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スコーピオの女 情欲の章
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「頼む!やめてくれ!麻耶とは別れるから」
柏木が悲痛な声で訴える。僕は緩み始めたロープに気づき周囲を見渡し、こっそりとほどく。僕がいる場所から上座に組長がおり、掛け軸と黒光りしたおそらく黒檀の木刀が二本飾られている。――二メートルか……。
一か八かダッシュで木刀を一本手に取った、と同時に組長も手早くもう一本を手に取った。
「オヤジっ!」
「てめえっ」
「静かにしろい。あんた。素人さんでしょ。それをどうする気だい」
あまりの迫力に足がすくむ。
「麻耶を離してもらえませんか」
僕は木刀を下段に構えた。
「あんた。なかなかいい構えするじゃねえか。その女とおめえさんはどんな関係だい?間夫か?」
「いえ。学生時代の友人で今日、偶然会っただけです」
「ちっ。全く関係ない素人さん連れてきちまったのかい」
ぎろりと三人組の手下を睨むと男たちは面目なさそうに頭を下げた。
「興ざめだな。よし。じゃ柏木。そこでその女とやれ。若いもんは使いもんになんねえ。いつも通りその女がヒーヒーいうとこわしらに見せたら勘弁してやろう」
僕が驚いてピクリと動くと喉元にひんやりとした黒檀の木刀が当たった。
「じっと見てな。これぐらいで勘弁してやろうっていうんだ」
黒いスーツの男が柏木を両脇から抱え裸の麻耶の前に投げ出した。柏木は麻耶と見つめ合っている。
「早くしねえか」
意を決したように柏木は土下座をし「できません!」と叫んだ。ダークグレーのジャケットを脱ぎ麻耶の身体にかけた。
「言う通りにしますから、勘弁してください」
「だから姦れと言ってるんだ」
柏木の隣に麻耶が並んで土下座をし、覚悟を決めた声で訴えかける。
「組長さん!彼はできないんです!」
「麻耶!やめろ!」
「あたし、あたし、彼には指一本触れられてません!」
鎮まりかえっていたいた座敷にざわめきがよみがえる。
「どういうことでえ。説明しろ、柏木」
諦めた表情で柏木は重い口を開いた。
「三年前の傷で俺あもう男としての機能は失われてるんです」
「まさか、俺をかばったときの傷か」
柏木はコクリと頷いた。
――三年前、組の抗争で組長が刺されそうになった時、柏木が身を挺しその刃を腹に受けた。その時の傷が元で勃起不全に至っているようだった。
「じゃあ……。リカの腹の子は……。おいっ!リカを呼んで来い!」
慌ただしく手下たちはリカを呼びに座敷を飛び出していった。
僕は修羅場がいったん落ち着いたので木刀を飾り棚に返して座り込んだ。
柏木は麻耶に優しく服を着せてやっている。仲睦まじい様子はつがいの小鳥のようだ。妖艶なバンプそのものの麻耶がまるで清純な少女のような様子に僕は驚いていた。
しばらくするとガタガタとリカがやってきて襖を乱暴に開けた。
「パパ~?こらしめてやってくれたあ?」
のん気そうに言う彼女に組長は静かに「そこへ座れ」と指示する。
リカはドカッと胡坐をかいて座った。
「リカ。おめえの腹の子は誰だ」
彼女はかっと目を見開き顔色を変えると落ち着きなく目を泳がせた。
「そ、そんなの、決まってるじゃん」
見えない強いプレッシャーに耐えきれなくなったのは黒いスーツを着た三人組の中の一番小柄な男だった。
「すみませんっ!オヤジ!スミマセンっ」
頭をこすりつけるように土下座をし男は謝り続けた。
「りゅうのじ。てめえが」
かっとなった組長が木刀を振りかざす。そこへ柏木が男の身体の上に覆いかぶさり思い木刀の一撃を肩に受けた。
「ぐっ、うぅ」
「柏木!」
「あにいっ!」
「へ、平気だ」
平気ではないだろう。恐らく脱臼はしたはずだ。
「柏木さん!」
麻耶が駆け寄る。
「全くなにがどうなってやがんだ!リカ!おめえが全部話せ」
リカはしぶしぶダルそうな口を開き話し出した。
