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第三部
12 ディナー
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森林組合の新人も仕事を始めてから二ヶ月近く過ぎた。
そろそろ脱落者が出る頃だ。四月当初には四名いたがゴールデンウィーク前に一人やめてしまった。
今は二十七歳の伊藤啓太と四十歳の前野浩二、それと柚香が残っている。
男でもきついのに、柚香の粘り強さと森に対する愛着や仕事に対する真剣さには直樹も感心していたが相変わらず送られてくる熱視線には困っていた。
周りの組合員の手前、柚香も積極的には出てこない。
直樹もはっきりアプローチされているわけではないので何も対処ができなかった。
颯介のアドバイスを実行しようと新人三名をペンションのディナーに誘った。
ちょうどペンションも繁忙期が終わって、それほど慌ただしくもないので和夫にも迷惑を掛けないだろう。
また沢田も時期的に余裕があるはずだ。
直樹は颯介に電話をしてディナーを共にしてくれるように頼んだ。
梅雨入りしたが、まだまだ雨は来ないようだ。
ペンション『セレナーデ』は湿り気を含んだ風でさまざまな木々を揺らしながら客を出迎えている。
丸太で組まれたログハウスは素朴で無骨で暖かみがあり、更には時間がたつにつれ木の味わいが深く増しているようだ。
「こんな素敵なところがあったんですねえ」
「僕たちの仕事がこういう形になることも多いんだよ」
「ほー。加工されたもの見ると感動するなあ」
「雑木林もいいもんっすね」
「ここ陶芸教室かあ。ちょっと興味あるなあ」
「ああ。うちの家内の職場でもあるんだ」
「ここが奥さんの……」
少しペンションの周りを散歩していると颯介がちょうどやってきた。
「やあ」
「おっす」
「僕の兄だよ」
「大友颯介です。よろしく。たまたま混ぜてもらうことになりました」
「よろしくお願いします」
人懐っこい颯介はすぐにグループに打ち解ける。
新人たちが興味深そうに周りを見ているのを横目に直樹は颯介に耳打ちした。
「どう?」
「セットで見ないとわからないけどいけそうかなあ。上から八十五、六十七、八十九か。安産型だな」
「そっちはいいよ」
颯介はどんな服装でもスリーサイズを誤差プラスマイナス三センチで計ることができた。(もう超能力者の域だよな……)
直樹はあきれるような感心するような複雑な気持ちで颯介を見た。
「そろそろ食事に行こうか」
直樹はペンションの食堂にみんなを促した。
席に着くとオーナーの和夫がやってきた。
「ようこそ。ゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
和夫は直樹がこうして人を連れて来ることが嬉しくて機嫌よく挨拶をし、料理の説明をした。
そしてビュッフェスタイルなので各々料理を取りに行った。
「兄さんもいっぱい食べてよ」
「おう。ここの飯もまたうまいからなあ。しかし気に入られてるな」
楕円のテーブルに対角に座っている柚香がちらちら直樹を盗み見る。
伊藤啓太と前野浩二は世代差があるが気が合うらしく、仲良く仕事について話しながら料理に舌鼓を打っていた。
「美味しい」
「うまいっすねえ」
「そろそろピアノ演奏が始まるよ」
「へー。演奏聴きながら食事ができるんですかあ」
タキシード姿の沢田がやってきた。青白いライトが長身で細身の沢田を繊細で優美な雰囲気に映しだす。
直樹が頼んでおいた甘いムード音楽が流れだす。
柚香が食事の手を止めて演奏を聴き始めた。
好感触のようだ。
颯介が直樹に耳打ちをする。
「沢田君を席に呼べるか?」
「うん。食事が終わる頃には」
沢田の演奏はここ数年で飛躍的にうまくなっていた。
正確性は勿論のこと情緒的にも訴えてくるものがあるし、何よりも甘ったるく女性向けだった。(緋紗のことでも想ってるのかな……)
沢田の気持ちを知っている直樹は苦笑しながら、更にこれから柚香とくっつけてしまおうという計画に少し罪悪感を感じた。
直樹の軽いため息に気づいた颯介は「心配すんなって」と自信満々そうに言う。
(兄貴にはかなわないや)
直樹は微笑して演奏を聴き入った。
ピアノ演奏が終わり、沢田が一礼をして帰ろうとしたとき直樹は声を掛けた。
「沢田君。よかったらここでお茶しないか」
和夫に食後のコーヒーを沢田の分も運んでもらって柚香の隣の席につかせる。
「演奏すごくよかったよ」
「ありがとうございます」
沢田は長細い指先を揉みながら笑顔で答えた。
「今日は組合員の新人を連れてきたんだ。兄貴はおまけ」
「おまけってなあ」
颯介は素早く沢田と柚香を見比べ、軽く直樹を見て笑ってから沢田に話しかけた。
