叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

文字の大きさ
117 / 132
これが、俺たちの今だ

無題、夜空に残して

しおりを挟む
すべてを出し切ったあと、悠人はふらつきながらステージに戻った。
 フロア中央で暴れきった熱が、足元にまだ残っている気がする。

 

 ステージには、蓮、結華、翼の3人が静かに待っていた。
 4人が視線を交わし、ひとつ深く、礼をする。

 

 そのまま、ゆっくりと舞台袖へと下がった。

 会場全体が、ひと息ついたような空気に包まれる。
 だが、その息は落ち着きではなく、戸惑い混じりのざわめきだった。

 

 「……マジで出禁なんじゃないの?」
 「てか、飛ぶって……野音で……ありえなくない?」
 「でも……見たよな、今の……」

 

 笑い混じりの声もあれば、呆れたようなつぶやきもあった。
 でも——どの声にも共通していたのは、興奮だった。

 

 「ヤバすぎた……」「意味わからん……」「最高だった……」

 その中で、あるひとりの観客が、立ち上がる。

 

 声は、まっすぐに飛んだ。

 

 「まだ終わりじゃない!!!」

 

 フロアが揺れた。
 数人が振り返り、反応する。

 

 「まだ行けるだろ!!!」
 「終わりじゃねぇよ、もっと聴かせろよ!!!」
 「おい、“まだ終わりじゃない”だろ!?!?」

 

 ざわ……ざわ……と、
 その言葉が観客席のあちこちに波紋のように広がっていく。

 そして、誰からともなく始まった手拍子。

 

 ——パン、パン、パン、パン……!

 

 もう一度、観客たちが一つになっていく。

 

 ステージ袖の4人は、それを想定していなかった。
 誰も口を開かない。
 それでも、その手拍子の音が、はっきりと聞こえていた。

 

 悠人が、ぽつりと呟く。

 

 「……なんだよ……本当に“終われない”んじゃねえかよ」

 

 その一言で、結華が肩をすくめて笑った。
 蓮がベースを手に取り、翼がスティックを構える。

 

 ——もう一度、音を鳴らしに行く準備が整った。

4人が再びステージに戻る。
 その顔には、驚きと、ほんの少しの笑いが浮かんでいた。

 

 「……さすがに、もう燃え尽きたと思ったけどな」

 悠人がマイクを握りながら、客席を見渡す。

 

 だが、そこには**まったく衰えていない“期待”**があった。
 拳を突き上げる者、汗まみれで笑う者、泣きながら叫ぶ者。

 

 悠人は、しばらく何も言わなかった。
 そして、静かにこう言った。

 

 「——じゃあ、やろうか。もう一回」

 

 その言葉に、観客が沸騰する。

 

 「俺たちの始まりで、
  どんなライブでも、どんな夜でも、
  一番最初に名前を刻んでくれた——
  この曲で、終わりにする」

 

 結華がギターを構える。
 蓮がうなずき、翼が笑ってドラムを叩き出す。

 

 ——《まだ終わりじゃない》

 

 このツアーの始まりにも、伝説のフェスにも鳴った曲。
 それが、今日という夜の本当のラストを告げる。

イントロが鳴り響いた瞬間、観客全体が爆ぜた。

 

 ——《まだ終わりじゃない》。

 

 そのタイトルに、
 今夜のすべてが詰まっていた。

 

 悠人は、ステージではなく——ステージとフロアの境界線に立っていた。
 ギターは背中に回され、マイク一本。

 

 その場所は、あかねの真正面だった。

 

 彼女を見ない。視線は上を向いている。
 けれどその声は、確かに彼女へ向けて放たれていた。

 

 あかねは、両手を胸の前で組んでいた。
 唇は震え、涙はもうこぼれなかった。
 ——ただ、受け止めていた。

 フロアは、もはや“指定席”の形をしていなかった。
 観客たちは立ち上がり、押し寄せ、ルールを越えて、前へ前へと詰めかけていた。

 

 それを止める者はいなかった。
 スタッフも、誰も——その熱狂を止められる空気ではなかった。

 

 ステージ上、結華はギターを燃やすようにかき鳴らし、
 蓮は全身をリズムに打ち付け、
 翼はスティックを振り下ろすたびに**“空間を切り裂いて”いた**。

 

 そして——悠人の声が、空を貫いた。

 

 「終わらせたくなかったんじゃない!!!」
 「——終われなかったんだよ、俺たちは!!!!」

 観客が叫ぶ。
 拳が上がる。
 涙が流れる。
 誰かが、笑いながら「やばい」「やばい」を繰り返している。

 

 前列に詰めかけた者たちの中で、
 あかねは一歩も動かなかった。

 

 けれど、彼女の存在は、
 この夜において最も強く、確かに“そこにある”ものだった。

 ラストのサビ。
 悠人が、マイクを客席へ差し出す。

 

 歌詞は、もう——観客全員が知っていた。

 

 「まだ終わりじゃない!!」

 

 叫びと涙と音のすべてが、野音という場所の限界を破壊した。

 

 ——これが、本当の最後だった。

 ラストの音が——鳴り終わった。

 

 照明が少しずつ落ちていく中で、観客たちは何も言わなかった。
 叫び声も、歓声も、もう必要なかった。

 

 ただ、静かに、震えながら、余韻に浸っていた。

 悠人は、ステージとフロアの境界に立ったまま、
 ゆっくりと観客を見渡す。

 

 そして——ほんの一瞬だけ、視線を右に滑らせた。

 

 そこに、あかねがいた。

 

 彼女の目からは、まだ涙がこぼれていた。
 拭おうともせず、ただそのまま、悠人を見ていた。

 

 悠人は、口の動きをほとんど見せずに、
 それでも確かに、あかねにだけ届く音量で囁いた。

 

 「……ありがとう」

 

 その言葉に、あかねは涙を堪えきれず、目を伏せた。
 けれど、その唇には笑みが宿っていた。

 照明が、完全に落ちる。

 

 ステージは暗転し、
 観客の中から、ひとつの拍手が生まれた。

 

 それはすぐに連鎖して、
 嵐のような温かい拍手の海となった。

 

 誰もが知っていた。
 ——この夜が、永遠には続かないということを。

 

 でも、誰もが願っていた。
 ——この音が、永遠に心に残るものであってほしい、と。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

君までの距離

高遠 加奈
恋愛
普通のOLが出会った、特別な恋。 マンホールにはまったパンプスのヒールを外して、はかせてくれた彼は特別な人でした。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

処理中です...