神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

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現世

ひとの望み

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「あの人は、亡くなったのか」

 宇迦之御霊は女性を見つめそう呟く。

 女性は相変わらず桜に木の下に、佇んでいる。まるで、何かを待っているかのように。桜は彼女を包むように咲いている。

 そうこうしている内に、だんだんと夜のとばりは降りてくる。やがて、完全に日の光は消えてしまう。

 しかし、何故か明るい。
 今日が満月だからか、街灯のせいか、今も満開の桜か、仄かに光る幽霊のせいか。

「宇迦之御霊命、あなたが話しかけなければいけませんよ」

 高良玉垂命が静かに口を開く。

「…もちろんじゃ」

 宇迦之御霊はゆっくりと頷くと、しっかりとした足取りで女性に近づく。

「お主は桜が好きじゃったな?」

 宇迦之御霊は確認するように、女性に話しかける。

 女性は話しかけられて、初めて宇迦之御霊の存在に気づいたように、ふと宇迦之御霊を見る。

 女性はしばらく驚いた表情をしていたが、少しすると柔らかい表情になる。

「あら、神様ですか?」
「…そうじゃ」

「ありがとうございます。お陰さまでこんなに綺麗な桜を見ることができました」

 女性は深々とお辞儀をする。

「……」

「死ぬ前に桜が見たいとお願いしていましたが、死して見ることが出来るとは、思いもよりませんでした」

 女性は嬉しそうに話す。
 話している姿は、とても死んでいるとは思えない。

 しかし、お陰さまでというのは、どういうことだろうか。この桜を咲かせているのは宇迦之御霊ということなのか。

「…神社に桜を奉納してくれたのは君かい?」

 宇迦之御霊は続けて質問する。

「はい、あまりにも綺麗だったので。あらでも、それはまだ生きている間のこと?」

 女性は首をかしげる。

「それはどこからとってきたのじゃ?」
「病院です。私が死んだ病院」

 生きている時に桜を見たのなら、死ぬ前に桜をも一度見たかったという願いは叶ったはずだ。なのに、どうして彼女はここにいるのか。

 ふと見ると、女性は姿を消していた。

「あれ…?」

「幽霊は時として気まぐれなものです。また明日、来れば会えるはずです」

 高良玉垂命が静かに言う。
 宇迦之御霊はしばらくの間そこに立ち尽くしていた。

 神は死んでいくものに、言葉をかけられない。死なない存在ゆえに。

「あのお婆ちゃんの望みを初めて知った。神は万能ではないのじゃ。言葉にせぬ限り、内に秘めた望みを知ることも叶わぬ」

 宇迦之御霊は悔しそうに、いや悲しそうに唇を噛み締める。

「…あの、病院に行ってみませんか?」

 2柱ふたりに声をかける。

 病院に何かがあるというわけではない。 
 ただ、あの女性を成仏させるには、あの人がたどった道のりを知ることが良いように思えるのだ。

「ええ、私も賛成です」
「ワシも行ってみようかのぉ」

 2柱の了解を得たところで、急におなかがすくのを感じた。

 思えば、昼軽く食べたあと、ずっと口に入れていないのだ。

「明日にしましょう」

 高良玉垂命が言う。僕の様子を見て言ったのか、それともただ普通に夜だからか。どちらにしても嬉しい提案だ。

「はい」
「うむ」

 二人は頷く。

 その後は特に話すこともなく宇迦之御霊は社に、高良玉垂命は瞬きをする間に姿を消した。
 明日はどういう一日になるのか、今からでも興奮している自分がいた。
 
 自分の人生に色がつき始めたのだとしたこの頃からだろうか。
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