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九 キョウ国王の戦後処理

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 カミヅカ王は、居城にもしている本城とはいえ、この城はあまり好きではない。戦闘時の防御の要になるという機能に欠けているからだ。丘の上ではなく、ふもとに作られた城。先祖は、この丘の対称をなした美しい形に心を奪われたらしい。頂上に祖神を祭り、城の背後にすることで守護を得ようとしたのだ。
 ゆえに、丘をけずって本城を移築する計画は、若い貴族がかならず一度は提案して却下される、いわば、くりかえし話されるある種の冗談のようになっていた。むろん、丘には祖神がいるのでその景観を乱すような工事は行えない。堀は掘れず、城壁はこれ以上高くできない。ただ、城壁が直線すぎるので、防御を強化するため、入り組ませた形にする工事が来年から始まる予定だった。
 それでも、玉座から振り向き、いつも背負っている丘を見ると、先祖がここに特別な意味を見出した心は理解できる。丘の完璧に対称な曲線。うわさでは、帝国の詩人でさえ美しさのたとえに用いているという。
 それに、丘の祖神を祭る儀式は、先祖が代々伝えてきたアケノリ家の伝統でもある。父が、兄ではなく弟である自分にこの地をまかせたのには意味があるはずだ。
 帝国の南に位置する古ジョウ国を南北に分割し、帝国と直接国境を接する北側をジョウ国として兄に、先祖の丘をふくむ南側をキョウ国としてわたしに継がせたのは、家の歴史と伝統を守って次世代に伝えるのはわたしの役目ということにほかならない。だから、その義務を果たすための力の行使は許されるはずだ。それが甥であってもだ。
「ジョウ国軍の動きは?」
 そばに控えるハツシマ公に聞く。
「は、昨日以来目新しい動きはありません。レキト山、およびデマアル山でのゴオレム戦を主として国境での戦闘が続いていますが、どちらも国境を抜けません」
「東と西は早くも膠着か。ゴオレムが頑張っているのではやむを得ん。まあ、想定したとおりになったな。では、中央のコウエキケ山はどうなっているか」
「それが、まったく報告がありません。昨日、使者の国境通過ののろしが上がってから、戦況報告が入ってきません」
「山頂基地を占領したはずだが、のろしは?」
「確認できません」
「早馬は?」
「昨夕、城を出発しました」
「そうか、では報告を待つとするが、おかしいではないか。いまや、ジョウ国のゴオレムは二体しかいないはずだ。コウエキケ山のゴオレム隊はほとんど抵抗なくふもとの基地に攻めこんでいるはずだが」
「戦況についてはまだわかりませんが、ゴオレムの数についてはたしかにその通りです。今年になってから二体しか確認されておりません」
「まちがいないだろうな」
「信頼できる情報です。目的までは不明ですが、一体になんらかの改造を行おうとして背中に穴をあけ、失敗して核石にひびを入れるかにごらせてしまったのです」
「その目的とやらが気になるな。なにかほかに情報はないか」
「実は、あるにはあるのですが、情報の提供元が疑わしく、たいへん確度が低いものです。お耳に入れるようなものではございません」
「よい。一応聞こう」
「は、人を乗せ、ゴオレム体内の核石を直接操作する型を作ろうとしているのだという情報です。検討にも値しません。その情報提供者との関係は打ち切りました」
「そうか、なるほどそれでは信頼に値するとは言えぬな。それで、そのゴオレムはどうなった?」
「城内北の塔に放棄されています。ゴオレム技術者たちが、修復できないかと様々な作業は行っているようですが」
「では、修復に成功したのではないか」
 ハツシマ公は眉を上げて首を振る。
「そうだな、そもそも核石の修復ができるのであれば、ゴオレムを量産しているはずか。では、現状をどう判断する? また、今後はどう戦うか」
「わたしは、これは戦によくある情報の混乱とみております。俗に戦場の霧と申しているものでしょう。綿密に計画を立てたつもりでも、動き出すとどこかにほころびが出るものです。こういうばあいには些末なことにこだわるよりも大局を見て行動すべきと考えます。そういう視点で判断すると、現状は、当初の計画からは大きくずれてはいないと見ます。それゆえ、今後の戦いも計画通り進めるべきです。変更は現場での小さいものにとどめ、われわれは腰を据えているのがよいでしょう」
「わかった。そのとおりであろう。だが、情勢の変化、とくにコウエキケ山へ向かった早馬の情報は遅滞なく伝えよ。わたしが休息中であってもかまわぬ」
「はい、仰せのままに」
