レモネードスタンド

alphapolis_20210224

文字の大きさ
上 下
9 / 9

しおりを挟む
 目を開けると部屋は光と色でいっぱいで、外ではクモの巣がほとんどできあがっていた。蝉が鳴いている。
 きのうのポテトサラダがはさまれたホットサンドを食べ、ミルクを多めにしたカフェオレを飲んだ。歯をみがくころには背中に汗をかき始めていて、顔を洗う水が気持ちよかった。

 夏休みのプリントにある決まりだと、朝早いうちは友達の家へ遊びに行ってはいけないので、父さんが出かけてしまい、母さんが洗濯や掃除をしだすと、部屋で座っているくらいしかすることがない。

 癖がついて、お気に入りの生き物がすぐ出てくる図鑑をひらいて眺めていると、暖かい風が入ってきた。風というより空気がゆっくりずれて動いているようで、少しも涼しくならない。
 蛙の絵を描いていると昼になった。鶏のサラダとコロッケを食べ、麦茶を飲んで外へ出た。帽子を自転車の前かごに放りこんで土手へ向かう。誰かいるだろう。

「おーい」

 土手に上って見下ろすと、あいつらがいた。また二人でなにか捕ってる。

「こっちこいよ」
「蛙たくさーん」

 二人の自転車のそばに自分のも止めると、そばへ駆け寄った。

「ほら」

 バケツの中には、大きな蛙がつかまえられてあきらめたように浮かんでいた。
 周りを見ると、水がよどんだようになった浅瀬には、おたまじゃくしや、尻尾をつけた幼い蛙がいた。

「魚は」
「今日は捕れない。逃げ足速い」

 豆腐屋がくやしそうに答えた。

「不思議だよな、草の影でじっとしててすぐ捕まえられるときと、今日みたいにだめな日は全然だめ」

 豆腐屋といつも一緒にいる隣のクラスの奴が、手を振ってしずくを散らしながら言った。

「どうしたの、それ」とそいつの頬の絆創膏を指差して聞いた。

「自転車でこけたんだって」と、豆腐屋が代わりに答える。「顔から突っ込むって、普通ないよな」
「うるせえ」
 絆創膏自身も恥ずかしいと思っているのか、小さめの声だった。

「あっ、そこ」

 茂みの影に魚が三匹ほどかたまっているのを見つけた。網を持った豆腐屋がゆっくり近づいていったが、網が届くところまで行けずに逃げられた。絆創膏が、ほらな、という顔をする。

 水道の水と違う、ぬるくて、ちょっと青臭い浅瀬の水は、流れているのかいないのか見ているだけではわからない。蛙や魚が跳ねた波紋も吸い込まれるようにすぐ消えてしまう。
 その水に反射した日光は鋭く、空を見上げたほうが目が楽なくらいだった。蛙を捕まえ、魚に逃げられながら見上げる空は青く透き通っていて、落ちて行けそうだった。

 今日は夏休みで、明日も夏休み。夏休みはもうずっと終わらないんじゃないかという気がした。

(了)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...