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これが、俺たちの今だ
開演直前の静寂
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日比谷野外音楽堂。
太陽が角度を落とし始めた夕刻、
会場を囲む石造りの階段席が、音のない期待で満ち始めていた。
ステージ袖のモニターに映るフロアは、全席、満員御礼。
当たり前のことなのに、どこか非現実のようだった。
「……すげぇな、ほんとに“全部”埋まってる」
翼がリストバンドを締めながら、小さく呟く。
「見てるのは全員、“まだ終わりじゃない”だけか……」
蓮の声にも、いつもより少しだけ棘が抜けていた。
悠人はそれを黙って聞いていた。
鼓動が、いつもより明確に耳に響いていた。
これまでは、対バンだった。
どこかに“共犯”がいた。
どこかに“逃げ場”があった。
けれど今日は、自分たちしかいない。
観客全員が、自分たちの音だけを期待してやって来ている。
「……緊張してる?」
結華が、ギターを抱えたまま、悠人の隣に並んだ。
「うん。してる」
悠人は素直に答えた。
「結華は?」
「もちろん。でも、楽しみでもある。
だって“あの曲”やるんでしょ? 今日、初めて」
《無題》。
言葉にせずとも、そのタイトルが浮かぶだけで、
胸の中がざわつくのを感じた。
「ねえ、悠人」
結華が小さく笑って言った。
「怖くて当然だよ。だって今日、
“やっと全部、私たちだけのものになる”日なんだから」
その言葉に、悠人はほんの少しだけ、口角を上げた。
「……じゃあ、見せてやろうぜ。
全員に、“まだ終わりじゃない”って」
野音の客席が、少しずつ埋まっていく。
石段に腰を下ろし、パンフレットをめくる人。
手拍子の練習をしているファン。
グッズを掲げて仲間と笑い合う姿。
だが、その中に——確かに、特別な人たちの姿があった。
「……あれ」
蓮がステージ裏の隙間から目を凝らす。
観客席の左側、3列目あたり。
BLUEBIRDの真田晴翔が、腕を組んで座っていた。
相変わらずフロアに溶け込む服装。
けれど、その目だけは鋭く、真っ直ぐにステージを見据えていた。
その数列後方には、黒のワンピースに身を包んだ柚葉の姿。
サングラスを外し、結華のギターがセッティングされる様子をじっと見つめている。
右のブロックには、TACの橘一誠。
客と談笑しながらも、気配はまるで狼のように研ぎ澄まされていた。
——そして。
もっと後ろの、木々に隠れるような立ち位置。
一般の観客に紛れるように、ひとりで座る男。
黒いキャップ。薄手のジャケット。
どこにでもいそうな風貌。
けれど、4人は一目でわかった。
志賀零士だった。
「……マジで来てたんだ」
翼がぽつりと呟く。
それ以上、誰も言葉を重ねなかった。
志賀はこちらに気づく素振りも見せず、ただ黙って、ステージを見つめていた。
リハーサルが始まる。
ドラムチェック、ベースの低音、ギターのバランス。
PAスタッフが慌ただしく動きながらも、誰もが“これはただのリハじゃない”とわかっていた。
——この場所で、何かが始まり、何かが終わる。
そう、誰もが直感していた。
ステージ袖の空気は、静かだった。
耳を澄ませば、客席のざわめきが聞こえる。
開演時間が迫るにつれて、野音の空気はどんどん熱を帯びていた。
だが、その裏側では誰も口を開かない。
悠人も、蓮も、結華も、翼も、
それぞれが自分の場所で最後の確認をしていた。
「あと……三分」
スタッフの声が聞こえる。
照明が一段階、落とされる。
ステージのライトがほんのりと滲み始めた。
「悠人」
背後から、蓮が小さく声をかけた。
「ここまで来たな」
その声は、いつになく優しかった。
「うん。……“終わらせない”ために、な」
蓮は、わずかに笑ってうなずく。
結華がギターを構える。
翼がスティックを握り直す。
それぞれの足元にあるのは、ただのステージじゃない。
これまで積み上げた“全て”が試される場所だった。
「SE、行きます」
スタッフの無線が入る。
そして、野音に——音が鳴り始めた。
あのSE。
バンドの始まりを告げる、まだ終わりじゃないの“産声”。
その瞬間、誰かが言った。
「火蓋が……落ちたな」
