料理大好き令嬢は冷酷無愛想公爵様の笑顔が見たいので、おいしいものをいっぱい提供します

よどら文鳥

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1巻

1-2

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 もちろん食事になにかを入れるような、そんな卑劣ひれつなことはしないし、殺意なども当然ない。
 だが公爵ともなれば立場上、命を狙われていてもおかしくない。もっと警戒してほしいと余計な心配が出てしまった。

「言っておくが、キミが相手だからそのまま食べただけだ。普段から警戒なしでいるわけではない。むしろ警戒しかしていない」

 私の心を読まれているかのようだった。もしくは私の顔に心配ですといった気持ちが出ていたのかもしれない。

「失礼ながら、私とは初対面ですよね……?」
「話すのは初めてだ。だが、俺はキミのことをずいぶん前から知っている」
「え?」
「だから警戒するつもりはない」

 ここ数年、お父様からよく言われていたことがある。
『なにか食べる際は、銀のスプーンを使って毒が入っていないか確認するのだ』と。実際にお父様のお店では、全て銀製のスプーンやフォーク、ナイフが用意されているくらいの徹底ぶりだ。
 それくらい、貴族として口に入れるものを警戒するのはあたりまえのことだった。
 しかし、クノロス公爵様はなんの躊躇もせずに、手掴みで食べてくれた。料理人として信頼されているようで、これは素直に嬉しかった。

「ところで、どこで私のことを?」
「……うまい」

 クノロス公爵様は、私の質問を聞く暇がないほど夢中になって食べていた。これも嬉しいことである。細かいことに関しては、またあとで聞くことにしよう。

「さすが、国宝級クラスの料理人でもあるスコーピン伯爵の娘だ。キミの婚約者が羨ましい。こんなにもおいしいものを毎日食べられるなんてな」

 冷酷無愛想と噂されている人の発言とは思えない。
 いつの間にか恐怖という感覚は私の中から消えていた。

「いえ。料理は使用人に任せれば済むのだからと、元婚約相手の命令で彼の前では一切料理をさせてもらえませんでした。だから彼は私の料理を食べたことはなかったんです」
「もったいない。……ん? もと?」
「はい。つい最近、婚約解消になりましたので……」

 一瞬だけ、クノロス公爵様がフッと苦笑いをした。

「そうか。さすがにあの男に嫌気がさしたのだな」
「いえ、婚約解消を宣言してきたのは相手です」
「は!?」

 うわ、びっくりした。クノロス公爵様がとんでもなく驚き、広い部屋の中に響き渡るほど大きな声を発していた。

「あの男に婚約者がいただけでも奇跡だというのに、まさか自ら婚約を断ち切るとは」

 そう言ってからというもの、気のせいかもしれないがクノロス公爵様はやたらと私の顔を見てきている……

「ところで、私を招待してくださった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そうだったな……」

 それだけ言ってしばらく無言が続いた。私が婚約解消されたことを話してから、明らかに様子がおかしい。

「大丈夫ですか……?」
「ダメかもしれんな」
「はい!?」
「いや、こちらの話だ。実はキミを招待したのは、スコーピン伯爵が趣味でやっている料理店のことについて話したかったからなんだ。だが……」

 まさかではないが、貴族らしく領地の管理に集中して、店を畳めとか言われてしまうのではないだろうか。お父様は領地の管理を徹底しているうえであの店をやっている。その辺は国王陛下も認めてくださっているし、大丈夫だとは思う。
 それでも、良からぬことを言われてしまうのではないかと考えてしまった。
 もしも噂どおりの冷酷無愛想なお方だとしたら……

「話を聞く限りでは、キミには現在婚約者がいない、そういうことだな?」
「はい」
「ならば予定を変える。キミがよければの話だが」
「はい……」

 再び無言が続き、私の心拍数は緊張によって暴れている。
 恐いから、言いたいことは早く言ってください!