――リカと柏木の結婚は組長が決めたもので、跡目を柏木に譲るつもりでもあったようだ。しかし年齢も価値観も何もかも合わず肉体関係もない結婚生活はリカにとって何の魅力もなかった。組長の一人娘と言う自覚はあったので離婚を考えることはなかったが気が付けば歳の近い竜二と関係を持っていた。恐らく柏木は気づいていたが何もリカには言わないことをいいことに腹の子も柏木の子として産んで育てるつもりだったようだ。形式上このまま上手くいく予定だった。柏木が麻耶と出会う前では。
麻耶はこの組のシマでホステスとして働いていたらしく。柏木とは顔見知り程度であった。ただならぬ色香のせいで麻耶は昼の仕事は男とトラブルが続き夜の世界へと身を投じていたようだ。それでも彼女を付け狙う男が多く、ある晩ビルの隙間で襲われそうになったところを柏木に助けられたのだと言う。
渋い表情で組長は唸った。
やっと木刀を飾り棚に戻し、パンパンと手を叩いた。和服を着た年配の女中がやってきた。
「柏木を小林先生に診せてやってくれ」
「かしこまりました」
柏木は少し呻いたが立ち上がり麻耶に一瞥をくれその場を去った。
組長はリカと竜二の二人を並べて座らせ問うた。
「で、どうしたいんでい」
「リカは、リカは……。竜ちゃんと一緒になりたいの!」
「りゅうのじはどうなんでい」
「お、俺、お嬢さんのそばに居られるんだったらなんでもいいんです」
「ふんっ」
鼻を鳴らした後組長は大きくため息をついて若い二人に告げる。
「おめえらの好きにしたらいいや」
「いいの?好きにして……?」
「腹の子を大事にしろよ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
竜二は何度も頭を下げ繰り返した。リカはその姿を涙を流しながら見つめ、自身の腹を大事そうに擦った。二人が静かに座敷を出て行ったあと包帯を巻かれた柏木が戻ってきた。
「具合はどうだ?」
「打撲です」
「おめえも丈夫な男だなあ。そこに座れ」
僕、麻耶、柏木と三人が横並びに座ることになった。ほかの組員は席から外し四人だけになった。
「おめえはどうしたいんだ」
「こいつと一緒になって……。できれば堅気になりたいです」
「あんたは?」
「あたしも柏木さんと一緒に居たいです」
「はあ。おめえらも好きにしな。俺あ疲れた。まあ一番俺が悪いのかもな。いいと思ってリカと結婚させたんだが……。あのアマッコも甘やかせすぎちまったようだし」
「オヤジ……。すみません」
「時代かもな。とりあえず今日はけえれ」
「はい。失礼します。麻耶行こう」
「ええ」
麻耶はちらっと僕を心配そうに見たが微笑んで目配せすると柏木とともに部屋を去った。組長と二人きりになってしまった。
「じゃ、僕もこれで失礼します」
「すまねえな。巻き込んじまって」
「い、いえ」
「ところでどこで剣術を習ってたんだ?」
「松永紫雲先生のところです」
「やっぱりな。俺も門弟だったんだ。もう顔を合わせられることはできねえけどよ」
「そうでしたか」
「あんたは紫雲先生の望んだとおりの門弟みたいだな。そのまま頑張れよ」
「ありがとうございます」
ふっと組長は遠くを見つめ一瞬少年のような目の輝きを見せさっと踵を返した。風格と哀愁を感じさせる背中を見守っていると目の前に黒塗りの高級車が停まり「どうぞ」と声を掛けられた。こんな車に乗るのは最初で最後だろうと脱力し、柔らかい黒のレザーに身を深く沈めて足を伸ばした。
数日後、スクールの駐車場で麻耶が待ち伏せをしていた。勿論、車に乗りこんでき、少し走らせ、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入った。
「この前はごめんね」
「まあ……。俺には特に被害がなかったから。で、これからどうするの」
「彼と結婚するの。彼は組長の口利きで製材所で働けることになったのよ。あたしも小さな園芸ショップでバイトさせてもらうの」
頬を染めた麻耶はつつましい生活になるだろうに夢を見る少女のようだった。
「そうか。でも……。あの……」
「んん?はっきり言えばいいじゃない」
「彼、だめなんだろ?麻耶は平気なのか」
