104 / 140
第三部
11 夫婦
しおりを挟む
休日の昼間、のんびり過ごしている直樹のもとへ、かつての林業組合員で今は退職した望月の妻から電話がかかってきた。
高齢の望月は今、入院し直樹に会いたがっているとのことだった。
「ちょっと病院に行ってくるよ」
緋紗に事情を告げて素早く支度をした。
「うん。いってらっしゃい。ゆっくりしてきて」
「そうだね。おじい様孝行してくるよ」
明るく言う直樹の背中に、緋紗には悲しそうな寂しそうなものを感じて静かな気持ちでで見送った。
『望月 悟』
一つしかない名札を確認して病室に入ると相部屋らしく四つベッドがあった。
望月がいるベッドの横にさっき電話をかけてきた妻の園子が静かに座っている。
「失礼します。大友です」
直樹は静かに声を掛けた。
園子が静かな微笑みで頭を下げながら「ああ。大友さん。来て下さって、まあ。あなた、大友さんよ」 と、望月を少し揺すった。
「ん。うん?おお、直樹来てくれたのか」
身体を起こして望月は機嫌良さそうな顔で直樹に言う。(痩せたな)
山の中で仕事を始めて教わった時、直樹は二十八歳で望月は六十歳だった。
直樹にとって望月は先輩であり師であり父親同然だ。
仕事上の技術もさることながら精神性、人生観なども大きく影響を受けている気がする。
素直に慕っていると言える人物だった。
「お久しぶりです」
直樹は深々と頭を下げ、望月の好きな香美堂のプリンを渡した。
「おお。覚えてくれてたのか。嬉しいなあ」
少し痩せた顔を綻ばせて望月はプリンを眺めた。
「ありがとうございます」
園子が頭を下げた。
「いえ。ご迷惑じゃなかったらいいんですが」
直樹は恐縮してまた頭を下げた。
「おとうさん、ちょっと飲み物でも買ってくるわね。よかったらゆっくりしてくださいな」
「あ、お構いなく」
園子は病室を出て行った。
「どうだ?調子は」
「まあまあです。新人も入ってきてちょうど続くかどうかの瀬戸際ですね」
「直樹。立派になったなあ」
嬉しそうに目を細めて言う望月を見ていると直樹は泣きたくなった。
「いえ。望月さんが俺に色々教えてくれたから……」
「そんな顔するな。全くお前は昔から素直な奴だなあ」
望月はあははと明るく笑う。
「最後にお前を育てられてよかったよ。真っ直ぐな樹になった」
「ありがとうございます。俺も望月さんのおかげでずっと続けられています」
「安心して逝ける。お前がいてお前がまた誰か育てて。樹も森も育って。こうやってお前と話すだけで山の中にいるような気分だ」
望月の言葉に直樹は涙をこらえることができなくなっていた。
「お前みたいないい男泣かすなんて俺もまんざらじゃねえな」
面白そうに言われて直樹も少し笑った。
「まあ嫁は泣かさないようにな。俺はちょっと泣かしちまったがよ」
「頑張ります」
園子が病室に戻ってきた。
「コーヒーどうぞ」
「すみません。いただきます」
少し鼻の下をこすって眼鏡を直し直樹はコーヒーを啜った。
「今、困ったことがあるんじゃないのか」
「ないわけじゃないですけど、何とかなると思います」
昔から直樹の様子を察して望月はさりげなく気遣ってくれていた。
「うんうん。まだこれから色々あると思うけど大丈夫そうだな。でも頼れるときはちゃんと人を頼るんだぞ」
「はい」
「俺の身体がなくなるだけだ。そんな辛そうな顔すんじゃねえよ」
望月は何でもないことのように言う。
「そうかもしれないですけど、まだそんな達観できませんよ」
直樹は少し微笑んで返すと、園子が静かに話す。
「この人と一緒になって色んなことがあったけど、やっぱりこの人で良かったと思うんですよ。私の時代にはまだまだ女には選べないことも多かったけど今でもきっとこの人を選ぶと思うのよね」
「おい。直樹の前で恥ずかしいこと言うんじゃねえ」
照れて望月は布団をかぶり中から言った。
「俺もお前を選ぶよ」
園子は笑いながら泣いた。
直樹は自分たちもいつかこんな夫婦になれるようにと願う。
そして望月から受け取ったものを次の世代を担う人に渡していこうと改めて思うのだった。