「しばらく公爵邸で、住み込みで料理長をやってもらえないだろうか?」
「へっ? 料理長ですか!?」

 そう言われた瞬間、別の意味でドキドキしてきた。今度は嬉しい緊張感である。ワクワクが止まらなくなってしまい、ウキウキしながらクノロス公爵様に聞き返してしまった。

「……急に目つきが変わったな」
「それはもう、料理関係のお仕事をいただけるとは考えていませんでした」

 私の夢であるお父様のお店の支店を作るためには、何年も修行が必要で、すぐにできることではない。しかも、公爵邸で料理長をしていたという肩書きは、世間の信用にも大きく関わってくる。
 だが、一度冷静になろう。私は料理のことになると、歯止めが利かなくなってしまうから。

「少々考えてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ」

 公爵邸で住み込みということは、未婚の男性とひとつ屋根の下に住むということである。
 貴族令嬢が未婚の男性の家で居候いそうろう……これは主に私に対して世間の、特に貴族からの目が厳しくなる可能性が高い。
 ……うん。問題なし! すでに婚約解消された私個人への評価はボロボロだろうし、この先縁談の話がくるとは思えない。
 それに、これはお父様に対して挽回できるチャンスだ。たとえ恐い噂があったとしても、王家に連なるクノロス公爵家との繋がりを持つことは、貴族的なメリットが大きい。
 おまけに仕事として料理を作ることができる環境になるのだから、将来的にも大きな経験値になる。公爵邸で働いていた料理人がお父様の店で働いているとなれば、それはお父様の店への評価へも繋がる。
 考えれば考えるほど、私の目はギラギラと輝いていた気がする。
 クノロス公爵様は相変わらずの無表情でじっと私を見ていた。

「焦ることはない。一度、両親とも相談したうえで決めてくれ」
「ありがとうございます」

 クノロス公爵様の悪評はどこへやら。少々言葉遣いが荒いとは思ったが、今のところ噂で聞くような『冷酷』というイメージは全くない。
 だが、まだ仕える前の段階だから、敢えて優しく振る舞ってくださっている可能性はある。
 とはいえ、料理長として働けるワクワクのほうが先行しているため、あまり気にしてはいなかった。お父様たちもきっと了承してくださるだろう。
 楽しみになってきた!


 ◇


「あらためまして、本日よりお世話になります、シャイン=スコーピンです」
「……昨日の今日で来る奴があるか」
「お父様たちの了承も得ましたし、もう楽しみで楽しみで……」

 昨日、私は帰ってからすぐにお父様たちに報告し、どうにか許可をいただいた。
 実のところ、最初は反対されていた。だが、私が料理関係のことになると歯止めが利かなくなることはお父様が一番理解していた。『今までの経験をぶつけてこい。ただし危険になったら即逃げるのだ』と言われたことは黙っておこう。
 ところで今日は執事さんがいないらしく、出迎えてくれたのがクノロス公爵様である。
 昨日も疑問だったのだが、他の使用人たちはどこへ?
 昨日と同様、相変わらずクノロス公爵様の顔色が悪そうだ。

「……ふ、新米料理長は面白い奴だ。現在キミ一人しかいないが、他に人手が必要であれば、配属などは全て任せようと思っている」
「私一人だけですか? 失礼な発言かもしれませんが、公爵邸ですし何人か料理人がいるものかと思っていました」
「できることは自分でやりたい主義なのだ。だが、さすがに仕事が増えてきて、屋敷の管理に時間を割けなくなってしまってな」

 噂で聞くような話がチラホラと出てきた。クノロス公爵様は人と関わるのを極端に避けていて、専属使用人やつき人を拒絶しているお方だと聞いたことがある。
 だんだんとクノロス公爵様がどんな人か理解してきた。

「もしかして、執事さん以外にこの屋敷で働いている人は……」
「雇っているのは交代制の門番三人と、住み込みで働いている執事のゼガルだけだ。なお、門番は屋敷内への立ち入りを禁止としている」
「へ……?」
「なにを驚いている?」
「この大きさの屋敷で、使用人が執事だけなことにビックリしてしまいました」
「ゼガルには悪いとは思っているし、門番にもすまないとは思っているが、仕方のないことだ」

 これはあまり聞くと失礼になりそうだったから、ここまでにしておく。あくまで私は料理長として働くのだから。
 とはいっても、誰もいない状態でスタートというのは、私にとってはむしろ好都合でもある。変にプライドの高い先人がいたら、色々と厄介だったし。きっと私みたいな貴族令嬢が料理長だなんて認めない人もいるだろうからね。

