16 / 132
叫んだのは、あなただけだった
それでもギターは鳴る
しおりを挟む
朝、スマホを開くと通知が溜まっていた。
その中に、バンドメンバーだけのグループLINEからの新しい投稿があった。
最後にメッセージが流れたのは、もう何週間も前だった気がする。
【拓真】:しばらくスタジオ行けそうにない。
【拓真】:つーか、正直もう続けるのキツいかも。
【拓真】:悠人、ひとりでやった方がいいんじゃね?
一言ずつ、数分の間を空けて送られていた。
その迷いが、スクロールの中に見えていた。
【康平】:俺も最近、会社の研修とかで動けない。
【康平】:またなんかやる時あったら声かけて。とりあえず抜けるわ。
……その一文で、SpreaD BLuEは正式に“終わった”。
バンド名の入ったアカウント、SNS、配信。
全部まだ消してないけど、もう誰も更新しない。
俺ひとりだけが、“名前だけ”を持ち歩いている。
それでも、不思議と焦りはなかった。
どこか、最初からそうなることを予感していた気もする。
あのライブを最後に、何かが静かに崩れていた。
だけど今は、ギターを手放すつもりはなかった。
“ひとりでも音を鳴らす”という感覚が、逆に落ち着かせてくれていた。
昼過ぎ、近所のスタジオに電話して、個人練習の枠を取った。
あかねからのメッセージが頭の中を反芻する。
「ちょっとだけ聴いてみたいかも。
……今の、あんたの音。」
誰かに求められるという感覚。
それはもう、美咲にはなかった。
けれど、あかねにはあった。
それが、たったひとつの希望になっていた。
スタジオの個人練習ブースは、思ったよりも狭かった。
防音壁と吸音材に囲まれた部屋。
小さなモニターとマイク。
まるで“試されてるような空間”。
他に誰もいない。
見てるのは、自分だけ。
ギターのチューニングを合わせ、マイクスタンドを立てる。
ピックを持つ手に、わずかに汗がにじむ。
でも、変な緊張じゃない。
ただの、久しぶりの“確認作業”。
A→E→F#m→D
繰り返すコード進行に、仮のメロディを当てていく。
頭の中にある言葉の断片。
「届かなくても」「まだやれるなら」「終わりじゃない」
断ち切るような語尾と、かすれそうなサビ。
どこかで聴いたことがあるようで、でも確かに“いまの自分の音”。
1テイク目はミスだらけだった。
2テイク目も、納得はできなかった。
でも3回目、少しだけ呼吸が合った気がして、録音を止めた。
「……これでいいや。今の俺には、これしかない」
スマホに音源を転送し、しばらくじっと聴いた。
音質は荒い。
歌詞は未完成。
でも、その不完全さごと“いまの自分”だった。
そのまま、あかねのアカウントを開く。
DMの画面に、短く一文だけ打ち込む。
「仮だけど、録った。
今の音。」
音源ファイルを添付して、送信ボタンを押す。
すぐには既読はつかない。
でも、不思議と焦りはなかった。
“聴いてくれる人がいる”というだけで、
スタジオの空気が、少しだけ温かくなった気がした。
スタジオを出たあとは、特に行く場所もなかった。
夕暮れの街を、ゆっくり歩いた。
イヤホンで自分の録音を再生して、何度も確かめる。
音は完璧じゃない。
けれど、自分の手で鳴らした音だった。
その事実だけで、昨日までとは違う空気が肺に入ってくる気がした。
スマホが震えたのは、駅に向かう階段を下りているときだった。
@akanes_verse
「今、聴いた。
……前よりは、ちょっとだけマシになった。
なんかムカつかない感じになってて、
逆に腹立つっていうか。
……でも、まあ。嫌いじゃないかも。」
思わず、ひとりで笑ってしまった。
なんなんだその感想は。
でも、ちゃんと聴いてくれた。
あの短い音源を。誰にも届くか分からない歌を。
言葉遊びみたいな感想だったけど、そこには確かに“反応”があった。
返信はすぐに打てなかった。
余計なことを言って、何かが崩れる気がしたから。
だから、短くひとことだけ送る。
「ありがとな。」
それだけでいいと思えた。
しばらくして、あかねからまた返事が届く。
「うん。……じゃあ、次はちゃんとライブで聴かせてよ」
その言葉が、じんわりと胸に残った。
たったひとり。
たったひとつの声。
でも、それだけで十分だと思えた。
夜風が少しだけ暖かくなった気がした。
その中に、バンドメンバーだけのグループLINEからの新しい投稿があった。
最後にメッセージが流れたのは、もう何週間も前だった気がする。
【拓真】:しばらくスタジオ行けそうにない。
【拓真】:つーか、正直もう続けるのキツいかも。
【拓真】:悠人、ひとりでやった方がいいんじゃね?
