神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

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現世

ヒューマネット

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 早く来すぎただろうか。

 次の日は休講だと言うことを言い忘れていた。いつものようにするなら、学校が終わる頃の時間に高良玉垂命も来るはずだ。

 だとすれば、あと2時間ほど暇というわけだ。

「どうするかな…」

 自然と独り言が漏れる。
 と言っても、それが聞こえる人はいるわけもなく、言葉は虚空に消えて行く。

 あの幽霊は何を思って、この世にとどまり続けているのだろう。

 あの桜木が生前に神社に持ち込んだものなら、死ぬ前に桜を見るという願いは叶っている訳なのだ。

「なぜ、あの人は…」

 知らぬ間に声が出る。

「あの人とは?」

 少年の声が聞こえた。
 気づくと、目の前に黒装束の少年が佇んでいた。

 この姿は紛れもなく、朧気の一件で記憶を奪っていったあの妖怪だ。名前は確か。

「…さとりさん?」
「僕のこと覚えていてくれたんだね」

 覚は無表情に言う。しかし、何処か嬉しそうな感じだ。

「もちろんです」

「ありがとう、でも覚さんはやめてほしいな」

「どうしてですか?」

「覚っていうのは所謂、種族の名前なんだよ。だから、人間さんって言っているようなものなんだ」

 なるほど、確かに種族の名前、しかもそれに『さん』までつけられて呼ばれるのはいい気分ではないだろう。

「だったら、なんと呼べばいいですか?」

「もちろん、名前だよ。僕の名前は人夜途ひとのよみち

「ひとのよみち…何か」
「不思議な名前?」

 言おうとしたことを、言われてしまう。

「ええ」
「そうだね、人にとってはかもね」

 覚はそれ以上は深く言わなかった。

 恐らく知ってもどうしようもないことだと思うし、なにより知らない方がいいと感じた。

「…ところで、稲荷神社で何してたの?お花見?」

 覚はふと気づいたように最初の問題に立ち返る。

「えーとですね、この桜を満開にさせている幽霊をどうにか成仏できないかと…」

「へぇー、この桜は幽霊が咲かせているんだ。やるねー、人の子も」

 覚は素直に驚いた表情をする。
 見た目は少年なので、どうにもあどけない表情になっているが、どこか怖い。

「成仏は人の心残りが主な原因だ。心残りはどこで生まれるかというと、記憶な訳だ」

「つまり…」

 覚は頷く。

「そう、単純に言ってしまえば、心残りになる原因の記憶を奪ってしまえばいいんだ」

 言われてみると単純な理屈だ。その単純さゆえに、説得力がある。ただ。

「…なんとなく、嫌です。成仏は出来るかもしれないですけど、彼女はそれで幸せなのかな」

 覚に言うというよりも、自分自身に問いかけるように言葉を紡ぐ。

 幽霊の幸せというのは、なかなかピンとくるものではない。ただ、これは恐らく自己満足なのだろう。

 人の役に立ったという。

「やっぱり、そう言うと思ってた。人はね、他から自身を学ぶ生き物なんだ。だから、人は他の幸せを願うし、行動する」

「ええ、ですが、それはただの自己満足ですよ」

「だから、すごいのさ。他人を幸福にさせて自己満足できることがね」

 覚はそう言いきる。

 なるほど、見方を変えれば、そう捉えることもできるのか。 

「妖怪はね、自分のために生きているのさ。神も同じようなもの」

 妖怪も神も自分のために生きている。

 人間も同じようなものだろう。ただ、人は他と関わりながら成長する。人は自分の為だけに生きることは不可能なのだ。

「なんとなく分かる気がします」

「うん、まあ、とにかく、幽霊を成仏させたいなら、個ではなく輪で考えてみると早いかもね」

 覚は空を見上げながらそう言う。

 そして、ふと見ると姿が消えてしまっていた。最後に『僕は人を知りすぎた』という言葉を残して。

「個ではなく輪で…」

 そして、1人呟く。

「あ…」

 少し思い付いた。
 高良玉垂命と宇迦之御霊が来たら少し話してみよう。

 もしかしたら、上手くいくかもしれない。
 
 
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