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これが、俺たちの今だ
無題のまま、そばにいて
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言葉にならない想いが、夜の部屋を満たしていた。
時計の針は、すでに日付をまたいでいた。
ソファに沈み込んだまま、悠人は動けずにいた。
手元には、開いたままのノートと、鳴らしては止めた《無題》のデモ音源。
音はすべて揃っている。
メロディも、リリックも、構成も。
だけど——
「……まだ、届かない気がするんだ」
ぽつりと零した声に、隣に座っていたあかねが静かに視線を向けた。
「何が?」
悠人は天井を見上げたまま、答える。
「《無題》……あの曲、完成させたはずなのに、
今でも、どっかに“俺の声”がいない気がしてる」
あかねはそれ以上、急かすようなことは言わなかった。
ただ、黙って隣にいた。
「ライブで一度もやってない。
リリースされて、いろんな人が聴いてくれて、反応もあった。
でも……俺の中では、まだ“仮”なんだ」
そう言って、悠人は手元のノートに目を落とした。
そこには、何度も書き直された歌詞の断片。
“君へ”と“自分へ”が交互にぶつかるように並んでいた。
「怖いんだよな、野音で歌うの。
本当の意味で“自分の声”になるのかどうか……」
あかねはゆっくりと膝を抱えながら、少しだけ笑った。
「でも、今の悠人が歌わなきゃ、誰が《無題》を完成させられるの?」
悠人は、返す言葉が出なかった。
「怖いままでもいいよ。答え出てなくても、分かんなくても。
でも、あの曲には、悠人の全部が詰まってるって、私は思ってる」
あかねの目は真っ直ぐだった。
同情でも、期待でもない。
ただ“信じている人の目”だった。
「……隣にいても、いい?」
小さな声で聞いた悠人に、
あかねは迷いなく、うなずいた。
「ううん、ずっといるよ」
そう言って、彼女は悠人の肩にそっと頭を預けた。
そのぬくもりだけが、今夜、答えに近かった。
窓の外では風が揺れていた。
街灯のオレンジがカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気をわずかに染めていた。
あかねがキッチンで、温かい紅茶を淹れていた。
その音すら、今の悠人には音楽のように聴こえていた。
テーブルの上に置かれたノート。
その最後のページだけが、いつまでも白いままだった。
——最後の言葉が、出てこない。
何を足せばいいのか、何を削ればいいのかも、もうわからなかった。
「ねえ」
あかねがマグをふたつ持って戻ってくる。
「《無題》ってさ」
彼女がゆっくりと口を開く。
「“まだ名前を持てない”っていう意味でしょ?」
悠人はうなずく。
「……そう。歌詞もあるし、構成も完成してるのに、
なんか、“タイトル”をつけたら嘘になる気がして」
「じゃあさ」
あかねが微笑んだ。
「“答えがないままでも歌っていい”ってことじゃないの?」
その言葉に、悠人の手が止まる。
「……?」
「全部言葉にしようとしなくていいっていうか。
今の悠人が、いま出せる音と、いま言える言葉で鳴らせば、
それが“無題”なんじゃない?」
悠人は、それまで誰にも見せなかったくらい、ふっと肩の力を抜いた。
そうか。
“完成させなきゃ”って焦ってたけど、
足りなかったのは、“答え”じゃなかった。
足りなかったのは、声だった。
今のこの自分の、あかねに支えられながらも、
それでも自分で立とうとするこの“いま”の声。
「……ありがとう」
悠人が、マグカップに口をつけながら呟く。
「なんか、やっと書けそうな気がする」
「うん」
あかねはいつものように、ただ隣にいるだけだった。
その時間こそが、悠人にとって《無題》に続く“音”になっていた。
夜が深くなるほどに、部屋は静かになっていった。
外の喧騒もなく、時計の針すら耳に届かない。
悠人は、ノートの前に座っていた。
手元には何もメロディも流れていない。
ただ、頭の中にだけ、《無題》のイントロが鳴っていた。
——これで完成かもしれない。
——いや、きっとまだ“足りない”。
そんな声が交互に押し寄せてくる。
でも、あかねの言葉がずっと残っていた。
「答えがないままでも、歌っていい」
「無題って、いまの悠人の“声”なんじゃない?」
答えじゃなくていい。
完成じゃなくていい。
正解じゃなくていい。
「……歌うよ」
誰にも聞こえない声で呟く。
そのまま、ペンを取って、ノートの最後のページにゆっくりと書いた。
「ここにいる。たったそれだけで、まだ終わってない」
あかねは、ソファの端で眠っていた。
毛布をかけたその横顔に、悠人はそっと微笑む。
明日にはリハーサルが始まる。