「こんな肉体労働を可愛い女の子がやってるなんてすごいよねー。直樹の嫁くらいかと思ってた」
「男だって料理もするし、沢田君みたいに気が利く男も増えてるよ」
直樹も話しながら沢田の様子をみる。
沢田は柚香に感心しているようだ。
「大友さんと同じ仕事をするんですか」
「あ、いえ。まだ出来ているとは言えないですが」
柚香は照れ臭そうに答えていた。
「ピアノ素敵でしたね。ピアニストなんてすごいですね」
「いや。僕、本職は作業療法士なんです」
「え。そうなんですか。へー」
少し話が弾みそうになっている。
颯介はニヤッとして「俺じゃあ帰るよ。じゃみんなお先です」と席を立った。
「ありがと。また」
そろそろディナータイムもお開きの時間だ。
「じゃあみんなお疲れ様。何かあったら俺に言ってくれたらいいから」
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
現地集合だったのでそれぞれ帰って行った。
柚香がなんだか名残惜しそうに沢田と話している。
ここからうまくいくかもしれない。
(兄貴はすごいな)
颯介がうまくいくと言ったカップルは全部結婚した。
逆にどんなに仲が良くても颯介がイマイチだと思うと別れていく。
緋紗を家族に紹介したときを思い出す。
緊張した緋紗の肩を颯介は気楽に叩いて『やっと直樹の嫁が来たな』と言ったのだった。
(結婚相談所でもやればいいのに)直樹はくすっと笑った。
柚香が「ごちそうさまでした。じゃこれで失礼します」と頭をぺこりと下げた。
「うん。おつかれ。ゆっくり休んで」
「はい」
少し頬を赤らめて柚香は去って行った。
沢田はなんだか落ち着かない様子だ。
「沢田君、ありがと。疲れた?」
「あ、いえ。なんか元気いい娘ですね」
「うん。ああ見えて頼もしいよ。大人っぽい彼氏募集中だってさ」
「は、はあ」
おっとりとした性格の良い沢田には直樹の狙いを勘付かれていないようだ。
「じゃ。これで失礼するよ。また演奏聴かせて」
「はい。失礼します」
沢田はきちんとした礼をし去り、直樹は厨房の和夫に礼を言いに行った。
和奏が手伝っている。
「和夫さん、ありがと。和奏、お手伝いか。偉いな」
「もう私、お手伝いのレベルじゃないわよ」
「もう、いつでも任せられそうだよ」
「そうか」
優しく和奏を見つめると彼女は照れて、つんと皿を洗いだした。
「じゃ、これで」
「おう。またいつでも来いよ」
「ありがとう」
足取り軽く緋紗の待つ家に直樹は帰って行った。
そろそろ脱落者が出る頃だ。四月当初には四名いたがゴールデンウィーク前に一人やめてしまった。
今は二十七歳の伊藤啓太と四十歳の前野浩二、それと柚香が残っている。
男でもきついのに、柚香の粘り強さと森に対する愛着や仕事に対する真剣さには直樹も感心していたが相変わらず送られてくる熱視線には困っていた。
周りの組合員の手前、柚香も積極的には出てこない。
直樹もはっきりアプローチされているわけではないので何も対処ができなかった。
颯介のアドバイスを実行しようと新人三名をペンションのディナーに誘った。
ちょうどペンションも繁忙期が終わって、それほど慌ただしくもないので和夫にも迷惑を掛けないだろう。
また沢田も時期的に余裕があるはずだ。
直樹は颯介に電話をしてディナーを共にしてくれるように頼んだ。
梅雨入りしたが、まだまだ雨は来ないようだ。
ペンション『セレナーデ』は湿り気を含んだ風でさまざまな木々を揺らしながら客を出迎えている。
丸太で組まれたログハウスは素朴で無骨で暖かみがあり、更には時間がたつにつれ木の味わいが深く増しているようだ。
「こんな素敵なところがあったんですねえ」
「僕たちの仕事がこういう形になることも多いんだよ」
「ほー。加工されたもの見ると感動するなあ」
「雑木林もいいもんっすね」
「ここ陶芸教室かあ。ちょっと興味あるなあ」
「ああ。うちの家内の職場でもあるんだ」
「ここが奥さんの……」
少しペンションの周りを散歩していると颯介がちょうどやってきた。
「やあ」
「おっす」
「僕の兄だよ」
「大友颯介です。よろしく。たまたま混ぜてもらうことになりました」
「よろしくお願いします」
人懐っこい颯介はすぐにグループに打ち解ける。
新人たちが興味深そうに周りを見ているのを横目に直樹は颯介に耳打ちした。
「どう?」
「セットで見ないとわからないけどいけそうかなあ。上から八十五、六十七、八十九か。安産型だな」
「そっちはいいよ」
颯介はどんな服装でもスリーサイズを誤差プラスマイナス三センチで計ることができた。(もう超能力者の域だよな……)
直樹はあきれるような感心するような複雑な気持ちで颯介を見た。
「そろそろ食事に行こうか」
直樹はペンションの食堂にみんなを促した。
席に着くとオーナーの和夫がやってきた。
「ようこそ。ゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
和夫は直樹がこうして人を連れて来ることが嬉しくて機嫌よく挨拶をし、料理の説明をした。
そしてビュッフェスタイルなので各々料理を取りに行った。
「兄さんもいっぱい食べてよ」
「おう。ここの飯もまたうまいからなあ。しかし気に入られてるな」
楕円のテーブルに対角に座っている柚香がちらちら直樹を盗み見る。
伊藤啓太と前野浩二は世代差があるが気が合うらしく、仲良く仕事について話しながら料理に舌鼓を打っていた。
「美味しい」
「うまいっすねえ」
「そろそろピアノ演奏が始まるよ」
「へー。演奏聴きながら食事ができるんですかあ」
タキシード姿の沢田がやってきた。青白いライトが長身で細身の沢田を繊細で優美な雰囲気に映しだす。
直樹が頼んでおいた甘いムード音楽が流れだす。
柚香が食事の手を止めて演奏を聴き始めた。
好感触のようだ。
颯介が直樹に耳打ちをする。
「沢田君を席に呼べるか?」
「うん。食事が終わる頃には」
沢田の演奏はここ数年で飛躍的にうまくなっていた。
正確性は勿論のこと情緒的にも訴えてくるものがあるし、何よりも甘ったるく女性向けだった。(緋紗のことでも想ってるのかな……)
沢田の気持ちを知っている直樹は苦笑しながら、更にこれから柚香とくっつけてしまおうという計画に少し罪悪感を感じた。
直樹の軽いため息に気づいた颯介は「心配すんなって」と自信満々そうに言う。
(兄貴にはかなわないや)
直樹は微笑して演奏を聴き入った。
ピアノ演奏が終わり、沢田が一礼をして帰ろうとしたとき直樹は声を掛けた。
「沢田君。よかったらここでお茶しないか」
和夫に食後のコーヒーを沢田の分も運んでもらって柚香の隣の席につかせる。
「演奏すごくよかったよ」
「ありがとうございます」
沢田は長細い指先を揉みながら笑顔で答えた。
「今日は組合員の新人を連れてきたんだ。兄貴はおまけ」
「おまけってなあ」
颯介は素早く沢田と柚香を見比べ、軽く直樹を見て笑ってから沢田に話しかけた。
「こんな肉体労働を可愛い女の子がやってるなんてすごいよねー。直樹の嫁くらいかと思ってた」
「男だって料理もするし、沢田君みたいに気が利く男も増えてるよ」
直樹も話しながら沢田の様子をみる。
沢田は柚香に感心しているようだ。
「大友さんと同じ仕事をするんですか」
「あ、いえ。まだ出来ているとは言えないですが」
柚香は照れ臭そうに答えていた。
「ピアノ素敵でしたね。ピアニストなんてすごいですね」
「いや。僕、本職は作業療法士なんです」
「え。そうなんですか。へー」
少し話が弾みそうになっている。
颯介はニヤッとして「俺じゃあ帰るよ。じゃみんなお先です」と席を立った。
「ありがと。また」
そろそろディナータイムもお開きの時間だ。
「じゃあみんなお疲れ様。何かあったら俺に言ってくれたらいいから」
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
現地集合だったのでそれぞれ帰って行った。
柚香がなんだか名残惜しそうに沢田と話している。
ここからうまくいくかもしれない。
(兄貴はすごいな)
颯介がうまくいくと言ったカップルは全部結婚した。
逆にどんなに仲が良くても颯介がイマイチだと思うと別れていく。
緋紗を家族に紹介したときを思い出す。
緊張した緋紗の肩を颯介は気楽に叩いて『やっと直樹の嫁が来たな』と言ったのだった。
(結婚相談所でもやればいいのに)直樹はくすっと笑った。
柚香が「ごちそうさまでした。じゃこれで失礼します」と頭をぺこりと下げた。
「うん。おつかれ。ゆっくり休んで」
「はい」
少し頬を赤らめて柚香は去って行った。
沢田はなんだか落ち着かない様子だ。
「沢田君、ありがと。疲れた?」
「あ、いえ。なんか元気いい娘ですね」
「うん。ああ見えて頼もしいよ。大人っぽい彼氏募集中だってさ」
「は、はあ」
おっとりとした性格の良い沢田には直樹の狙いを勘付かれていないようだ。
「じゃ。これで失礼するよ。また演奏聴かせて」
「はい。失礼します」
沢田はきちんとした礼をし去り、直樹は厨房の和夫に礼を言いに行った。
和奏が手伝っている。
「和夫さん、ありがと。和奏、お手伝いか。偉いな」
「もう私、お手伝いのレベルじゃないわよ」
「もう、いつでも任せられそうだよ」
「そうか」
優しく和奏を見つめると彼女は照れて、つんと皿を洗いだした。
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