麻耶はぷっと吹き出して「やあねえ」と明るく笑う。
「ほしき。あたしはね。」
一呼吸置き麻耶はコーヒーカップの白い縁を見た。
「まだほしきしか知らないのよ」
「えっ!」
驚いて思わず立ち上がろうとしテーブルをがたっと鳴らしたせいで他の客からチラッと見られてしまう。
「やだ。――きっとほしきはあたしのこと男なしじゃいられないと思ってるんでしょ」
「いや、そんなことはないけど。――驚くよ」
「まあねえ。セカンドバージンもいいところよねえ」
あの座敷での男四人を相手取りおとしていく様子を目の当たりにすると信じられなかった。しかしあのテクニックは麻耶が身を守るための術だったのだ。
「男ってとりあえずイかせたら大人しくなるじゃない」
「やっぱり苦労したんだな……」
「お互いさまでしょ」
「え、いや、まあ」
「でもあっちの方は心配しなくても大丈夫よ。いい先生を見つけたの。表向きはアーユルヴェーダと整体の先生なんだけど、実はカーマスートラの達人なのよ。そもそも彼、身体の機能は治ってるらしいもの」
「な、なんかすごそうだな」
「きっとセックスのプロフェッショナルね。ほしきにもその先生の居所教えといてあげる。どうも一か所で長く診ないらしのよねえ」
麻耶の話を聞きながら自分の『セックス鑑定』についてぼんやりと思いを馳せた。観ることはできても治せはしない。
「ほしき。ありがとう」
考え込みそうになったとき麻耶のクリアな声が聞こえた。
「ごめん。もっとちゃんと観ればよかった。麻耶の事」
「ううん。十分見てくれてたわよ。――なに?初めての男だからって責任感じなくていいわよ」
「ん。ありがと」
「ほしきにも最後の女が現れますように」
一撃で仕留める毒を持つ蠍は普段はひっそり息をひそめて生きている。常に毒を振りまいているわけではないのに見ただけで、存在していると思っただけで恐怖を感じる。
麻耶の情欲をあおるような催淫剤におびき寄せられる男たちは、本当は彼女の魂の奥にある深い愛に触れたいからかもしれない。麻耶を目の前にすると心より先に身体が反応してしまうだけなのだ。――男は作りが単純だからな。
しかしあの柏木と言う男が唯一麻耶の愛を、至宝を手に入れるのだ。
柏木が悲痛な声で訴える。僕は緩み始めたロープに気づき周囲を見渡し、こっそりとほどく。僕がいる場所から上座に組長がおり、掛け軸と黒光りしたおそらく黒檀の木刀が二本飾られている。――二メートルか……。
一か八かダッシュで木刀を一本手に取った、と同時に組長も手早くもう一本を手に取った。
「オヤジっ!」
「てめえっ」
「静かにしろい。あんた。素人さんでしょ。それをどうする気だい」
あまりの迫力に足がすくむ。
「麻耶を離してもらえませんか」
僕は木刀を下段に構えた。
「あんた。なかなかいい構えするじゃねえか。その女とおめえさんはどんな関係だい?間夫か?」
「いえ。学生時代の友人で今日、偶然会っただけです」
「ちっ。全く関係ない素人さん連れてきちまったのかい」
ぎろりと三人組の手下を睨むと男たちは面目なさそうに頭を下げた。
「興ざめだな。よし。じゃ柏木。そこでその女とやれ。若いもんは使いもんになんねえ。いつも通りその女がヒーヒーいうとこわしらに見せたら勘弁してやろう」
僕が驚いてピクリと動くと喉元にひんやりとした黒檀の木刀が当たった。
「じっと見てな。これぐらいで勘弁してやろうっていうんだ」
黒いスーツの男が柏木を両脇から抱え裸の麻耶の前に投げ出した。柏木は麻耶と見つめ合っている。
「早くしねえか」
意を決したように柏木は土下座をし「できません!」と叫んだ。ダークグレーのジャケットを脱ぎ麻耶の身体にかけた。
「言う通りにしますから、勘弁してください」
「だから姦れと言ってるんだ」
柏木の隣に麻耶が並んで土下座をし、覚悟を決めた声で訴えかける。
「組長さん!彼はできないんです!」
「麻耶!やめろ!」
「あたし、あたし、彼には指一本触れられてません!」
鎮まりかえっていたいた座敷にざわめきがよみがえる。
「どういうことでえ。説明しろ、柏木」
諦めた表情で柏木は重い口を開いた。