観客席に広がる日比谷野外音楽堂。
まだ見ぬあのステージに、ようやく届ける準備ができた気がした。
《無題》はまだ無題のまま。
けれど、そこには確かに悠人の“声”が宿り始めていた。
時計の針は、すでに日付をまたいでいた。
ソファに沈み込んだまま、悠人は動けずにいた。
手元には、開いたままのノートと、鳴らしては止めた《無題》のデモ音源。
音はすべて揃っている。
メロディも、リリックも、構成も。
だけど——
「……まだ、届かない気がするんだ」
ぽつりと零した声に、隣に座っていたあかねが静かに視線を向けた。
「何が?」
悠人は天井を見上げたまま、答える。
「《無題》……あの曲、完成させたはずなのに、
今でも、どっかに“俺の声”がいない気がしてる」
あかねはそれ以上、急かすようなことは言わなかった。
ただ、黙って隣にいた。
「ライブで一度もやってない。
リリースされて、いろんな人が聴いてくれて、反応もあった。
でも……俺の中では、まだ“仮”なんだ」
そう言って、悠人は手元のノートに目を落とした。
そこには、何度も書き直された歌詞の断片。
“君へ”と“自分へ”が交互にぶつかるように並んでいた。
「怖いんだよな、野音で歌うの。
本当の意味で“自分の声”になるのかどうか……」
あかねはゆっくりと膝を抱えながら、少しだけ笑った。
「でも、今の悠人が歌わなきゃ、誰が《無題》を完成させられるの?」
悠人は、返す言葉が出なかった。
「怖いままでもいいよ。答え出てなくても、分かんなくても。
でも、あの曲には、悠人の全部が詰まってるって、私は思ってる」
あかねの目は真っ直ぐだった。
同情でも、期待でもない。
ただ“信じている人の目”だった。
「……隣にいても、いい?」
小さな声で聞いた悠人に、
あかねは迷いなく、うなずいた。
「ううん、ずっといるよ」
そう言って、彼女は悠人の肩にそっと頭を預けた。
そのぬくもりだけが、今夜、答えに近かった。
窓の外では風が揺れていた。
街灯のオレンジがカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気をわずかに染めていた。
あかねがキッチンで、温かい紅茶を淹れていた。
その音すら、今の悠人には音楽のように聴こえていた。
テーブルの上に置かれたノート。
その最後のページだけが、いつまでも白いままだった。
——最後の言葉が、出てこない。
何を足せばいいのか、何を削ればいいのかも、もうわからなかった。
「ねえ」
あかねがマグをふたつ持って戻ってくる。
「《無題》ってさ」
彼女がゆっくりと口を開く。
「“まだ名前を持てない”っていう意味でしょ?」
悠人はうなずく。
「……そう。歌詞もあるし、構成も完成してるのに、
なんか、“タイトル”をつけたら嘘になる気がして」
「じゃあさ」
あかねが微笑んだ。
「“答えがないままでも歌っていい”ってことじゃないの?」
その言葉に、悠人の手が止まる。
「……?」
「全部言葉にしようとしなくていいっていうか。
今の悠人が、いま出せる音と、いま言える言葉で鳴らせば、
それが“無題”なんじゃない?」
悠人は、それまで誰にも見せなかったくらい、ふっと肩の力を抜いた。
そうか。
“完成させなきゃ”って焦ってたけど、
足りなかったのは、“答え”じゃなかった。
足りなかったのは、声だった。
今のこの自分の、あかねに支えられながらも、
それでも自分で立とうとするこの“いま”の声。
「……ありがとう」
悠人が、マグカップに口をつけながら呟く。
「なんか、やっと書けそうな気がする」
「うん」
あかねはいつものように、ただ隣にいるだけだった。
その時間こそが、悠人にとって《無題》に続く“音”になっていた。
夜が深くなるほどに、部屋は静かになっていった。
外の喧騒もなく、時計の針すら耳に届かない。
悠人は、ノートの前に座っていた。
手元には何もメロディも流れていない。
ただ、頭の中にだけ、《無題》のイントロが鳴っていた。
——これで完成かもしれない。
——いや、きっとまだ“足りない”。
そんな声が交互に押し寄せてくる。
でも、あかねの言葉がずっと残っていた。
「答えがないままでも、歌っていい」
「無題って、いまの悠人の“声”なんじゃない?」
答えじゃなくていい。
完成じゃなくていい。
正解じゃなくていい。
「……歌うよ」
誰にも聞こえない声で呟く。
そのまま、ペンを取って、ノートの最後のページにゆっくりと書いた。
「ここにいる。たったそれだけで、まだ終わってない」
あかねは、ソファの端で眠っていた。
毛布をかけたその横顔に、悠人はそっと微笑む。
明日にはリハーサルが始まる。
観客席に広がる日比谷野外音楽堂。
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