つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 智久はパスケースに忍ばせている想い人の写真を見せてくれた。会社の忘年会の時に撮ったそうで、少し酔った赤ら顔の、笑顔で智久と肩を組みながら一緒に写っている男性は、肩幅が広くワイシャツの上からでも分かる筋肉質な体型をしており、頼りがいのある感じに見えた。そう伝えると、大学時代に水球をやっていてキャプテンを務めていたそうだ。名前は後藤誠。同い年の同期だが最初は部署が違ったので、ほとんど接する機会はなかったという。3年前に彼が智久の部署に異動してきた。上司の指示で誠とペアを組んで仕事をしていたが、明るくて面倒見がよく上司にも部下にも好かれていて仕事もできる彼に魅かれるのに時間はかからなかったという。今はまたお互い別の部署に異動してしまったが、プライベートでは、植物や動物が好きで大きな園芸店や動物園に行くのが趣味の誠に、お前も付き合え、と半ば強引に誘われてよく一緒に車で出かけていそうだ。話を聞く限りでは現在誠には付き合っている彼女はいないらしい。
 繭子が、それって立派なデートじゃなんじゃないですか、と冷やかすと、智久は、まあ向こうは僕を友人として誘ってるだけですけどね、と言いながらも照れくさそうに笑った。
 他にも、誠と飲みに行った時に彼が今の政治の問題について熱弁を振るって周囲の客たちも巻き込んで論争を繰り広げてしまったり、ある日、川で溺れていた猫を助けようと何も考えずにスーツのまま飛び込んでしまい無事に救ったはいいものの、ずぶ濡れのスーツを着たままでは電車にも乗れずにしかたなく2時間かけて歩いて家まで帰った話などを面白おかしく話してくれ、繭子を大笑いさせた。
  
 智久から繭子の好きな人のことももっと聞かせてほしいと言われたので、言える範囲で一平のことを話した。
 自分が通っている『古時計』という老舗のカフェレストランのマスターで、名前は古谷一平、年は38歳で、写真は持っていないが、黒いソムリエエプロンがよく似合うハンサムで優しい男性で低音の声も素敵で、親しみやすくて店の常連客から慕われ愛されているマスターだと伝えると、智久が興味深そうにへぇ~と頷いた。
 「あの辺りはたまに仕事で行きますが、そんな隠れ家的なお店があるとは知りませんでした。今度、あなたのマスターを見に行こうかな」
 "あなたのマスター"って…言い方間違ってますから…。心の中で訂正した。
 「えっ! あの、もちろんお店に行っていただくのは構いませんが、どうか私のことはご内密にお願いいたします…」
 「ハハハ、分かりました。もしその時坂井さんも店にいたら面白いだろうな! お2人の様子をじっくり観察したいから、行くときは教えてください」
 繭子は焦った。
 「そんなの面白くないです! 恥ずかしいのでご勘弁ください…」
 「冗談ですよ! 赤くなって、可愛らしいですね~」
 まるで先ほどのお返しのように冷やかされてしまった。

 それから、繭子と智久は今後のことを話し合って、お互いの両親には、会ったばかりで結婚を決めるのは無理なのでしばらくの間交際をしてから考える、と伝えようと決めた。断ればまた新しい見合い話が来ると思うし、2人ともそれだけは避けたかったからだ。とりあえず半年ほど付き合うふりをして、時期を見て、付き合ってみたが性格が合わなかったので別れたとでも言えば親も諦めるだろう。その後のことはその時考えることにした。両親を騙すことになってしまうが、繭子は自分のためというよりも智久のためにそうしたかった。根本的な解決にはならないが、少しでも彼に猶予ができるなら自分にできることなら何でも協力しようと思った。連絡先を交換し、偽装がバレないように双方の親に疑われない程度に会おうということで意見が一致した。
 
 「あなたは僕の大切な友人になりました。そう思ってもいいですか?」
 「はい、もちろんです。私にとっては友人というより、素敵なお兄さんができた、という感じですが。私は一人っ子なので」
 智久が笑った。
 「僕も一人っ子だ。そうか、うん、友人じゃなく僕もかわいい妹ができたと思おう。じゃあ、これからは繭ちゃんって呼んでもいいかな?」
 「もちろんです! じゃあ、私も、そうだな……智兄さんって呼んでもいいですか?」
 「うん、いいよ。ちょっと照れるけど…」
 「では、これからもどうぞよろしくお願いします、智兄さん」
 「こちらこそ、どうぞよろしく。繭ちゃん」
 
 今日初めて会ったお見合い相手とまさか兄妹のような関係を結ぶとは思いもよらなかったが、智久の人柄に好感を持ったし、今まで異性として意識せずに気楽に話せる大人の男性が親族以外にいなかったので何だか新鮮だった。偽装の関係が終わった後でも彼とはいい関係が築けそうだと思った。
  
 車で来ていた智久が自宅まで送ると言ってくれたが、繭子はこれから実家に寄るので、丁重に断った。
 次回会う日はまた改めてということで、繭子は智久にお礼を言い、手を振って遠ざかっていく智久の車を見送った。

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