つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

文字の大きさ
21 / 59

21

しおりを挟む
 
 お見合い当日、約束の時間に待ち合わせ場所のホテルのロビーに着くと、それらしき男性が既にいた。
 男性は繭子の姿を認めると爽やかな笑みを浮かべた。
 「坂井繭子さんですね。初めまして、広岡智久と申します。この度はお時間を頂きまして誠にありまがとうございます」
 「初めまして、坂井繭子と申します。こちらこそ本日はお忙しいところありがとうございます。よろしくお願いいたします」
 互いに挨拶をすると、予約済みのレストランに向かった。 
 
 ああ、確かにお母さんの言う通り、背が高くスラッとしていて整った顔立ちをしていて年齢よりも落ち着いて見える。社名を聞けば誰もが知っている一流商社のエリートで、話し方や身のこなしも洗練されている。私が着ている淡いピンクのシフォンのワンピースを、とてもよくお似合いですね、と褒めてくれ、女性の扱いにもそつがない。さぞかし社内の女性たちの熱い視線を一身に浴びていることだろうな…。
 話題も豊富で、こういう場に慣れていない繭子の緊張をほぐそうと楽しい話を色々としてくれた。そのおかげで徐々にリラックスし会話が弾み、食事も和やかに進んでいった。
 
 繭子は智久に好感を持った。だから尚更不思議で仕方がなかった。こんな人がどうしてわざわざ自分なんかと会う気になったのか。どうせ今日限りだし、思い切って聞いてしまおうと思った。
 
 食後のコーヒーの後、繭子は尋ねた。
 「あの…お聞きしてもよろしいですか。どうして私とお見合いしようと思ったのですか? 広岡さんのような方なら、他にいくらでも相応しい女性がいらっしゃるのに…」
 智久が僅かに動揺したように見えた。
 「それは…」
 「おそらく、どうしてもと頼まれて断り切れずに仕方がなくお会いしてくださったんですよね。でも、ご安心ください」
 「え?」
 「すみません、実は私もそうなんです。母に1度だけでいいからと頼まれまして今日お会いいたしましたが、最初からお断りするつもりでした。無駄なお時間を取らせてしまいまして本当に申し訳ございませんでした」
 繭子は頭を深々と下げて謝罪した。
 「坂井さん、頭を上げてください」
 そう言われて頭を上げると、智久の真剣な眼差しとぶつかった。それから何かを考え込むような表情で黙り込んでしまった。
 「広岡さん?」
 繭子が呼びかけると、智久が口を開いた。
 「正直にお話していただいてありがとうございます……あの、僕も聞いてもいいですか、どうして最初から断ろうと?」
 繭子は迷ったが、この際だから正直に話そうと決めた。
 「実は私…勤めていた会社で酷いパワハラを受けて辞めたんです。そのせいで適応障害を発症してしまいまして…」
 「えっ、パワハラを受けて適応障害を……。それはお気の毒に…大変お辛い経験をされたのですね……。今は大丈夫なんですか」
 智久は驚いた後、心配そうに繭子を気遣った。
 「ありがとうございます。今はだいぶ良くなってきました」
 「そうですか、それはよかった…」
 「そんな時、私の行きつけのお店があるんですけど、そこのマスターが私を気にかけてくれまして、苦しんでいる私の力になりたいと言ってくれ、私を励ましてくれたのです。その人のおかげで今は気持ちが前向きになれて、彼に元気な姿を見せて安心してもらえるように少しずつ頑張っているところです」
 「そんなことがあったのですね…。ズバリ聞きますが、坂井さんはそのマスターのことが好きなんですね」 
 智久に指摘されて少し赤くなって俯いたがすぐに顔を上げた。
 「……はい。でも、完全な片思いです。それに、彼に想いを伝えるつもりはありません」 
 「…? どうして?」
 「……その人の心の中にずっと愛している女性がいるからです。私なんかが入る隙はありません」
 「実際に彼がそう言ったのですか?」
 「いいえ…でも、分かったんです、彼からその人の話を聞いた時に。それに、彼は私のことをただの常連客の1人としか見ていないと思います。でも、それでもいいのです」
 繭子は智久をまっすぐ見つめた。
 「今は自分の気持ちはどうでもいいんです。詳しくは言えないのですが、実はマスターは私なんかよりももっと辛い経験をしています。それなのに、いつも明るくて優しくて温かくて…。毎日、美味しいお茶や料理でお客さん達に幸せなひと時を提供してくれます。本当は内に悲しみを抱えているに違いないのに……。だから、何ができるか分かりませんが、まずは彼に恩返しがしたい、今度は私が彼の力になりたいと思っています。いつか彼の悲しみが完全に癒えて再び彼に幸せが訪れるのを見届けるまで、それまでは私は誰とも結婚する気はありません」
 
 黙って繭子の話を聞いていた智久が、伝票を取りながら静かに立ち上がった。 
 「……坂井さん、場所を変えて話しませんか」

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

初恋の人

凛子
恋愛
幼い頃から大好きだった彼は、マンションの隣人だった。 年の差十八歳。恋愛対象としては見れませんか?

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...