「ひとまず、専属として働いてもらうわけだ。キミの部屋へ案内しよう」
「クノロス公爵様が自ら案内してくださるのですか?」
「あぁ。両親が亡くなってからは、この屋敷にはゼガルと俺の二人以外は門番含め決して入れない。ゼガルが不在のときは俺が動く」

 どうして、公爵ともあろう方の屋敷なのに、雇い人が少ないのだろう。いくら人と関わりたくないとはいえ、大変だろうに。
 クノロス公爵様の噂となにか関係があるのだろうか。


 ◇


「この部屋を……私が!?」
「部屋は余っているからな。気に入らなければ別のところでも良いが」
「いえいえ、とんでもございません! むしろ、こんな豪華な部屋を私などが使ってしまってよろしいのですか?」

 高い天井にはシャンデリアがぶら下がっている。奥には綺麗なカーテンつきのベッドが置かれ、部屋の中にさらに小さく区切られた、用を足す場所と風呂場まで設置されているのだ。テーブルと椅子も揃っているし、お父様の個室よりも待遇たいぐうが良い。
 私が尋ねると、クノロス公爵様はまぶたを一瞬細め、不機嫌そうな表情へと変わってしまった。

「私などと言わないでほしいものだな。キミは俺が雇った料理長なのだぞ。過小評価は控えてもらいたい」
「も、申しわけございません」
「キミに住み込みで働いてもらうには、この部屋でちょうど良いくらいかと俺は思っている」
「ありがとうございます。では、遠慮なく使わせていただこうかと」

 これ以上機嫌を損ねてしまうのはまずい気がした。
 ここは素直に従い、ありがたくこの部屋を使おう。贅沢すぎる待遇たいぐうを受けるのだから、料理もとんでもない量を作ることになるのかな。それでも全身全霊頑張るつもりだから問題はない。

「住むにあたり、なにか足りないものがあればゼガルに言ってくれ。可能なものは用意させる」
「こんなにいたれりつくせり……」
「なにか問題でも?」
「あ、いえいえ! とんでもございません!」

 クノロス公爵様を怒らせたら恐そう。彼の言うことには反論や疑問は持たず、なるべく従うことにしよう。
 と、思っていたが、さっそく信じられないことを言いだしたのだ。

「給金に関しては、ひとまず先払いで年内の分は支払わせてもらう。昨日のうちにすでに用意しておいたから受け取ってくれ」
「先払いですか!?」
「あぁ、そうだ。万が一の話ではあるが、途中で嫌になって逃げ出したとしても、給金を返せとは言わない。そのときは、あくまで俺の見る目がなかったと反省するだけだ」

 なにをどうやったらいきなり、こんなに多大な信頼を得られるのか、私には良くはわからなかった。
 だが、今の私にとって給金を先にいただけるのは非常に助かる。
 ソルドとの関わりの中で、彼の尻拭いをしたり支払いを押しつけられたりして出費が重なっていた。私の所持金はほとんどなかったのだ。
 巾着きんちゃく袋を受け取り中身を確認すると、金貨が四十枚、銀貨が百枚入っていた。買い物するときは主に銀貨以下の貨幣かへいが主流だから、敢えて両替してくださったのだろう。
 ところで……

「あの……ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「この契約は生涯契約ですか?」
「いや、辞めたいときに辞めれば良い。給金は年に一度の支払いだが」

 いろいろとおかしい。反論や疑問は申し出ないと自分自身に誓ったが、さっそく誓いは裏切られた。

「今年は、残り百日程度だと思いますが……」
「そんなあたりまえのことを俺に聞くのか?」
「いえ、そうではなくて、百日程度の働きでこの給金は多すぎではありませんか?」

 貴族界の年俸ねんぼうは平均で金貨五十枚と言われている。住み込みで働くとはいえ、百日程度でこの金額だとしたら、年俸ねんぼうだと金貨二百枚近くにまでなってしまう。
 なお、お父様の貴族としての任務は領地の管理で、貴族界隈でも優秀な働きを評価されていている。それでも年俸ねんぼう金貨二百枚近くだ。

「そうだな、たしか父上がいたときにいた料理長の年俸ねんぼうは金貨三十枚だと言っていた。住み込みではなかったがな」
「やはり、私はもらいすぎでは……」
「あんな過去の料理長のようなヤツとキミを同じにしたくなどない!」

