叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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これが、俺たちの今だ

終わりじゃない夜の、そのあとで

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 「……ヤバかった」「言葉出ねぇ……」
 「終わったあと、何も喋れなかったの、初めてかも」


 会場を出る観客たちは、興奮ではなく——放心に近い沈黙に包まれていた。
 口を開いても、それは言葉にならない。
 目が合えば、互いに笑い、**「ヤバかったな」**の一言だけで通じ合う。

 

 「ダイブ起きたとき、マジで終わったと思ったけど……」
 「……いや、始まったんだよな、あれが」
 「……あんなの、2度と観られないだろ……」

 

 野音の芝生を歩く帰り道。
 みんなの心に残っていたのは——“確かに生きてた”という実感だった。


 「おい……あれ、どうすんだよ……ダイブ……」
 「……もう、止められる空気じゃなかっただろ」


 音響チーム、照明チーム、警備スタッフ。
 それぞれが手を止めて、最後のアンコールを見届けていた。

 
 「正直、規定違反ではある。けど……」
 「このライブでそれを問題にするやつ、いるか?」


 誰も答えなかった。
 黙って頷いた。

 

 「お疲れさまでした」
 そう言い合ったとき、誰もがほんの少し、誇らしげな顔をしていた。




 「……見た? 最後のあれ」
 「当然です。ってか、あれ……歴史に残りますよ」

 

 レーベルの人間、雑誌の編集者、イベントオーガナイザー。
 誰もが、今見たものを**“記録”にする使命**を感じていた。

 

 「次の特集、決まりだな。タイトルどうする?」
 「“叫べ、まだ終わりじゃない”だろ。これ以上の見出しあるか?」

 

 誰かがつぶやいた。

 

 「これ……メジャー行かせたらダメだな。
  このまま、こいつらの“反則”を守ってやらないと」

 

 それに対し、別の男が小さく笑った。

 

 「……同感。金にならなくていい。
  あれは、売れるとかじゃねぇ。遺すものだ」

◆バンドマンたち
 真田晴翔(BLUEBIRD)は腕を組んでいた。
 柚葉(Y.U.N.O)はフードを被りながら、無言で空を見上げた。
 橘一誠(TAC)は鼻を鳴らして笑う。

 

 「やられたな」
 「……うん。完敗」
 「アイツら、ちゃんと“音”で生きてた」

 

 誰も嫉妬しなかった。
 誰も負け惜しみを言わなかった。

 

 ただ、全員がそれぞれに**“次のライブ”で超えてやる**という炎を抱いていた。

 

 その夜、バンドマンたちはSNSで一切何も発信しなかった。
 ただ、音で答えることを誓って、それぞれの帰路についた。

 ステージが終わった直後、
 誰よりも早く、誰にも気づかれずに会場をあとにした男がいた。

 

 志賀零士。

 

 IGNITIONフェスで《まだ終わりじゃない》を最初に“目利き”した男。
 本来、今日のこのステージにも並んで立つはずだった男。

 

 けれど、彼は今夜——客席の後方、柱の陰に立ち、
 一言も発さず、ずっと4人の演奏を見ていた。

 

 ——野音で飛んだ? 出禁?

 

 そんなことは、彼にとってどうでもよかった。

 

 彼が見ていたのは、ルールでも、規模でも、派手さでもなく——
 **“本当に音楽で心を殴れるバンドか”**という一点だけだった。

 

 ラストアンコールの終わり、
 悠人が“志賀に向けたようなセリフ”をマイク越しに放った瞬間。
 志賀はほんの少しだけ、笑った。

 

 「……刺さってるよ、ちゃんと。バカ」

 

 その言葉を誰にも聞かれることなく、
 志賀は背を向けて会場を後にした。

 

 4人には何も伝えなかった。
 でも彼の背中は、**“今のお前ら、もう十分にイカれてる”**と語っていた。

バックステージには、音がなかった。
 いや、正確に言えば音が“残っていた”。
 けれど誰も、それを口に出そうとはしなかった。

 

 蓮は、ペットボトルの水を一気に飲み干すと、
 何かを飲み込むように息を吐いた。

 

 翼は、ドラムのグリップを握ったまましばらく動かず、
 そのまま楽屋の壁にもたれかかる。

 

 結華は、ギターを丁寧にケースに戻す途中、ふと手を止めた。

 

 「……ねえ」

 

 その声に、全員が顔を上げた。

 

 「なんか……終わったのに、全然終わった感じしない」

 

 悠人は、笑いながら首を振った。

 

 「終わってないんだろ。まだ」

 

 静かに頷く3人。
 誰もが“このバンド”の先が、まだずっと続いていくことを理解していた。

 

会場の照明がすべて落ち、夜の闇がしんと野音を包み込んでいた。
 遠くで機材トラックの音が鳴っていたが、ここはまるで無音だった。

 

 悠人はベンチに腰を下ろして、深く息を吐いた。
 その隣に、あかねがそっと座る。

 

 「……すごかったね」
 ぽつりと、あかね。

 

 「……うん。やりすぎたかな」
 そう言って悠人が笑うと、あかねもふっと笑った。

 

 「ダイブ禁止って言われてたのに、あんな……」
 「うん。でも……飛びたいやつがいるなら、止めたくなかった」

 

 その言葉に、あかねは小さく頷いた。
 少しだけ目を潤ませて、遠くのステージを見つめる。

 

 「最後、あたしの前で歌ったでしょ」

 

 「……気のせいじゃない?」

 

 「ううん、ぜったい。こっち見てないようで、見てた」

 

 悠人は何も言わなかった。
 けれど、ふいにあかねの手を、そっと握った。

 

 あかねも、何も言わず、握り返す。

 

 「ありがとね、来てくれて」
 「こっちのセリフだよ。……あんなの、観られたら、もう……一生の宝物だよ」

 

 言葉が尽きると、しばらくふたりは沈黙した。
 でもその沈黙は、心地よかった。

 

 星が、ほんの少しだけ見え始めていた。

 

 あかねが、ぽつりと呟いた。

 

 「まだ、終わらせないでね」

 

 悠人は頷く。
 手を握ったまま、しっかりと、そう言った。

 

 「……終わらせるつもりなんか、ないよ」
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