神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

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欲しいものとは

記憶の解答

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「あ、起きていたんですね」

 いつの間に起きていたのか、気づかないうちに珈琲を片手に話を聞いていたようだ。

「それで、私が望んで記憶を消したというのは…?」

 朧気が口を開く。

「記憶の抜け落ちた部分が自分に都合がいいところだけだからです」

 高良玉垂命こうらたまたのみことがハッキリとそう言いきる。

「自分に都合がいいところ?」

「ええ、一見天山での記憶をすべて忘れているように見えますけど、それでしたら知るはずのない記憶があるんです」

「……」

 朧気は何も言わない。

「それは神代に高良玉垂命に助けられたという記憶です」

 どういう事だろう、朧気が神なら、神代に高良玉垂命に助けられていたとしても何も不思議なことは無い。

「朧気は神代には存在していません」

「…え?」

 思わず間抜けな声を出してしまう。

「朧気という神は、ダムの下に沈んだ町の人々によって神格化されました。約千年前に土着の神として」

 朧気は信じられないという顔をしている。
 自らが覚えていることと、事実がかみ合っていないのだ。信じる方が難しい。

「だったら、私は朧気ではない?」

「いえ、あなたは朧気です。大丈夫」

「……」

さとりという妖怪がこの天山に住んでいるのですが」

「覚?」

 聞いたことがない妖怪だ。

「ええ、一般に心を見透かす妖怪として知られているんです」

「心を見透かすって、つまり」

「はい、朧気の記憶を改変したのは覚だと思います。覚は人の記憶を奪い、代わりに自らの記憶を与えることが出来るんです」

「少し不便な能力ですね。代わりに自分の記憶が必要なんですか」

「少しの記憶の改変であれば、自分の記憶は些細なものを移せばいいのです」

「なるほど、私の場合は…」

 朧気が合点がいったように口を開く。

「はい、朧気が天山で過ごした記憶は、何百、いえ千年以上はあるでしょう。膨大な記憶と引き替えに、覚の半生の記憶を朧気に移したのだと思います」

 気が遠くなる時間の量。
 そこであることに気づく。

「覚の能力は、てことはつまり」

「はい、覚は朧気の膨大な量の記憶を未だに持っているのでしょう。そしてその記憶の一部を篠ノ木さんに移した」

 膨大な量の他人の記憶、覚は覚でいられるのだろうか。

「つまり、喫茶店に現れた妖怪は…」
「はい、覚だと思います」

 カチリ、という音が頭の中で鳴った気がする。今までのことがすんなりと納得できる。

 覚が自らを朧気だと錯覚するほどの記憶の量、その一部を少しずつ他人に渡していくことで負担を軽減していたのだ。

「…だとしたらなぜ私は記憶を覚に奪わせたのか」

 朧気がそう呟く。

「記憶を戻してみるしかないでしょうね」

 高良玉垂命は厳しいような、悲しいような口調で言う。

 一度忘れてしまいたいと思った記憶なのだ。それをもう一度思い出して、何を思うのか。

「……正直に言うと、思い出すのが怖い。何を思い出すのか」

 朧気は大きく息を吸うと、覚悟した表情で、

「だが、思い出さねばならんな」

 朧気はそう言うと、指を鳴らした。

ーー ーー ーー
 
 ふと気づくと、あの来たときに通った真新しい神社にいた。

 目の前には、小麦色の神社が静かに佇んでいる。だが、来たときと違う点があった。拝殿の目の前に黒装束の紙の面の妖怪が立っていたのだ。

 黒装束の妖怪は紙の面を取り払う。
 そこで現れたのは、明らかに僕よりも幼い少年の顔だった。

「待ってた」

 妖怪は一言そう言う。その声は少年のようでいて、年季の入った深く穏やかな声だった。
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