 クノロス公爵様は、さきほどよりもさらにうんと強い口調で怒鳴る。
 私は思わず圧倒されてしまい動けなかった。

「すまない。だが、この額で良いと思っている。ゼガルにも相談したうえでの決定事項だ」
「で……ではありがたく受け取らせていただきます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします」
「あぁ」

 クノロス公爵様は、どうしてこんなにも怒ってしまったのだろうか。まずは、彼を怒らせてしまいそうなポイントがどこなのかを分析しないといけないかもしれない。

「では仕事内容について俺から話そう」
「はい!」

 本当にお金をもらいすぎなんじゃないかと改めて思う。
 というのも、私はクノロス公爵様とゼガルさんと私の分の食事を用意すれば良いだけらしい。私の分って……雇い主と同じ料理を食べたらダメでしょう。
 と異論はせずに大人しく従うことにした。
 外の門番の食事は、自分たちで持ってくるという契約になっているから不要らしい。
 私に与えられた部屋に関しては、掃除など含め自己管理することとなった。時間が空いているようならば、ゼガルさんの手伝いをしていれば良いそうだ。
 しかも、ゼガルさんの手伝い代は別途支給するなどと言われてしまった。
 さすがに待遇たいぐうが良すぎだよ……。だが、これ以上給金に関してクノロス公爵様に聞くことは恐れ多くてできない。ある意味、私の責任は超重大な気がしてきた。
 料理で幻滅されてしまったら、大変なことになる気がする。三人分の食事を三食を作るだけなのだし、私一人でしっかりとしたものを作ろう。そう決めた。

「……では、今日の夜食から頼む」

 クノロス公爵様は私の部屋から退室しようとしたが、最後に一つだけ聞きたいことがあったため、声をかけた。

「ところで、苦手な食べ物などはありますか?」
「…………」

 後ろ向きのクノロス公爵様からの返事はない。

「あの……」

 その瞬間、クノロス公爵様が体勢を崩してよろけてしまった。
 すぐに彼のそばに近づき、完全に倒れるのを阻止しようと身体を支えた。思ったよりも軽い。
 とは言っても、大人の男性の体重を全て支えることはできず、結局地面に座り込んでしまった。
 だが、地面に直撃するのを避けることはできた……と思っておきたい。

「だ、大丈夫ですか!?」
「心配無用……最近良くあることだ」
「急に倒れるなんて良くあってはいけませんよ! とにかく、ひとまずベッドへ、休んでください」
「いや、ここはすでにキミの部屋だ。借りるわけにはいかない。俺の部屋は少し先だから」
「もとはと言えばクノロス公爵様の部屋でしょう? ともかく、ゼガルさんもいないのですから少し休んでください。ちょっとでも近いベッドで! ひとまず、飲み物を持ってきますから!」

 昨日から顔色が悪そうだった。なにか病気でも抱えているのだろうか。心配になってきた。
 私の力だけではベッドに連れていくことすら難しい。
 ここはクノロス公爵様に頑張ってもらい、私は支え役として体重の一部を預かるだけ。フライパンなどの重たい調理器具を毎日料理で使って自然と筋力は鍛えられていたけれど、私はまだまだ非力だと痛感する。それでもなんとかしてベッドまで運んだ。
 今心配していてもなにも解決できないし、こういうときは多分だが、まずは水分!
 胃がやられていたとしたら水分投与は逆効果だと聞いたことはあったが、吐き気はなさそうだ。なかなか横にならないため、半ば強引に寝てもらい、私は大急ぎで水を用意した。
 ところで、水汲み場って……どこ?