 ハツシマ公は礼をする。カミヅカ王は眉間のしわを中指で伸ばすようにもむ。甥はどうしてしまったのだろう。報告の通りゴオレム二体しか運用できないのであれば、開戦など選択肢にもならなかったはずなのに。あの兄の息子であり、帝国で教育をうけたということを買いかぶりすぎたか。机の上で理論を組み立てるのはよくできるが、世界を広く見渡し、そのなかで国を動かすのは荷が重すぎたのかもしれない。
 カミヅカ王は、しわを伸ばした中指でこめかみをとんとんたたく。
「この戦争は早期に決着させねば。甥がゴオレム二体しか持たない状況で開戦を選択するとは思わなかったが、甥の愚かさの責を庶民にまで負わせるわけにはいかん」
 ハツシマ公や、周りにひかえる貴族たちは賛意をあらわす。
「貴族たちも、望めば用いてやろうと思うが、そちたちに異存ないか」
「ございませぬが、マトリ公などの重臣はいかがするおつもりでしょうか」
「戦争の責任者である以上、甥は極刑、重臣たちもそれなりの刑に処するのが妥当であろうが……しかし、難しいところであるな。ハツシマ公よ」
「はい、処分しても、しなくても後々に禍根をのこします」
「それにしても、あのマトリ公も老いたものだ。兄の代から仕えていながらヨリフサのような若輩一人諫められぬとは」
 ハツシマ公は、甥とはいえ隣国の王を呼び捨てにするカミヅカ王のいらだちを、たしかにもっともなことであると思う。マトリ公がついていながら、というのは城の皆が感じていることでもあった。
 カミヅカ王は茶をひとくち飲む。
「兄の葬儀だ」
 ハツシマ公はまた眉を上げ、怪訝そうに小さく首をかしげる。
「そう、兄の葬儀だ。あのような略式ではなく、あらためて本式に執り行い、それを理由に戦争責任の一部に対して恩赦を与えよう。これでどうだ。前例もある」
「はい、すでに実子によって行われた葬儀のやり直しはいささか苦しいところもございますが、理屈は通らないこともないでしょう」
「理屈が通るのであればよい。その後、重臣たちは隠居させ、甥には国史編纂の任を与える」
「そのねらいはなんでしょうか」
「ふたつある。ひとつは、ヨリフサは、机上の学問はできるようだから、政治とかかわりのないところで仕事をさせて忙しくさせておく」
 貴族たちは興味深そうに聞いている。
「ふたつは、こちらのほうが主なのだが、ジョウ国の歴史を研究させ、帝国計量単位への置き換えなどを考えていた自分の浅慮に気づかせる。甥には歴史や伝統に基づく視点が欠如している。これを与えれば精神にしっかりとした根をはり、立派なアケノリ家の一員として更生できるはずだ。これでどうか」
「恩赦は良いとして、そううまくいきますかな」
「さすがにヨリフサはそこまで暗くはないであろう。それともハツシマ公よ。そちは、甥は足元もわからないほどの愚人と見るか」
「人の評価はあてにならぬものでございます」
「それはそうだ。様子を見、そこまで愚であれば、わたしもそれなりの処分はおこなう。すまぬが、甥についてはまかせてくれ」
「滅相もございません。わたしは一般論を申し上げました。陛下の決断は尊重いたします」
 ハツシマ公はカミヅカ王に謝られて、あわててしまう。カミヅカ王は続けて言う。
「あとは、帝国や周辺国に弱みを見せないようにせねば。甥のしたこととはいえ、ゴオレム一体を失ったのは頭が痛い問題だ」
「その通りです。わたしも情報が拡がるのはできるだけ抑えるようにいたします」
 話が変わったのでハツシマ公はほっとする。
「たのむ。わがキョウ国が主体となる新ジョウ国は、世界にとってなんら脅威ではないが、ふりかかる火の粉を払う力は持っていると認識させねばならぬ」
「そういった外交の能力については国の位置が位置だけにジョウ国に一日の長がございます」
「そうか。では、戦後すぐに担当者は確保し、文書類は散逸せぬよう回収せよ」
「おまかせください」
「戦はこういうものだとわかってはいるが、処理することが多すぎる。とくに今回は、勝利がわかっている戦争そのものよりも戦後処理が重要だ。過ちは他国に付け入る隙を与えかねない。勝ち戦のつもりが歴史を振り返ると亡びのはじまりになってはならぬぞ」
「御意」
 鐘が遠くでなっている。もう昼か。空は青く、昨日の雨で塵が落とされて空気は澄んだようになり、窓から見える庭の緑は水を得て生き生きとしている。
 カミヅカ王は目の前が開けたような明るい気持ちになった。先祖の神の丘が、わたしの背後からいまの考えに賛成し、祝福してくれているようにさえ感じられる。
「昼はまだか」
 控えている者に聞く。いやしいようだが、考えがまとまったので腹が減った。ハツシマ公がほほ笑んでいる。
「すぐに準備が整います」
「今日は食欲がある。肉を多めに。汁も具をたくさん入れるように」
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