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side2.高井戸純(たかいどじゅん)の場合
ジムの先生 第三話
しおりを挟む俺は先週、米原先生とトンカツを食べに行った。
最近、なぜか気分が浮き上がる。
以前と変わらない、彼女もいない、寂しい単身生活のはずなのに。
時折生活が楽しく感じる。なぜなんだろう……。
今週、俺は先生と都内のスポーツ店へ行く。
ビルの数階にわたり、スポーツ用品が置いてある店である。
ジムにも勿論販売用の水着は置いてあるのだが、品数がだいぶ限られる。
俺は先生に訊ねた。おすすめのブランドはないものかと。
すると先生は、
「あーそうですね、僕がプライベートで持っているのは……」
と切り出した後に、オリンピックの中継などでもよく見る有名な水着のブランドを言った。
ジムの中では販売していないブランドである。
「やっぱり有名なメーカーの物は、持ちがいいんです。プールは塩素も入ってますし、頻繁に洗うと、結構早くダメになるんですよね」
そう言った後で、先生は俺を見て微笑んだ。
「本当は、ここで売ってる水着をおすすめするべきなんでしょうけどね……内緒です。」
そう言って、人差し指を唇に当てるのがとても可愛らしい。
腹筋がバキバキに割れている人とは思えない仕草だ。
俺は思い切って誘ってみた。
「あの……、もし今週くらいに時間があったら、でいいんですけど……。新しい水着を買うのに付き合ってもらえないでしょうか」
そう言ったら、先生はまた物凄く驚いた表情をした。
「おすすめの水着や、お店も教えてもらいたいんです。
その後、いっしょに夕飯くらい食べませんか」
「え……」
「お礼に奢りますんで」
あとから俺は言い訳のように付け足す。
先生はしばらくして……「…………はい。」と、小さな声で頷いた。
俺は「よっしゃ!」と喜んだ。先生は何だか困った顔をしている。
もしかして、迷惑だろうか?
やはり会員と交流を持つのは、控えめにしているのだろうか。
何もそんな、遠慮がちにすることはないんじゃないか? 俺は何も企んじゃいない。先生にも、それをわかってもらえたらいいんだけど……。
会社の他にも、趣味の合う友人がいたら嬉しいじゃないか。それが、たまたまインストラクターの人だっただけだ。
あ、それとも、先生にももしかして都合があるのだろうか。
買い物に行った時にでも聞いてみようと、俺は思った。
平日、会社帰りに俺は先生と待ち合わせた。
ジムから数駅の、衣料や書店、楽器などのビルが立ち並ぶ駅だ。
若者も多ければ、音楽をやっていそうな兄ちゃんもいるし、会社帰りのスーツの人もいる。
新しい駅というわけではなく昔からある安売りの街だから、古く小汚い場所もある。ガード下なんかも。
俺はそんな中を、駅の改札を出たところで待ち合わせると、そこには先生の姿があった。
いつもの私服の、セーターにダッフルコート、デニムの先生がいた。
俺がにこやかに近寄ると、対照的に先生は、ぎょっとしたような顔をした。
何だ?? 俺が挫けず近寄ると、先生は俯いてしまった。
何かおかしいことでもあるだろうか……。俺が先生の前に行き、不思議そうに自分の身を見ると、先生が言った。
「……スーツですね……」
「え? あ、ああ、はい、俺営業職ですんで」
別にどこも破れちゃいないはずだ。俺はきょろきょろとした後で、もう一度先生を見てにっこりと笑う。
今日は先生に付き合ってもらって買い物だ。また気分が浮き立つ。
「さ、行きましょう」
「え、ええ……」
俺たちは連なって、ビルの中へ入って行った。
「……やっぱり、夏の方が水着関連は置いてあるものが多かったりするでしょうか」
「うーん、そうですね……。でも冬でも、一通りありますよ。リゾート用の水着は夏にしかなかったりしますけど、室内用だったら」
ほらね。と言って、先生は水着を一枚取って見せた。それは先生の言っていたメーカーの、いわゆる一般的な、太腿までのスパッツタイプのものである。
価格は一万円をちょっと切っている。妥当である。
「こういう物は、あまり安くならなくって……」
残念そうな先生に、俺は言う。
「いえ、それでも少し安くなってますよね。試着しようかな」
「あ、ええ」
俺はそう言って水着を手に取るが、ふと近くに置いてある水着を見て、一応先生に訊いてみる。
「こういうビキニタイプって、速く泳げるんですか?」
「え、いえ……! そうでもないですね!」
それは、肝心なものがはみ出るのではと心配になるような、生地の少ないビキニである。
「でも、高校生の時とかの水着って、こんなんでしたよね……」
「はあ、ま、まあそうでしたね……」
俺のくだらない質問に、先生は親切に付き合ってくれる。
先生も昔はこういうものを履いたりしていたんだろうか。
「でもこういうのは、ムダ毛とかも気になりますしね……」
そう言ってビキニを手にとる先生に、俺は、「そういえば先生も剃ったりしてるんですか?」などとくだらないことを聞いてしまった。
「ええっ!?」
先生は、俺の顔を見た後に、カーッと真っ赤になってしまった。
あれ? 俺、もしかして失言しただろうか!?
……こういう軽口を叩いても、そろそろいいんじゃないかと思うのだけれど。
先生はこういう話が苦手なのかもしれない。真面目そうだし。
……でもほら、水着を買う上で、必要な話とも言えるじゃないか? 言えないか??
「え……えーと……そ、それはまあ……こ、困る部分だけは、ですね……」
先生はしどろもどろになってしまった。何だか俺は申し訳ない気持ちになってきた。
先生、スミマセン。
「あはは~、そうですよね……! ごめんなさい、変なことを聞いて! じゃあ俺、試着してきますね!」
そう言って俺は試着室のカーテンをシャッと閉めたのだが、先生に失言をしてしまい、嫌われやしないだろうかと悶々としながら、スーツの下を脱いだのだった。
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