叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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叫んだのは、あなただけだった

それでもギターは鳴る

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朝、スマホを開くと通知が溜まっていた。
 その中に、バンドメンバーだけのグループLINEからの新しい投稿があった。
 最後にメッセージが流れたのは、もう何週間も前だった気がする。

【拓真】:しばらくスタジオ行けそうにない。
【拓真】:つーか、正直もう続けるのキツいかも。
【拓真】:悠人、ひとりでやった方がいいんじゃね?

 一言ずつ、数分の間を空けて送られていた。
 その迷いが、スクロールの中に見えていた。

 【康平】:俺も最近、会社の研修とかで動けない。
 【康平】:またなんかやる時あったら声かけて。とりあえず抜けるわ。

 ……その一文で、SpreaD BLuEは正式に“終わった”。

 バンド名の入ったアカウント、SNS、配信。
 全部まだ消してないけど、もう誰も更新しない。
 俺ひとりだけが、“名前だけ”を持ち歩いている。

 それでも、不思議と焦りはなかった。

 どこか、最初からそうなることを予感していた気もする。
 あのライブを最後に、何かが静かに崩れていた。

 だけど今は、ギターを手放すつもりはなかった。
 “ひとりでも音を鳴らす”という感覚が、逆に落ち着かせてくれていた。

 昼過ぎ、近所のスタジオに電話して、個人練習の枠を取った。
 あかねからのメッセージが頭の中を反芻する。

「ちょっとだけ聴いてみたいかも。
……今の、あんたの音。」

 誰かに求められるという感覚。
 それはもう、美咲にはなかった。
 けれど、あかねにはあった。

 それが、たったひとつの希望になっていた。

スタジオの個人練習ブースは、思ったよりも狭かった。
 防音壁と吸音材に囲まれた部屋。
 小さなモニターとマイク。
 まるで“試されてるような空間”。

 他に誰もいない。
 見てるのは、自分だけ。

 ギターのチューニングを合わせ、マイクスタンドを立てる。
 ピックを持つ手に、わずかに汗がにじむ。
 でも、変な緊張じゃない。
 ただの、久しぶりの“確認作業”。

 A→E→F#m→D
 繰り返すコード進行に、仮のメロディを当てていく。

 頭の中にある言葉の断片。
 「届かなくても」「まだやれるなら」「終わりじゃない」
 断ち切るような語尾と、かすれそうなサビ。
 どこかで聴いたことがあるようで、でも確かに“いまの自分の音”。

 1テイク目はミスだらけだった。
 2テイク目も、納得はできなかった。
 でも3回目、少しだけ呼吸が合った気がして、録音を止めた。

 「……これでいいや。今の俺には、これしかない」

 スマホに音源を転送し、しばらくじっと聴いた。
 音質は荒い。
 歌詞は未完成。
 でも、その不完全さごと“いまの自分”だった。

 そのまま、あかねのアカウントを開く。
 DMの画面に、短く一文だけ打ち込む。

「仮だけど、録った。
今の音。」

 音源ファイルを添付して、送信ボタンを押す。
 すぐには既読はつかない。
 でも、不思議と焦りはなかった。

 “聴いてくれる人がいる”というだけで、
 スタジオの空気が、少しだけ温かくなった気がした。

スタジオを出たあとは、特に行く場所もなかった。
 夕暮れの街を、ゆっくり歩いた。
 イヤホンで自分の録音を再生して、何度も確かめる。

 音は完璧じゃない。
 けれど、自分の手で鳴らした音だった。
 その事実だけで、昨日までとは違う空気が肺に入ってくる気がした。

 スマホが震えたのは、駅に向かう階段を下りているときだった。

 @akanes_verse

「今、聴いた。
……前よりは、ちょっとだけマシになった。
なんかムカつかない感じになってて、
逆に腹立つっていうか。
……でも、まあ。嫌いじゃないかも。」

 思わず、ひとりで笑ってしまった。
 なんなんだその感想は。

 でも、ちゃんと聴いてくれた。
 あの短い音源を。誰にも届くか分からない歌を。
 言葉遊びみたいな感想だったけど、そこには確かに“反応”があった。

 返信はすぐに打てなかった。
 余計なことを言って、何かが崩れる気がしたから。
 だから、短くひとことだけ送る。

「ありがとな。」

 それだけでいいと思えた。

 しばらくして、あかねからまた返事が届く。

「うん。……じゃあ、次はちゃんとライブで聴かせてよ」

 その言葉が、じんわりと胸に残った。

 たったひとり。
 たったひとつの声。
 でも、それだけで十分だと思えた。

 夜風が少しだけ暖かくなった気がした。

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