神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹

文字の大きさ
21 / 45
現世

ひとの望み

しおりを挟む
「あの人は、亡くなったのか」

 宇迦之御霊は女性を見つめそう呟く。

 女性は相変わらず桜に木の下に、佇んでいる。まるで、何かを待っているかのように。桜は彼女を包むように咲いている。

 そうこうしている内に、だんだんと夜のとばりは降りてくる。やがて、完全に日の光は消えてしまう。

 しかし、何故か明るい。
 今日が満月だからか、街灯のせいか、今も満開の桜か、仄かに光る幽霊のせいか。

「宇迦之御霊命、あなたが話しかけなければいけませんよ」

 高良玉垂命が静かに口を開く。

「…もちろんじゃ」

 宇迦之御霊はゆっくりと頷くと、しっかりとした足取りで女性に近づく。

「お主は桜が好きじゃったな?」

 宇迦之御霊は確認するように、女性に話しかける。

 女性は話しかけられて、初めて宇迦之御霊の存在に気づいたように、ふと宇迦之御霊を見る。

 女性はしばらく驚いた表情をしていたが、少しすると柔らかい表情になる。

「あら、神様ですか?」
「…そうじゃ」

「ありがとうございます。お陰さまでこんなに綺麗な桜を見ることができました」

 女性は深々とお辞儀をする。

「……」

「死ぬ前に桜が見たいとお願いしていましたが、死して見ることが出来るとは、思いもよりませんでした」

 女性は嬉しそうに話す。
 話している姿は、とても死んでいるとは思えない。

 しかし、お陰さまでというのは、どういうことだろうか。この桜を咲かせているのは宇迦之御霊ということなのか。

「…神社に桜を奉納してくれたのは君かい?」

 宇迦之御霊は続けて質問する。

「はい、あまりにも綺麗だったので。あらでも、それはまだ生きている間のこと?」

 女性は首をかしげる。

「それはどこからとってきたのじゃ?」
「病院です。私が死んだ病院」

 生きている時に桜を見たのなら、死ぬ前に桜をも一度見たかったという願いは叶ったはずだ。なのに、どうして彼女はここにいるのか。

 ふと見ると、女性は姿を消していた。

「あれ…?」

「幽霊は時として気まぐれなものです。また明日、来れば会えるはずです」

 高良玉垂命が静かに言う。
 宇迦之御霊はしばらくの間そこに立ち尽くしていた。

 神は死んでいくものに、言葉をかけられない。死なない存在ゆえに。

「あのお婆ちゃんの望みを初めて知った。神は万能ではないのじゃ。言葉にせぬ限り、内に秘めた望みを知ることも叶わぬ」

 宇迦之御霊は悔しそうに、いや悲しそうに唇を噛み締める。

「…あの、病院に行ってみませんか?」

 2柱ふたりに声をかける。

 病院に何かがあるというわけではない。 
 ただ、あの女性を成仏させるには、あの人がたどった道のりを知ることが良いように思えるのだ。

「ええ、私も賛成です」
「ワシも行ってみようかのぉ」

 2柱の了解を得たところで、急におなかがすくのを感じた。

 思えば、昼軽く食べたあと、ずっと口に入れていないのだ。

「明日にしましょう」

 高良玉垂命が言う。僕の様子を見て言ったのか、それともただ普通に夜だからか。どちらにしても嬉しい提案だ。

「はい」
「うむ」

 二人は頷く。

 その後は特に話すこともなく宇迦之御霊は社に、高良玉垂命は瞬きをする間に姿を消した。
 明日はどういう一日になるのか、今からでも興奮している自分がいた。
 
 自分の人生に色がつき始めたのだとしたこの頃からだろうか。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

処理中です...