一言ずつ、数分の間を空けて送られていた。
その迷いが、スクロールの中に見えていた。
【康平】:俺も最近、会社の研修とかで動けない。
【康平】:またなんかやる時あったら声かけて。とりあえず抜けるわ。
……その一文で、SpreaD BLuEは正式に“終わった”。
バンド名の入ったアカウント、SNS、配信。
全部まだ消してないけど、もう誰も更新しない。
俺ひとりだけが、“名前だけ”を持ち歩いている。
それでも、不思議と焦りはなかった。
どこか、最初からそうなることを予感していた気もする。
あのライブを最後に、何かが静かに崩れていた。
だけど今は、ギターを手放すつもりはなかった。
“ひとりでも音を鳴らす”という感覚が、逆に落ち着かせてくれていた。
昼過ぎ、近所のスタジオに電話して、個人練習の枠を取った。
あかねからのメッセージが頭の中を反芻する。
「ちょっとだけ聴いてみたいかも。
……今の、あんたの音。」
誰かに求められるという感覚。
それはもう、美咲にはなかった。
けれど、あかねにはあった。
それが、たったひとつの希望になっていた。
スタジオの個人練習ブースは、思ったよりも狭かった。
防音壁と吸音材に囲まれた部屋。
小さなモニターとマイク。
まるで“試されてるような空間”。
他に誰もいない。
見てるのは、自分だけ。
ギターのチューニングを合わせ、マイクスタンドを立てる。
ピックを持つ手に、わずかに汗がにじむ。
でも、変な緊張じゃない。
ただの、久しぶりの“確認作業”。
A→E→F#m→D
繰り返すコード進行に、仮のメロディを当てていく。
頭の中にある言葉の断片。
「届かなくても」「まだやれるなら」「終わりじゃない」
断ち切るような語尾と、かすれそうなサビ。
どこかで聴いたことがあるようで、でも確かに“いまの自分の音”。
1テイク目はミスだらけだった。
2テイク目も、納得はできなかった。
でも3回目、少しだけ呼吸が合った気がして、録音を止めた。
「……これでいいや。今の俺には、これしかない」
スマホに音源を転送し、しばらくじっと聴いた。
音質は荒い。
歌詞は未完成。
でも、その不完全さごと“いまの自分”だった。
そのまま、あかねのアカウントを開く。
DMの画面に、短く一文だけ打ち込む。
「仮だけど、録った。
今の音。」
音源ファイルを添付して、送信ボタンを押す。
すぐには既読はつかない。
でも、不思議と焦りはなかった。
“聴いてくれる人がいる”というだけで、
スタジオの空気が、少しだけ温かくなった気がした。
スタジオを出たあとは、特に行く場所もなかった。
夕暮れの街を、ゆっくり歩いた。
イヤホンで自分の録音を再生して、何度も確かめる。
音は完璧じゃない。
けれど、自分の手で鳴らした音だった。
その事実だけで、昨日までとは違う空気が肺に入ってくる気がした。
スマホが震えたのは、駅に向かう階段を下りているときだった。
@akanes_verse
「今、聴いた。
……前よりは、ちょっとだけマシになった。
なんかムカつかない感じになってて、
逆に腹立つっていうか。
……でも、まあ。嫌いじゃないかも。」
思わず、ひとりで笑ってしまった。
なんなんだその感想は。
でも、ちゃんと聴いてくれた。
あの短い音源を。誰にも届くか分からない歌を。
言葉遊びみたいな感想だったけど、そこには確かに“反応”があった。
返信はすぐに打てなかった。
余計なことを言って、何かが崩れる気がしたから。
だから、短くひとことだけ送る。
「ありがとな。」
それだけでいいと思えた。
しばらくして、あかねからまた返事が届く。
「うん。……じゃあ、次はちゃんとライブで聴かせてよ」
その言葉が、じんわりと胸に残った。
たったひとり。
たったひとつの声。
でも、それだけで十分だと思えた。
夜風が少しだけ暖かくなった気がした。
10
あなたにおすすめの小説
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる