神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

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現世

兎角儚く

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 数日してのこと、僕と高良玉垂命は稲荷神社に赴いていた。

 その日は雨で、秋風に冷やされた雨粒は氷のように冷たかった。

「……ごめんなさいね。付き合わせてしまって」

 高良玉垂命が申し訳なさそうな表情をする。
 そんなことはないですよと、言いつつ、僕は辺りを見回す。

 稲荷神社は美しい薄紅色で輝いていた。境内の桜が満開なのだ。 

「それにしても、これは…」

 冷たい秋風は境内にも吹き込んでいるのだが、桜の枝は揺れるだけで花びらが散ることはない。雨に濡れてもよりいっそう輝くばかりで、また散らない。

「彼岸に近いものしか見れないようですね」

 高良玉垂命はある方向に目を向ける。つられて目を向けると、そこには女性がいた。女性は小さな子供と手を繋いでいて、恐らく親子だろう。

 親子は拝殿でお参りをすると、すぐに鳥居の方に戻っていく。満開の桜には目もくれない。

「あの親子には見えないんですね」
「ええ」

 虚しさが脳裏をよぎる。
 あの親子にも見せられたらいいのに。

「この桜はここに存在するのでしょうか?」

「存在していますよ。少なくとも、私たちにとっては」

「…私達にとっては?」

 思わずおうむ返しに質問してしまう。

「これが見えない人にとっては、それは存在していないと同義なんです」

 高良玉垂命は桜の木に近づくと、枝先を折り取る。桜は折られても折られたと気づいていないように、花は凛として咲いている。

「おお、お主ら来ておったのか?」

 幼くも渋い声が聞こえた。
 この声は十中八九、宇迦之御霊のものだ。

「ええ、LINEで桜の写真を見たので気になってしまって」

 高良玉垂命が答える。

 宇迦之御霊は社から出てくるところだった。彼女は雨が降っているのにも関わらず、そのまま出てくるのだが、不思議と濡れる様子はない。

 そして、相も変わらず巫女装束なのだった。

「そうじゃろ?桜は美しいといえば美しいのじゃが、少し不気味での」

 宇迦之御霊が桜を見つめる。

「桜はいつからこうなったんですか?」

 少し質問してみる。

「喫茶店に枝を持っていって、その明後日の夜のことじゃ。夜の散歩をしたくてな、境内に出たんじゃが、妙に明るいのじゃ」

「それって」

「うむ、桜が咲いておった。綺麗なのじゃが、同時に恐怖も覚えた」

 聞いているだけで、その場面が想像できる。
 夜の暗闇に浮かび上がる桜。それは美しくも、怖く。そして、儚い。

「誰の仕業なのでしょうか?」

「ふむむ、桜といえば一人しか思い付かぬが、いやしかし」

 宇迦之御霊は首を捻る。

木花咲耶姫このはなさくやひめですね?」

 高良玉垂命がいう。

「うむ」

 宇迦之御霊は頷く。しかし、表情は釈然としない様子だ。

「木花咲耶姫は桜の化身と謳われ、御神体はかの山嶺、富士じゃ。彼女は季節を自然を大事にするよき神じゃ。みだりに、このようなことはせんと思うんじゃが」

 木花咲耶姫と言えば、そこかしこで耳にする神様だ。特に最近のゲームじゃ桜とセットになって幾度となく登場している。

「けど、桜といえば木花咲耶姫ですよね?」
「うむ、1度会ってみるかのぉ」

 宇迦之御霊はちょっと待っておれと言うと、スマートフォンをいじる。

 どうやらどこかに電話をかけるようだ。

「あ、もしもし、ワシじゃけど」

 しばらくすると、繋がったようで相手と会話を始める。微かに相手の声が聞こえてくるが、話の内容までは分からない。

「じゃあ」

 そう言って通話を切る。

「待たせたのぉ」
「相手は木花咲耶姫?」

 高良玉垂命が聞く。

「そうじゃ、明後日は暇をしているそうじゃぞ?」

「明後日、火曜日か。講義は昼までだから、それからなら行けそうです」

「お、やはり、科斗もいくきじゃな?」

 宇迦之御霊がそう反応してはじめて、これは人の起こしている事柄ではないことに気づく。

「勿論ですよ。気になって夜も寝られませんから」

「ふむ、そうじゃのお」

「それで明後日はどこに行くの?」

 高良玉垂命が聞く。

「それは、富士しかなかろう?」
「えっと移動手段は?」

「ワシはかの稲荷神社主祭神ぞ?近くの社までひとっ飛びじゃ!」

 宇迦之御霊はさも当然のように言い切る。
 今後、いくら飛行機や電車など交通機関が発達しようとも、『ひとっ飛びじゃ!』には敵わないだろうと思った。
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