高齢の望月は今、入院し直樹に会いたがっているとのことだった。
「ちょっと病院に行ってくるよ」
緋紗に事情を告げて素早く支度をした。
「うん。いってらっしゃい。ゆっくりしてきて」
「そうだね。おじい様孝行してくるよ」
明るく言う直樹の背中に、緋紗には悲しそうな寂しそうなものを感じて静かな気持ちでで見送った。
『望月 悟』
一つしかない名札を確認して病室に入ると相部屋らしく四つベッドがあった。
望月がいるベッドの横にさっき電話をかけてきた妻の園子が静かに座っている。
「失礼します。大友です」
直樹は静かに声を掛けた。
園子が静かな微笑みで頭を下げながら「ああ。大友さん。来て下さって、まあ。あなた、大友さんよ」 と、望月を少し揺すった。
「ん。うん?おお、直樹来てくれたのか」
身体を起こして望月は機嫌良さそうな顔で直樹に言う。(痩せたな)
山の中で仕事を始めて教わった時、直樹は二十八歳で望月は六十歳だった。
直樹にとって望月は先輩であり師であり父親同然だ。
仕事上の技術もさることながら精神性、人生観なども大きく影響を受けている気がする。
素直に慕っていると言える人物だった。
「お久しぶりです」
直樹は深々と頭を下げ、望月の好きな香美堂のプリンを渡した。
「おお。覚えてくれてたのか。嬉しいなあ」
少し痩せた顔を綻ばせて望月はプリンを眺めた。
「ありがとうございます」
園子が頭を下げた。
「いえ。ご迷惑じゃなかったらいいんですが」
直樹は恐縮してまた頭を下げた。
「おとうさん、ちょっと飲み物でも買ってくるわね。よかったらゆっくりしてくださいな」
「あ、お構いなく」
園子は病室を出て行った。
「どうだ?調子は」
「まあまあです。新人も入ってきてちょうど続くかどうかの瀬戸際ですね」
「直樹。立派になったなあ」
嬉しそうに目を細めて言う望月を見ていると直樹は泣きたくなった。
「いえ。望月さんが俺に色々教えてくれたから……」
「そんな顔するな。全くお前は昔から素直な奴だなあ」
望月はあははと明るく笑う。
「最後にお前を育てられてよかったよ。真っ直ぐな樹になった」
「ありがとうございます。俺も望月さんのおかげでずっと続けられています」
「安心して逝ける。お前がいてお前がまた誰か育てて。樹も森も育って。こうやってお前と話すだけで山の中にいるような気分だ」
望月の言葉に直樹は涙をこらえることができなくなっていた。
「お前みたいないい男泣かすなんて俺もまんざらじゃねえな」
面白そうに言われて直樹も少し笑った。
「まあ嫁は泣かさないようにな。俺はちょっと泣かしちまったがよ」
「頑張ります」
園子が病室に戻ってきた。
「コーヒーどうぞ」
「すみません。いただきます」
少し鼻の下をこすって眼鏡を直し直樹はコーヒーを啜った。
「今、困ったことがあるんじゃないのか」
「ないわけじゃないですけど、何とかなると思います」
昔から直樹の様子を察して望月はさりげなく気遣ってくれていた。
「うんうん。まだこれから色々あると思うけど大丈夫そうだな。でも頼れるときはちゃんと人を頼るんだぞ」
「はい」
「俺の身体がなくなるだけだ。そんな辛そうな顔すんじゃねえよ」
望月は何でもないことのように言う。
「そうかもしれないですけど、まだそんな達観できませんよ」
直樹は少し微笑んで返すと、園子が静かに話す。
「この人と一緒になって色んなことがあったけど、やっぱりこの人で良かったと思うんですよ。私の時代にはまだまだ女には選べないことも多かったけど今でもきっとこの人を選ぶと思うのよね」
「おい。直樹の前で恥ずかしいこと言うんじゃねえ」
照れて望月は布団をかぶり中から言った。
「俺もお前を選ぶよ」
園子は笑いながら泣いた。
直樹は自分たちもいつかこんな夫婦になれるようにと願う。
そして望月から受け取ったものを次の世代を担う人に渡していこうと改めて思うのだった。
0
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる