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八
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お祭りに店を出すのなら、早いうちに言っておかなくちゃいけないけれど、なかなか言い出せなかった。父さんに相談して、色々と教えてもらうこともあるのに、話しかけにくい。
いつも忙しそうで、夜遅く、もう寝た後に帰ってくるか、早く帰ってきたときは夕御飯を食べてすぐ地区の集会に出かけて酒臭くなってくる。酒の臭いをさせている父さんは話にならない。
「ちゃんと勉強してるか」
「してるよ」
「よし、じゃ、寄り合いに行ってくる」
母さんがつまらなそうな顔をしている。食事の後片付けをしてから、ふたりでぶどうを食べた。下に敷いた新聞や広告を読みながら皮をむいて、水気たっぷりの実を口の中でつぶす。
「どう、おいしい」
「うん」
「顔でわかる。にこにこして食べるから」
風呂に入って自分の部屋に行き、日記をつけていると父さんが帰ってきた。いつもより少し早い。それでも酒は飲んできたらしく、大きな声が聞こえてきたので、どのくらい酔っているか、話ができそうか様子をうかがうために、ドアを細めにあけて聞き耳を立てた。
「……でさ、今年は三地区合同でやろうって話になって」
「やっぱり」
「うん、それと合同祭の実績作っておくと、先生が動いてくれて、来年から町の予算とか、スポンサーとかつけられそうで」
「どういうこと?」
「先生がさ、町おこし予算を取ってこれそうでさ。そしたら芸能人呼んだり、派手なお祭りができそうな感じになってきてる」
「ふうん」
「後援もしてもらって……」
その後は、よく分からない事や、知らない人の名前がどんどん出てきて、自分の話を持ち出せる雰囲気ではなかったので、そのままドアを閉めた。どうやら、来年からはたくさんの人が参加する大きい祭りにするつもりらしい。
日記の続きをつけていると、自分のレモネードスタンドが色あせたように思えてきた。三地区合同なら他地区の上級生がいっぱい来て模擬店を出すから、下級生がスタンドを開きたいなんて言ってもだめだろう。できたとしても、本格的な模擬店の横で、テーブルの上でシロップと水を混ぜるだけのスタンドなんてだれも喜ばないだろう。
にわか雨の臭いが網戸から入ってきて、すぐに屋根を叩く大粒の雨音がした。窓を閉めると空気の動きが止まってむっとする。
その雨は一時間もしないうちにあがり、網戸にすると湿った涼しい風が入ってきた。コオロギと、名前は分からないけれど他の虫が二、三種類鳴いている。そこに、ウシガエルの低い声が響いてきた。捕まえたいけれど、持って帰ると母さんがとても嫌がる。
思いついて、いったん閉じた日記帳をまた開いてぶどうの粒に色をつけてみた。それから、レモネードスタンドについて調べたブックマークを全部消した。その日記帳とパソコンをテーブルに積み重ねておいて、蛙の図鑑を開いた。
南の国の鮮やかな蛙は背中からの写真がほとんどで、腹や足の裏が見てみたくなった。水族館に連れて行ってもらった時、こっちに腹を見せて水槽にはりついていた指先ほどの蛙をじっと観察したのを覚えている。腹には脈打つ内臓があり、吸盤は濡れて透明感があった。
「もう寝なさい」
母さんがドアの外から声をかけていった。枠がわずかにゆがんでいて下に隙間があるから光がもれて夜更かしできない。
「おやすみ」
灯りを消してベッドに転がった。おなかにだけ毛布をかける。すぐには寝られない。
目が慣れると色の無い部屋が見える。光が多いと色があって、暗くなって光が少なくなると形は見えるけれど色が無くなっていく。
枕の暖まっていないところを探りながら横を向くと、テーブルが机のそばで細い脚を伸ばしている。その上でカーテンがゆれていた。
いつも忙しそうで、夜遅く、もう寝た後に帰ってくるか、早く帰ってきたときは夕御飯を食べてすぐ地区の集会に出かけて酒臭くなってくる。酒の臭いをさせている父さんは話にならない。
「ちゃんと勉強してるか」
「してるよ」
「よし、じゃ、寄り合いに行ってくる」
母さんがつまらなそうな顔をしている。食事の後片付けをしてから、ふたりでぶどうを食べた。下に敷いた新聞や広告を読みながら皮をむいて、水気たっぷりの実を口の中でつぶす。
「どう、おいしい」
「うん」
「顔でわかる。にこにこして食べるから」
風呂に入って自分の部屋に行き、日記をつけていると父さんが帰ってきた。いつもより少し早い。それでも酒は飲んできたらしく、大きな声が聞こえてきたので、どのくらい酔っているか、話ができそうか様子をうかがうために、ドアを細めにあけて聞き耳を立てた。
「……でさ、今年は三地区合同でやろうって話になって」
「やっぱり」
「うん、それと合同祭の実績作っておくと、先生が動いてくれて、来年から町の予算とか、スポンサーとかつけられそうで」
「どういうこと?」
「先生がさ、町おこし予算を取ってこれそうでさ。そしたら芸能人呼んだり、派手なお祭りができそうな感じになってきてる」
「ふうん」
「後援もしてもらって……」
その後は、よく分からない事や、知らない人の名前がどんどん出てきて、自分の話を持ち出せる雰囲気ではなかったので、そのままドアを閉めた。どうやら、来年からはたくさんの人が参加する大きい祭りにするつもりらしい。
日記の続きをつけていると、自分のレモネードスタンドが色あせたように思えてきた。三地区合同なら他地区の上級生がいっぱい来て模擬店を出すから、下級生がスタンドを開きたいなんて言ってもだめだろう。できたとしても、本格的な模擬店の横で、テーブルの上でシロップと水を混ぜるだけのスタンドなんてだれも喜ばないだろう。
にわか雨の臭いが網戸から入ってきて、すぐに屋根を叩く大粒の雨音がした。窓を閉めると空気の動きが止まってむっとする。
その雨は一時間もしないうちにあがり、網戸にすると湿った涼しい風が入ってきた。コオロギと、名前は分からないけれど他の虫が二、三種類鳴いている。そこに、ウシガエルの低い声が響いてきた。捕まえたいけれど、持って帰ると母さんがとても嫌がる。
思いついて、いったん閉じた日記帳をまた開いてぶどうの粒に色をつけてみた。それから、レモネードスタンドについて調べたブックマークを全部消した。その日記帳とパソコンをテーブルに積み重ねておいて、蛙の図鑑を開いた。
南の国の鮮やかな蛙は背中からの写真がほとんどで、腹や足の裏が見てみたくなった。水族館に連れて行ってもらった時、こっちに腹を見せて水槽にはりついていた指先ほどの蛙をじっと観察したのを覚えている。腹には脈打つ内臓があり、吸盤は濡れて透明感があった。
「もう寝なさい」
母さんがドアの外から声をかけていった。枠がわずかにゆがんでいて下に隙間があるから光がもれて夜更かしできない。
「おやすみ」
灯りを消してベッドに転がった。おなかにだけ毛布をかける。すぐには寝られない。
目が慣れると色の無い部屋が見える。光が多いと色があって、暗くなって光が少なくなると形は見えるけれど色が無くなっていく。
枕の暖まっていないところを探りながら横を向くと、テーブルが机のそばで細い脚を伸ばしている。その上でカーテンがゆれていた。
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