神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

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現世

桜の花

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「珈琲とサンドイッチを」

 カウンターの奥にいる高良玉垂命に注文する。

 今日は朧気の件から一週間ほど経っている。大学の帰りに寄ってみると、偶然開店していたのだ。

「かしこまりました。ちょっと待ってて下さいね」

 高良玉垂命は微笑むと素早く作業を始める。
 ぼんやりと外の様子を眺める。くたくたになって足取りが重いサラリーマン、買い物の袋を下げて歩く主婦。窓から見える景色だけでも、沢山のストーリーがあって。

「お待たせしました」

 高良玉垂命はカウンターに珈琲とサンドイッチを置く。

「あ、いただきます」

 一言そう言い、珈琲を啜る。

 ほろ苦い風味が口の中に広がり、頭の中をスッキリとさせる。ほどよい酸味が口の中に残り、それでいて全く嫌みが無い。

「美味しいです」

「ありがとうございます。それで、何か悩みでもありますか?」

 表情に何か出ていたのだろうか。

「いえ、悩みではないのですけど、神様にも妖怪にも物語があるなと」

「朧気と覚のことですね」

「ええ、朧気の悩みの理由は悲しかったから。それが、人間よりも人間らしく感じるんです」

 町が、人がいなくなって悲しみ。
 悲しくて記憶を消したいと思った。

「悠久を生きていれば、人間らしい悩みなんていくつも生まれてきますよ。朧気はまだ若いですからね」

 高良玉垂命はそう言いきる。。だとしたら高良玉垂命はいったい何歳なのか。そもそも人の年齢を当て嵌めること自体が馬鹿げたことなのかもしれない。

「…朧気の社は大丈夫なんですかね」

「どうでしょう。こればかりは人の気持ちとお金次第だと思います」

「やはり人の都合でなんですね。もし、取り壊されたりしたら、朧気はどうなるんですか?」

高天原たかまがはらに還るか、妖怪に還るかでしょう」

 妖怪に還るとはどういうことなのか、神という存在は妖怪と同義なのか。

「神様が妖怪に?」

「ええ、もともと朧気は妖怪でしたので、のちに村人に神格化されたんです」

「へええ、妖怪が神になったり、神が妖怪になったりするんですね」

 高良玉垂命はクスリと笑う。

「人も神になったり、妖怪になったりするじゃないですか」

「…え?」

「天満宮の菅原道真すがわらのみちざね貞子さだこといったものたちは元は人でしょう?」

 確かに言われてみれば、故人の神社などあらゆるところに建てられているものだ。

「貞子って本当にいるんですね」
「はい、ただのツンデレでした」

 日本の国民的お化けをそう切って捨てるあたり、さすがは神だと感じたりする。

「久しぶりじゃのぉ」

 横の席に宇迦之御魂うかのみたまがいた。

「は…」

 あまりにも自然に出現しすぎて、ことばを失ってしまう。

 とうの宇迦之御魂はというと、喫茶店だというのにお茶とせんべいで、てぃーたいむを楽しんでいた。

「久しぶり」

 高良玉垂命が短く言う。

「ずっと、神社の中におるのも疲れるものじゃ。少しばかり、違う空気も吸いたくなっての」

 相変わらず古くさい言葉遣いだが、やはり見た目が幼いとなんとなく違和感がある。

 宇迦之御魂は巫女服で湯飲みを倒さないように、袖を押さえてから、せんべいを手に取る。

「分かります。私も高良大社に戻ることなんて滅多にないから」

 高良玉垂命も同じ感覚のようだ。神様あるあるというやつだろうか。そう思う自身も、休日は外にいることの方が多い。

「そうじゃろう?」

 宇迦之御魂はせんべいをバリバリと食べながら笑う。えらく食べ方が綺麗で、無駄に長く生きるとそういった些細なことも上達していくものなのか。

「ところでな、先日うちの社にこのような物が奉納されたのじゃが」

 宇迦之御魂が懐から1つの物を取り出す。
 それは花だった。

「桜の花?綺麗ですね」

 枝ごと切り取られた桜の花だ。まるで切られてしまったことに気づいていないように毅然と花を咲かせている。

「ですが、この季節に?」

 高良玉垂命が疑問を口にする。

 今は秋だ。今の季節では桜は花はおろか、葉さえも色をつけ散り始める季節だ。

「うむ、それが不思議でな。実はこれは一週間前に奉納されたものなのだ」

「一週間前に!?」

 さすがに驚きだ。

 温室などを使えば今の季節に花をつかせることも可能かもしれないが、1週間も花が散らないとはどういうことだろう。

「呪、いや祝ですか…」

 高良玉垂命が呟く。この流れはなんとなく見たことがあるような気がする。

「うむ、その類じゃないかのぉ」

「…呪いか」

 小さくつぶやいた言葉は、二柱ふたりに届くことはなく、虚空に消える。

 また何か、不思議なことが起きるのか、僕の心の中は好奇心と期待感で満たされていた。
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