 ◇


「はい、ひとまず水を……」
「あぁ、いきなりすまないな……」

 クノロス公爵様の身体をゆっくりと起こし、カップに注いだ水を飲んでもらった。
 独断で水を飲ませてしまったが、大丈夫かな……ここは医師を呼ぶべきか、王族の人たちに連絡するべきなのか、判断に迷う。
 それにカップや水汲み場を探すのにも時間がかかってしまった。用事を終えて公爵邸に帰ってきていたゼガルさんに教えてもらって、やっと辿り着くことができたのだ。
 早く公爵邸のことも覚えていかないと。

「いきなり部屋を、特に大事なベッドを汚してしまいすまないな」
「そのようなことは気にしないでください。それよりも、良くあるとおっしゃっていましたよね? 倒れやすいのには、なにか理由があるのですか?」
「俺自身の問題だから、キミは気にしなくて良い」

 クノロス公爵様は、私の問いかけを相手にしてくれない。雇われの身としては、いや、そうでなかったとしても『はいそうですか、では失礼します』などと返事をしたくはなかった。
 彼に対して不満げな表情でアピールした。私の頑固さがついに発揮される。

「気になります! だって、これから同じ屋根の下で過ごすのですから!」
「お、おい……」
「なにも言ってくださらないなら、あなたの近くの方に、国王陛下であろうとも報告して、すぐにここへ来ていただくよう私は全力で動きますよ! このまま理由も知らずに、また公爵様が倒れて意識でも失ってしまったら、私は悲しみます!」

 はっ、しまった。さすがに言いすぎた!
 雇い主に対して言うべきことではなかった。
 しかも、感情のままに怒りながら発言してしまった。さらにさらに、無自覚にクノロス公爵様のことをあなた呼びしてしまったような気が……

「申しわけございません。言いすぎました」
「キミはそこまで心配してくれているのか」
「それはあたりまえです!」

 クノロス公爵様は、一度私に見えないように顔を隠し、しばらくしてから再びこちらを向いた。顔色は悪いままではあるが、怒っているような表情はしていなかった。
 相変わらずの無表情である。

「やはり、キミを雇ったのは間違いではなかったようだ」
「いえいえ、私はまだなにもしていませんから」
「ここで働いてもらうにあたって、適性は十分だ。あとはキミの料理を楽しみにしている。安心しろ、食事は少しだが摂れそうだ。それから……」

 ほんの少し、顔を赤らめているクノロス公爵様。熱が上がってしまったのかもしれない。
 しかし……

「さっきのように、俺のことを今後はやんわりと呼んでくれないか?」
「え?」
「あまり堅苦しくならないでほしい。そのほうが俺としてもしっくりくる」
「は、はい。かしこまりました」

 このとき、クノロス公爵様は一瞬だったが、ニコリと微笑んでくれた。
 そ、そうか。使用人が少ないのも、本当に信頼できる人だけを雇いたいと思っているからなのかもしれない。なんの確証も持てないけれど、そう思うと、なぜだか私は嬉しくなった。
 冷徹れいてつ無愛想と噂されていたけれど、私は全くもってそんなことはないと私は思う。怒りっぽいところはあるのかもしれないが、冷酷無愛想ではない!
 それほどの説得力がある微笑みだったのだから。

「では、今後は公爵様と」
「それだけか? 名前ではないのか」
「いえいえ、さすがに主従関係をおろそかにはできませんよ」
「無理もないか……」
「公爵様は無理しすぎです」
「そういうことではない」

 クノロス公爵様がまたしても一瞬微笑んでくれた。冷酷無愛想と言われている中で、私だけが彼の微笑んだ顔を見られるなんて、住み込みの特権のようだ。
 嬉しくてニヤニヤが……

「なぜ笑っている?」
「い、いえ。私は料理をしないといけませんね!」
「本当にキミは不思議だな」

 念のため、公爵様には食事までの間は休んでもらった。
 最初は恐かったけれど、公爵様に興味がわいてきた。これからは、心の中だけはエムルハルト様と呼んでしまおう。なんだか、一気に親しみを持ってしまった。


 ◇


 食料庫に残っている材料と、私が持ってきた食材を駆使くしして最初の仕事を終えた。
 最初から全力で挑み、完成品をテーブルに並べた。

「なんなのだ、これは?」
「公爵様にご用意したものはウメ粥と言います。ウメというのは、はるか東にある国から仕入れた食材になります」
「ウメ……初めて聞く名だ」

 そうだと思う。お父様は世界各国から食材を仕入れて、独自に調理をしている。
 ウメは長期保存が可能で、なおかつこのパティッシェ王国では入手困難なため、大変高価な食材だ。私が公爵邸で特別な料理を作る際に使えるようにと、お父様が分けてくれたのである。
 まさか初日に使うことになるとは思っていなかったが。


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