「三年前の傷で俺あもう男としての機能は失われてるんです」
「まさか、俺をかばったときの傷か」
柏木はコクリと頷いた。
――三年前、組の抗争で組長が刺されそうになった時、柏木が身を挺しその刃を腹に受けた。その時の傷が元で勃起不全に至っているようだった。
「じゃあ……。リカの腹の子は……。おいっ!リカを呼んで来い!」
慌ただしく手下たちはリカを呼びに座敷を飛び出していった。
僕は修羅場がいったん落ち着いたので木刀を飾り棚に返して座り込んだ。
柏木は麻耶に優しく服を着せてやっている。仲睦まじい様子はつがいの小鳥のようだ。妖艶なバンプそのものの麻耶がまるで清純な少女のような様子に僕は驚いていた。
しばらくするとガタガタとリカがやってきて襖を乱暴に開けた。
「パパ~?こらしめてやってくれたあ?」
のん気そうに言う彼女に組長は静かに「そこへ座れ」と指示する。
リカはドカッと胡坐をかいて座った。
「リカ。おめえの腹の子は誰だ」
彼女はかっと目を見開き顔色を変えると落ち着きなく目を泳がせた。
「そ、そんなの、決まってるじゃん」
見えない強いプレッシャーに耐えきれなくなったのは黒いスーツを着た三人組の中の一番小柄な男だった。
「すみませんっ!オヤジ!スミマセンっ」
頭をこすりつけるように土下座をし男は謝り続けた。
「りゅうのじ。てめえが」
かっとなった組長が木刀を振りかざす。そこへ柏木が男の身体の上に覆いかぶさり思い木刀の一撃を肩に受けた。
「ぐっ、うぅ」
「柏木!」
「あにいっ!」
「へ、平気だ」
平気ではないだろう。恐らく脱臼はしたはずだ。
「柏木さん!」
麻耶が駆け寄る。
「全くなにがどうなってやがんだ!リカ!おめえが全部話せ」
リカはしぶしぶダルそうな口を開き話し出した。
――リカと柏木の結婚は組長が決めたもので、跡目を柏木に譲るつもりでもあったようだ。しかし年齢も価値観も何もかも合わず肉体関係もない結婚生活はリカにとって何の魅力もなかった。組長の一人娘と言う自覚はあったので離婚を考えることはなかったが気が付けば歳の近い竜二と関係を持っていた。恐らく柏木は気づいていたが何もリカには言わないことをいいことに腹の子も柏木の子として産んで育てるつもりだったようだ。形式上このまま上手くいく予定だった。柏木が麻耶と出会う前では。
麻耶はこの組のシマでホステスとして働いていたらしく。柏木とは顔見知り程度であった。ただならぬ色香のせいで麻耶は昼の仕事は男とトラブルが続き夜の世界へと身を投じていたようだ。それでも彼女を付け狙う男が多く、ある晩ビルの隙間で襲われそうになったところを柏木に助けられたのだと言う。
渋い表情で組長は唸った。
やっと木刀を飾り棚に戻し、パンパンと手を叩いた。和服を着た年配の女中がやってきた。
「柏木を小林先生に診せてやってくれ」
「かしこまりました」
柏木は少し呻いたが立ち上がり麻耶に一瞥をくれその場を去った。
組長はリカと竜二の二人を並べて座らせ問うた。
「で、どうしたいんでい」
「リカは、リカは……。竜ちゃんと一緒になりたいの!」
「りゅうのじはどうなんでい」
「お、俺、お嬢さんのそばに居られるんだったらなんでもいいんです」
「ふんっ」
鼻を鳴らした後組長は大きくため息をついて若い二人に告げる。
「おめえらの好きにしたらいいや」
「いいの?好きにして……?」
「腹の子を大事にしろよ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
竜二は何度も頭を下げ繰り返した。リカはその姿を涙を流しながら見つめ、自身の腹を大事そうに擦った。二人が静かに座敷を出て行ったあと包帯を巻かれた柏木が戻ってきた。
「具合はどうだ?」
「打撲です」
「おめえも丈夫な男だなあ。そこに座れ」
僕、麻耶、柏木と三人が横並びに座ることになった。ほかの組員は席から外し四人だけになった。
「おめえはどうしたいんだ」
「こいつと一緒になって……。できれば堅気になりたいです」
「あんたは?」
「あたしも柏木さんと一緒に居たいです」