そう呟いたのが誰かもわからないまま、
4人は、ステージへと一歩踏み出した。
太陽が角度を落とし始めた夕刻、
会場を囲む石造りの階段席が、音のない期待で満ち始めていた。
ステージ袖のモニターに映るフロアは、全席、満員御礼。
当たり前のことなのに、どこか非現実のようだった。
「……すげぇな、ほんとに“全部”埋まってる」
翼がリストバンドを締めながら、小さく呟く。
「見てるのは全員、“まだ終わりじゃない”だけか……」
蓮の声にも、いつもより少しだけ棘が抜けていた。
悠人はそれを黙って聞いていた。
鼓動が、いつもより明確に耳に響いていた。
これまでは、対バンだった。
どこかに“共犯”がいた。
どこかに“逃げ場”があった。
けれど今日は、自分たちしかいない。
観客全員が、自分たちの音だけを期待してやって来ている。
「……緊張してる?」
結華が、ギターを抱えたまま、悠人の隣に並んだ。
「うん。してる」
悠人は素直に答えた。
「結華は?」
「もちろん。でも、楽しみでもある。
だって“あの曲”やるんでしょ? 今日、初めて」
《無題》。
言葉にせずとも、そのタイトルが浮かぶだけで、
胸の中がざわつくのを感じた。
「ねえ、悠人」
結華が小さく笑って言った。
「怖くて当然だよ。だって今日、
“やっと全部、私たちだけのものになる”日なんだから」
その言葉に、悠人はほんの少しだけ、口角を上げた。
「……じゃあ、見せてやろうぜ。
全員に、“まだ終わりじゃない”って」
野音の客席が、少しずつ埋まっていく。
石段に腰を下ろし、パンフレットをめくる人。
手拍子の練習をしているファン。
グッズを掲げて仲間と笑い合う姿。
だが、その中に——確かに、特別な人たちの姿があった。
「……あれ」
蓮がステージ裏の隙間から目を凝らす。
観客席の左側、3列目あたり。
BLUEBIRDの真田晴翔が、腕を組んで座っていた。
相変わらずフロアに溶け込む服装。
けれど、その目だけは鋭く、真っ直ぐにステージを見据えていた。
その数列後方には、黒のワンピースに身を包んだ柚葉の姿。
サングラスを外し、結華のギターがセッティングされる様子をじっと見つめている。
右のブロックには、TACの橘一誠。
客と談笑しながらも、気配はまるで狼のように研ぎ澄まされていた。
——そして。
もっと後ろの、木々に隠れるような立ち位置。
一般の観客に紛れるように、ひとりで座る男。
黒いキャップ。薄手のジャケット。
どこにでもいそうな風貌。
けれど、4人は一目でわかった。
志賀零士だった。
「……マジで来てたんだ」
翼がぽつりと呟く。
それ以上、誰も言葉を重ねなかった。
志賀はこちらに気づく素振りも見せず、ただ黙って、ステージを見つめていた。
リハーサルが始まる。
ドラムチェック、ベースの低音、ギターのバランス。
PAスタッフが慌ただしく動きながらも、誰もが“これはただのリハじゃない”とわかっていた。
——この場所で、何かが始まり、何かが終わる。
そう、誰もが直感していた。
ステージ袖の空気は、静かだった。
耳を澄ませば、客席のざわめきが聞こえる。
開演時間が迫るにつれて、野音の空気はどんどん熱を帯びていた。
だが、その裏側では誰も口を開かない。
悠人も、蓮も、結華も、翼も、
それぞれが自分の場所で最後の確認をしていた。
「あと……三分」
スタッフの声が聞こえる。
照明が一段階、落とされる。
ステージのライトがほんのりと滲み始めた。
「悠人」
背後から、蓮が小さく声をかけた。
「ここまで来たな」
その声は、いつになく優しかった。
「うん。……“終わらせない”ために、な」
蓮は、わずかに笑ってうなずく。
結華がギターを構える。
翼がスティックを握り直す。
それぞれの足元にあるのは、ただのステージじゃない。
これまで積み上げた“全て”が試される場所だった。
「SE、行きます」
スタッフの無線が入る。
そして、野音に——音が鳴り始めた。
あのSE。
バンドの始まりを告げる、まだ終わりじゃないの“産声”。
その瞬間、誰かが言った。
「火蓋が……落ちたな」
そう呟いたのが誰かもわからないまま、
4人は、ステージへと一歩踏み出した。
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