つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 智久は繭子をホテル内の庭園に誘った。
 ちょうどいいベンチを見つけると、彼は繭子のために席の上にハンカチを敷いてくれた。恐縮しながらもお礼を言って座ると、彼も繭子の隣に腰を下ろした。
 
 「まずは、僕も謝罪します。お察しの通り、自分も両親に強く言われて仕方なくて、お断りする前提で来ました。申し訳ありませんでした」
 それを聞いて繭子はホッとした。
 「やっぱりそうだったんですね。逆に安心しました」
 だが、智久は俯くとそれっきり黙り込んでしまった。さっきも同じような様子を見せていたが今の方が深刻そうだった。
 すると、何か重大な決心をしたような顔つきに変わった智久が口を開いた。 
 「僕も、正直に打ち明けることに決めました。あなたになら話してもいいと思いました」
 智久が繭子と目と合わせた。
 「実は、僕にも好きな人がいます……。その人は、会社の同僚で……男です」
 「………」
 さすがにこれは全く予想していなかった。
 「これでもうお分かりかと思いますが……僕は同性愛者です。物心ついた時から好きになった人は全て男でした。色々悩んだ挙句、女性を知れば変わるかもしれないと、何人かとお付き合いをしてみたのですが全然ダメでした。友人としてなら大丈夫なのですが、やはり自分の恋愛対象はあくまでも男なのだとハッキリと認識しました」    
 繭子はただ彼の顔を見つめることしかできなかった。
 「驚きましたよね。僕のことを異常だと思ったでしょう?」
 「……確かに驚きました。でも、広岡さんを異常だなんて思いません。世の中には様々な人、様々な価値観があることを私なりに理解しているつもりです」 
 本音だった。テレビで自分は同性愛者だと公表している芸能人は何人もいるし、繭子はそういう人たちに嫌悪感などは特になかった。実際にこうして当事者と対面する機会がなかったので驚いたのは事実だが、智久に対する繭子の見方は何も変わらなかった。
 「…ありがとうございます。あなたは心の広い人ですね」
 「あの…ご両親はご存じないんですよね…?」
 「もちろんです。もし知ったら卒倒するでしょうね。両親はとても保守的な人間ですから。これまでにも何度も見合いの話はありましたが全て断っていました。理由を聞かれても、まだ若いし自由を楽しみたいから結婚する気はないと言って逃げ回っていましたが、もう30になったのだからいい加減に身を固めろ、と詰め寄られましてね」
 智久が苦笑した。
 「その同僚の方は、広岡さんのお気持ちには…?」
 「気づいていないでしょう。そもそも彼はストレート、異性愛者ですし、まさか友人がこういう人間で自分に恋愛感情を持っているなんて想像すらしていないでしょうね」
 「そうですか…。気持ちを打ち明けるおつもりは…」
 「ありません。彼とは毎日会社で顔を合わせていますし、言ってしまってたら関係が壊れるでしょうね。それに僕が同性愛者だと会社に知られたら周りからどんな目で見られるか…。会社にも居辛くなると思います」
 いくら昔と比べて寛容な世の中になってきているとは言え、現実はまだまだ厳しいのは容易に想像できる。繭子は自分がいた会社のことを思う。もし自分が同じ立場であの会社にバレたら間違いなく白い目や偏見の目で見られ、とてもじゃないけど会社にはいられないだろう。
 「僕は臆病な人間です。やっぱり本当の自分を知られるのは怖い。バレないようにそれと分かるような痕跡は一切残さないようにしていますので、親や親戚はもちろんですが、友人や彼を含めた会社の人間も全く知りません。知っているのは本当にごく一部の同じ仲間だけです。考えてみたら、ストレートの女性に打ち明けたのは坂井さんが初めてです」
 「そうなんですか…。でも、どうしてこんな初対面の私にそんな大事なことを打ち明けてくださったのですか?」
 智久はちょっと考えるような仕草をした。
 「正直自分でもよく分からないのですが、まずは、先に坂井さんからハッキリと断られたからでしょうね。正直、女性に言い寄られることが多いので辟易していましたが、女性の方から速攻でフラれたのは初めてです。結構ショックなものですね」
 そう言って笑ったが、すぐに顔を引き締めた。 
 「冗談はさておき、あなたと話をして、これだけは分かりました。あなたは裏表のない、誠実で信用できる方だと。現に、こうして僕のことを偏見を持たずに受け入れてくれました。それに、自分の気持ちを封印してまで好きな人の力になりたいというあなたの純粋な思いに心を打たれたからです」
 「広岡さん…」
 「今日はあなたにお会いできてよかったです」
 「私もです。正直に打ち明けてくださってありがとうございます。さぞかし勇気がいったことだと思います。広岡さんがこれまでどれほど苦悩されてきたか、そして今も苦悩されているか…。広岡さんのお気持ちを異性愛者の私が完全に理解することはできないかもしれませんが、でも人が人を好きになるのに相手が異性だろうが同性だろうが関係ありません。分かった風な口を利くなと思われるかもしれませんが、今はまだ難しいかもしれないけれど、いつかきっとご両親やその同僚の方も含めて周りの人たちが広岡さんのことを理解して受け入れてくれる日が来ると信じて、どうか諦めずに希望を失わずにこれからも生きていってください。私も陰ながら応援します」
 繭子の言葉に、感極まった智久の目に涙が光った。
 「…あなたは…本当に心の美しい人だ…ありがとうございます。僕も、あなたの恋を応援します。いつかきっと、あなたの想いが受け入れられて彼と結ばれる日が来ると信じています。だからあなたも諦めずに希望を持ち続けてください」
 
 2人は互いに自然に手を取り合うと、笑顔で頷き合った。

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