「はあ。おめえらも好きにしな。俺あ疲れた。まあ一番俺が悪いのかもな。いいと思ってリカと結婚させたんだが……。あのアマッコも甘やかせすぎちまったようだし」
「オヤジ……。すみません」
「時代かもな。とりあえず今日はけえれ」
「はい。失礼します。麻耶行こう」
「ええ」
麻耶はちらっと僕を心配そうに見たが微笑んで目配せすると柏木とともに部屋を去った。組長と二人きりになってしまった。
「じゃ、僕もこれで失礼します」
「すまねえな。巻き込んじまって」
「い、いえ」
「ところでどこで剣術を習ってたんだ?」
「松永紫雲先生のところです」
「やっぱりな。俺も門弟だったんだ。もう顔を合わせられることはできねえけどよ」
「そうでしたか」
「あんたは紫雲先生の望んだとおりの門弟みたいだな。そのまま頑張れよ」
「ありがとうございます」
ふっと組長は遠くを見つめ一瞬少年のような目の輝きを見せさっと踵を返した。風格と哀愁を感じさせる背中を見守っていると目の前に黒塗りの高級車が停まり「どうぞ」と声を掛けられた。こんな車に乗るのは最初で最後だろうと脱力し、柔らかい黒のレザーに身を深く沈めて足を伸ばした。
数日後、スクールの駐車場で麻耶が待ち伏せをしていた。勿論、車に乗りこんでき、少し走らせ、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入った。
「この前はごめんね」
「まあ……。俺には特に被害がなかったから。で、これからどうするの」
「彼と結婚するの。彼は組長の口利きで製材所で働けることになったのよ。あたしも小さな園芸ショップでバイトさせてもらうの」
頬を染めた麻耶はつつましい生活になるだろうに夢を見る少女のようだった。
「そうか。でも……。あの……」
「んん?はっきり言えばいいじゃない」
「彼、だめなんだろ?麻耶は平気なのか」
麻耶はぷっと吹き出して「やあねえ」と明るく笑う。
「ほしき。あたしはね。」
一呼吸置き麻耶はコーヒーカップの白い縁を見た。
「まだほしきしか知らないのよ」
「えっ!」
驚いて思わず立ち上がろうとしテーブルをがたっと鳴らしたせいで他の客からチラッと見られてしまう。
「やだ。――きっとほしきはあたしのこと男なしじゃいられないと思ってるんでしょ」
「いや、そんなことはないけど。――驚くよ」
「まあねえ。セカンドバージンもいいところよねえ」
あの座敷での男四人を相手取りおとしていく様子を目の当たりにすると信じられなかった。しかしあのテクニックは麻耶が身を守るための術だったのだ。
「男ってとりあえずイかせたら大人しくなるじゃない」
「やっぱり苦労したんだな……」
「お互いさまでしょ」
「え、いや、まあ」
「でもあっちの方は心配しなくても大丈夫よ。いい先生を見つけたの。表向きはアーユルヴェーダと整体の先生なんだけど、実はカーマスートラの達人なのよ。そもそも彼、身体の機能は治ってるらしいもの」
「な、なんかすごそうだな」
「きっとセックスのプロフェッショナルね。ほしきにもその先生の居所教えといてあげる。どうも一か所で長く診ないらしのよねえ」
麻耶の話を聞きながら自分の『セックス鑑定』についてぼんやりと思いを馳せた。観ることはできても治せはしない。
「ほしき。ありがとう」
考え込みそうになったとき麻耶のクリアな声が聞こえた。
「ごめん。もっとちゃんと観ればよかった。麻耶の事」
「ううん。十分見てくれてたわよ。――なに?初めての男だからって責任感じなくていいわよ」
「ん。ありがと」
「ほしきにも最後の女が現れますように」
一撃で仕留める毒を持つ蠍は普段はひっそり息をひそめて生きている。常に毒を振りまいているわけではないのに見ただけで、存在していると思っただけで恐怖を感じる。
麻耶の情欲をあおるような催淫剤におびき寄せられる男たちは、本当は彼女の魂の奥にある深い愛に触れたいからかもしれない。麻耶を目の前にすると心より先に身体が反応してしまうだけなのだ。――男は作りが単純だからな。
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