、恐らく常識の範疇なのか。ただ、聞ける雰囲気ではないので、沈黙を守ることにする。
「私は人の欲により生まれたのだ」
朧気がそう言う。
「だから、私は欲と言う存在にとても興味を持った。知恵の神として人に知恵を授けるのにな」
朧気が笑う。
覚が欲を連呼してしまっていたのは、つまるところ、朧気の記憶の中でも強い意識と言うことだ。
「私は悲しかったのだな」
朧気はしみじみと頷く。
神様も悲しむことがあるのだと、なんとなく気づく。気が遠くなるような悠久の時間の中で、出会いと別れを繰り返すのだ。
「悲しくて悲しくて、忘れてしまいたいと思った。これも私の欲、なんと傲慢なことよ」
自嘲のようにも聞こえるその声は、心の中に響き渡る。自分の欲を傲慢だと言い切ることが出来る人はいくらいるだろう。
「それが生きるということよ」
これまで口を閉ざしていた高良玉垂命がそう言う。生きることは傲慢だと。
「うん、記憶は大切にね」
覚もたたみかけるようにそう言う。
朧気は頷くと、溜め込んでいた涙を拭う。
「ああ、生きねば。傲慢にな」
朧気は笑顔でそう言う。
何かさっぱりとしたような、そんな笑顔だ。
一度大切なものを忘れ、思い出す。失ったものを取り戻すと言うのは、それだけで悲しみも大切なものにしてしまうのだと。
「さあ、帰りましょうか」
高良玉垂命がそう言ったのは、それから少し経ってからのことだった。
気づくと太陽はほとんど沈み、空は藍色と緋色が鮮やかに染め上げていた。
朧気の記憶に振り回された奇妙な一日が終わる。高良玉垂命から呪いがかけられていると言われてから、まだ一日も経っていないことに驚く。
「ありがとう」
朧気は短くそう言う。
次の瞬間、目に入ったのはあ喫茶店の店内だった。
電気はついていないが、窓から入る夕日で店内は柔らかな色に包まれていた。
「奇妙な一日でした」
「ありがとう」
少しの沈黙の後、最初に口を開いたのは朧気だった。
「大丈夫」
妖怪はそう返す。
短い言葉が交わされ、ふたたび沈黙が訪れる。
「さ、覚様、私の記憶を戻してくれまいか」
「いいの?」
覚は短く答える。
欲を連呼していたあの妖怪と同じとは、とても思えない。どういう事だろう。
「ああ、どんな記憶だろうと、私は受け止めねばならない。一度逃げたのだから」
朧気が覚をまっすぐに見つめ、そう言う。
「うん」
覚は頷くとゆっくりとした足取りで朧気のほうに近づく。そして朧気の前に向かい合う形で立つ。
覚が朧気の額に掌を当てる。
次の瞬間だった。
朧気の記憶が抜けていく、思い出そうとするほど記憶が無くなっていく。
朧気の記憶を持っていたと言う記憶を持ちつつ、朧気自体の記憶は無くなっていくのだ。不思議な感覚だ。
朧気は黙って記憶を受け入れていく。
朧気の頬に一筋の光が流れる、それは涙なのだとぼんやりと思う。
「何故、私はこの記憶を手放そうと思ったのか。思い出してみれば、どれも大切な私の思い出だ」
朧気は立ったまま涙を流し続ける。
まるで、いままで溜め込んでいた思いが一気に溢れ出してしまったようだった。
「これもまた、私の欲と言うことなのだろう」
朧気が呟く。
「神も人も変わらない。もちろん、妖怪も」
覚がそう言う。
妖怪がそう言うのだ。もしかしたら、人と妖怪と神と違いをつけて生きているのは人だけなのかもしれない。
「人は欲にまみれている。おぬしもそうであろう?」
「…え、そうかもしれません」
覚から突然話を振られたため、少し返す言葉が遅れてしまう。
「故に人の祖である神が欲にまみれてないはずがない。かの神が欲に駆られ、その結果、人の命が儚いものになってしまったようにな」
かの神とは誰のことなのか、高良玉垂命は分かったような顔をしているし、恐らく常識の範疇なのか。ただ、聞ける雰囲気ではないので、沈黙を守ることにする。
「私は人の欲により生まれたのだ」
朧気がそう言う。
「だから、私は欲と言う存在にとても興味を持った。知恵の神として人に知恵を授けるのにな」
朧気が笑う。
覚が欲を連呼してしまっていたのは、つまるところ、朧気の記憶の中でも強い意識と言うことだ。
「私は悲しかったのだな」
朧気はしみじみと頷く。
神様も悲しむことがあるのだと、なんとなく気づく。気が遠くなるような悠久の時間の中で、出会いと別れを繰り返すのだ。
「悲しくて悲しくて、忘れてしまいたいと思った。これも私の欲、なんと傲慢なことよ」
自嘲のようにも聞こえるその声は、心の中に響き渡る。自分の欲を傲慢だと言い切ることが出来る人はいくらいるだろう。
「それが生きるということよ」
これまで口を閉ざしていた高良玉垂命がそう言う。生きることは傲慢だと。
「うん、記憶は大切にね」
覚もたたみかけるようにそう言う。
朧気は頷くと、溜め込んでいた涙を拭う。
「ああ、生きねば。傲慢にな」
朧気は笑顔でそう言う。
何かさっぱりとしたような、そんな笑顔だ。
一度大切なものを忘れ、思い出す。失ったものを取り戻すと言うのは、それだけで悲しみも大切なものにしてしまうのだと。
「さあ、帰りましょうか」
高良玉垂命がそう言ったのは、それから少し経ってからのことだった。
気づくと太陽はほとんど沈み、空は藍色と緋色が鮮やかに染め上げていた。
朧気の記憶に振り回された奇妙な一日が終わる。高良玉垂命から呪いがかけられていると言われてから、まだ一日も経っていないことに驚く。
「ありがとう」
朧気は短くそう言う。
次の瞬間、目に入ったのはあ喫茶店の店内だった。
電気はついていないが、窓から入る夕日で店内は柔らかな色に包まれていた。
「奇妙な一日でした」
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